第二十話

 一つ記憶を思い出すと、ドンドンそれにまつわる事が蘇ってきた。


 そろそろ息が切れて来た彼の名は「ギネク・バルハ」。

 スカイトラベラーズ4に出てくる傭兵団の長で、物語の役割としては序盤の敵役で終盤の味方だ。


 もともとは冒険者だったが。過去の依頼で仲間を失い、グレて流れ者になった末に傭兵団に加入。そこで出世したため更に4の舞台へ流れていき、かつての夢と仲間の仇を主人公をきっかけに思い出し、終盤は団を挙げて味方になってくれた。


 その時は黒く日焼けしたピンクのモヒカン大男という特徴的なスタイルで。黒のナイロンレザーファッションを決めていたから。髪型がソフトモヒカンで髪色も違う、今のチンピラ冒険者スタイルだと、面影しかなかった。

 あの傷跡、この時からついてたんだね。髪もピンクに染めてたんだー。


 どちらかと言えば、やられ役のコメディ寄りキャラだが。後々に出た設定資料集にその過去が明かされると、その壮絶さから一部に根強いファン存在する。


 ファン層は主に、彼の部下になりたい人が一番多い。同じくらい、目の前で死んで傷になりたいと言う奴もいた。まあ、主役を食う程ではないが、そこそこの人気キャラだ。


「ハァ…ハァ…舐めやがって……」


「はー……よくもまあ、あそこまで避けれるもんだよ」

「俺ならとっくにくたばってんなぁ」「ちげぇねえ。血反吐吐いてぶっ倒れてる」

「銅杯冒険者のアイヒルと、その仲間のオリガだ。今日からここのギルドに世話になる。よろしく」

「おお、これはご丁寧に……」

「いきなりギネクに絡まれるとは災難だったな。あいつはここらへんで一番の問題児なんだ」


 過去の記憶を思い出しているうちに、周囲の野次馬とオリガが交流を始めていた。


 それよりもこの人とこの状況を何とかしてほしいのだが。彼らは誰かを待つ態勢だし、相棒はそんな彼らに追従して傍観の構えだ。

 ギネクくんももう、自分が何でこんなことしているのか分からないでしょこれ。


 きっかけはともかく。せっかく出会えた原作キャラ一号と、わざわざ事を構える気は無い。こちらにも非があると言って、穏便にこの場を退こうと考えていたが。その前にあちらから動きがあった。


「テメェ…男のくせに、やり返そうとか思わねぇのかよ……本物の腰抜けかぁ……!?」


 いつまでかましても有効打がでないので、とうとう万策尽きたのか。彼の語彙力から出た、つまらない挑発をかましてきた。「あのさあ……」


「そういうセリフは、せめて一発当ててから言ってくれる?」

「上等だコラぁ!!」


 ちょっと頭に来たので言い返したら、案の定ヒートアップして飛びかかってきた。


 もう、殴る蹴るとかではなく。体格の違いを活かし、掴んで抑え込もうとしてきている。


 確かに彼の方が背が高く、恐らくは体重も勝っている。反応速度と体術で劣る彼が、自分の持ち味を生かして取れる戦法としては、最善と言えるだろう。


「いかんっ!もう待ってられん、両方取り押さえろー!」

「「「うおっ―――――!!!」」」


 完全に切れたギネクと、ついでにオレを取り押さえようとして。周りで見物していた冒険者たちが一斉にかかってきた。


「ザコがっ邪魔すんじゃねぇっ!」「うるせぇヨ!アホ!」「んだコラゴミ虫!」

「今度ばかりは目に余る!ラガルトの顔に泥を塗るつもりか!」

「横からしゃしゃり出て!したり顔で!語ってんじゃねぇ!ぶっ殺すぞっ!」「ぐふっ……!」

「前からお前は気に食わなかったんだよっ!」「だったら一人で来いカスっ!」「ミ”っ!?」


「何でこっちに来てんですかぁ?オレは純然たる被害者ですってぇ!」「まあまあ、落ち着け若者」

「ケンカは当事者を引き離せばとりあえず落ち着くんだって。ほんとほんと」

「それはそれとして、自分の本拠地で揉め事を起こす新顔は。一回しばこうかなって……」

「……私怨じゃないっすか!ビックリするほど!」


 遂に始まった荒くれ者同士の乱闘騒ぎ。オレは逃げてるだけだけど、ギネクの方はしっかり殴り合いしてる。

 それでも一応ルールはあったようで。誰も魔力で身体を強化していなかったし、武器も抜かず魔法も出てこなかった。


 誇り高き冒険者たちが集う、憩いの場であるギルドの酒場が一転。路地裏の場末に匹敵する無法地帯と化している。

 乱闘の参加者が皆、結構いい動きをしているのが質が悪い。


 受付さんとかギルドの職員さん達も、こめかみがピクピクし始めている。

 もう面倒になってきたから一回殴られてあげようかな。とオレが考え始めた時。数人の人影がギルドに入ってきた。


「ギ~ネ~ク~……。アンタ、なーにやってんのよぉ~!!!」


 向こうの団長が出てきたことで、この騒ぎは急速に収まっていった。




「いやーホンットごめんなさいね!コイツ血の気だけは多いもんだから!」


 冒険者クラン「ブレイズロア」の団長、ラガルト・ヤーリシァさんは。鱗人スケイリ―の中年男性。

 大きなお目目としっぽがチャームポイント(自称)のリザードマン男子は。オレとオリガに向かって何度も頭を下げている。


 いつの間にか複数の冒険者同士が巻き込まれて、面子のかかった揉め事になったが。それでもラガルトさんが一人ずつ謝罪して回り。最後のオレたちの番になった。


「ケッ、クソオヤジが。みっともねえマネすんじゃねダっ!?」

「おバカ。アンタ人が謝ってる横でケンカ売るんじゃないわよ」


 漫才めいたやりとりだが、さっきまでの態度とは異なり。ギネクの様子は大人しい。

 しゃべっている最中に拳骨を落とされても、しぶしぶと受け入れている所を見るに、この人には従っているのだろう。

 

「結局、なんでオレは絡まれたんですか?全く心当たりないんですけど?」

「それがねぇ……また、身内の恥を晒すようで悪いんだけど……」

(人の好さそうな濃い人なのに、オレの全く知らない人だな。設定からして、この人はこれからギネク絡みで死ぬんだろうか?)

