第十九話

 あれから三日。予定通りに進んでいれば、あと少しでダヴルクに到着する。


 魔力探知も含めた持ち場の交代を経験したが。一番気が楽だったのは。魔物と戦っている時だった。


 巨大な飛空船に向かってくるだけあって、数も質もライブリング島の時の奴らよりだいぶ強い。襲ってくる度に、こっちも被害が出ない様、オリガにフォローをお願いしている。所かまわず突っ込もうとする奴を抑えるのに苦心した。


 二日目に緊急の招集がかかった時は、何事かと思ったが。何と、小さな島が本船にぶつかるコースだったので、この船ともう一隻の戦力で対応した。

 幸い、この船には魔法使いも複数いたので。撃墜の方針で決定したが。機材のトラブルで、攻撃タイミングの相談が疎かになってしまった時は。ちょっと最悪を想像しちゃったよ。


 チェファが率先して修理に乗り出し。ごく単純な信号を送れるようにしたので。オレの雷撃を合図にすることを伝えてもらい。何とか破壊出来た。

 被害は、飛んできた島の破片で船の手すりが僅かに減ったくらいか。人的被害はない。


「見えて来たぞー!!ダヴルクだー!!」


 そんなこんなで三日と少々の船旅を楽しめば。目的地の影を目にする事が出来る。




「ふえーん!アイヒルもオリガも元気でねー!」

「うんうん、ティカも達者でな。また、面白い鍵細工について教えてくれ」

「勿論だよー!オリガもナイフの刃の立て方また見てねー!」


 船団は滞りなくダヴルクに受け入れられた。

 ここまで忠実に仕事をこなした飛空船の面々は、これから一日かけて修繕整備され、また航行にもどるのだ。


 次の行き先は他空域。ここでオレ達を含めた、一部の護衛戦力は離脱する。

 ナーベル達は引き続き船団に残るので、ティカとオリガは別れを惜しんでいた。


「アイヒル、初めての指揮官はどうだったよ?」

「めちゃくちゃ疲れた。正直、舐めてたと言わざるをえないね」

「それでも、初めてとは思えない活躍でしたよ。今後も経験を積めば十分やっていけます」


 オレは、残りの二人と初めての指揮について感想を言っていた。

 今回の依頼で初めて人を指揮してみたが、かなり難しい。こればかりは理屈だけでなく、場数を踏むのが何よりの勉強になるだろう。


「お前が手に入れたいのは。大体、中型くらいの飛空船だろ?じゃあ、十人二十人は統率出来ないとな!」

「ナーベルのいう事は極端なので、真に受けすぎない様にして下さい。あなたなら焦らず研鑽をつめば必ず出来る様になるはずです」

「はい、少しでも前に進めていくつもりです」


 今回の航行で、ナーベル達三人組の冒険者とは特に仲良くなっていた。

 ゼットゥスでは、一人でやらなければいけない案件が沢山あったので、どうしても深い関係は築きにくかったが。飛空船で冒険したいなら、今後はもう少し社交的になる必要があるな。


 船員を雇ってもいいが、賃金や雇用関係を単純化したいので。出来れば皆パーティメンバーで固めたい。


「それじゃあ、オレ達はそろそろ行くよ。また会ったら話をしよう」

「お前たちも気を付けてな」

「おうっ!今度はお前が飲めるようになった時が良いな!」

「じゃーね!アイヒルも気を付けてね!」

「あなた方の行く先に、蒼き女神の加護があらんことを。私もそう祈っています」


 彼らとも別れを惜しみつつ、再開の約束を言い残し。オレ達は船着き場の受付にて、依頼完了の証をもらい、港を後にした。


 チェファの姿が見えなかったのは心残りだが。飛空船に関わっていれば、また何処かでひょっこりと会えそうな気もする。

 その時を楽しみにしておこう。


「……やっべェ、寝過ごしちまっタ……挨拶すっぽかしちまったぃ……」




 やっとたどり着いた、空域最大都市ダヴルクの冒険者ギルドは。今までで一番大きな建物だった。


 石造りの堅牢な外観から放たれる威圧感は、ここに所属する猛者たちの影響か。それとも、ただオレが気おされているだけか……。

 入ってすぐ新顔に向けられる値踏みの視線がどこか懐かしい。それを無い物の様にいなしながら、受付で転属の手続きを済ませ。先の依頼の報酬を受け取る。


「今回の依頼達成により。ダヴルクで活動する際の制限は解除されました。今後のご活躍をお祈りしています」

「ありがとうございます。これからお世話になります」

「はい。では、またいつでもお越しください。お待ちしております」


 受付さんの仕草一つとっても、都会の余裕を感じるのは。オレが田舎者だからだろうか?

 そんなどうでもいい事を考えながら、とりあえず飲み物でも頼もうと。ギルドの酒場で休憩する事にした。


 ここまでの旅疲れと精神疲労でクタクタだ。

 オリガもパッと見はへっちゃらな感じだが。オレの目はごまかせない。既に何度か白目になって、夢の中に行ったり来たりしている。


 最近まで気づけなかったが。実はこの人、目を開けたまま寝れる。

 それを確信した時のオレの驚きが分かるだろうか?自己改造をしてから、初めて自分の目と感覚を疑ったよ。


「宿どうする?」

「ティカ達に聞いた所が空いてたらそこにしよう」

「空いてなかったら?」

「野宿」


 どうやらまた寝