 

 内心で大変失礼な事を考えながら、彼(彼女)の話を聞くと。思ったよりしょうもない話が出て来た。


 どうやら、オレ達が座っていた席が、ここのギルドの暗黙の了解で「ブレイズロア」の指定席だったらしい。

 ギネクは今日の仕事でミスをして、酒場の座席確保に行かされてイライラしていた所へ、いつもラガルトさんが座る席に居るオレ達の姿を見て絡みに行ったのだとか。


 うん、本当に、マジでしょうもない……。


 思わず、ぶしつけな視線をラガルトさんへ向けてしまったが。彼自身は非常に出来た人で。出会ったばかりのよそ者が、自分の身内と面倒ごとを引き起こしたというのに、非常に丁寧な対応をしてくれた。


「ホント、アタシからはごめんなさいとしか言いようがないんだけど。アイヒルちゃん達はダヴルク初めてよね?ますます悪い事しちゃったわ~……」

「いえ、その……こっちも気づきませんで、すいませんでした……」


 向こうから頭を下げてもらったので。こちらも一礼し、謝罪を受け取った。これでこの場は一旦手打ちだ。


「いーのよぉ。皆、アタシたちを慕って色々してくれるのは嬉しいわ。けどね?それで変にギスギスしちゃ、冒険者ギルドとしても公平性に欠けるじゃない」

「高位冒険者には、既に相応の待遇が為されているからな。酒場の席程度で揉める格ではない」

「そーそーオリガちゃんの言う通りだわぁ!みんな不健全なの!」


 結論としては、互いに落ち度はあったので処罰などは求めない。しかし、それとは別におさまりが付かないので、どちらが格上かはハッキリさせたいと、ギネクから強い希望があった。


「それをワタシ達が受ける理由があるか?さっきの騒ぎで、どちらが上かまだ分からなかったのか?」

「少なくともテメェに負けた覚えはねぇぞ?」

「コラッ!お馬鹿さん、メっ!」「ぐふっ!」


 もう一度拳骨を落とされたギネクは、今度は両手で頭を抱えて机に沈みこんだ。痛そう。

 いつもの事なのだろう、ラガルトさんは何事も無かったかのように話を続けてゆく。


「アナタたちに非が無いのは皆わかっているのだけれど。アタシ達と共犯でギルドの面子を潰すことをしちゃったのよ~」

「まあ、そうですね。職員さん達にも思いっきり見られてましたね」

「だ~か~ら~。その埋め合わせ。ちょっとした依頼を一緒にやりましょう?」


 蟲人と並び、表情が分かりにくい事で有名な鱗人のラガルトさんは、オレにもわかる素敵な笑顔でお誘いしてきた。


「わざわざギルドが提示する依頼とか、絶対面倒な奴ですよね?」

「ウフフフフ……その代わり、アタシからアナタたちにご褒美もあるわ」

「……というと?」

「ギルドとアタシ達ブレイズロアの連名で、ダヴルクの飛空船訓練場へ紹介状を出してあげる。免状、欲しいのよね?」

「やります。やらせてください!」

「素直な子は好きよ」


 という事で、冒険者ならその禊は依頼で示せと。定期的に出る、集団での魔物間引き依頼を受注する事になった。ついでに、それを利用して、ちょっとした勝負を行う。


 問題を起こした冒険者たちが、同じ依頼を受注する事で、仲直りアピールをギルドにする。さらにこれによって、島の平和が保たれるので一石二鳥だ。


 勝負は対象の魔物の討伐数、一定時間内に討伐数を競う方式で決まった。


「それではこの書面に、代表者のサインをお願いします」

「わかったわ」「了解です」


 立会人としてギルド職員の一人に名前を貸してもらい。公正な文書で勝負内容を書き出し、内容に問題がない事を確認してサインした。


 後から余計に拗れては本末転倒。しっかりと納得して書面にサインも認め、ギルドに保管してもらった。


「それじゃあ、明日はお手柔らかにね?」

「……テメェらの吠え面、楽しみだぜっ!?」

「おバカさん。アンタは帰って反省文よ!終わるまで寝かせないんだから!」


 こうして不本意ながら移動早々面倒な事になった。まあ、これだけ大騒ぎすれば結果如何によっては名前を売る事が出来そうなので、何とかいい感じに着地させたい。


「面白い御仁だったね。それに相当使いそうだ」

「はー……今日はもうなーんにもしたくない。さっさと寝たいよ……」


 迷惑料として、ラガルトさんに紹介してもらった宿へ移動する道すがら。

 オリガに乱闘の時の動きが良かった奴を教えてもらいつつ、依頼に載っている魔物の特徴を脳みそから検索して、ダヴルク最初の日を消化した。


 紹介してもらった宿は、とてもいい所で。この日はとってもよく眠れた。

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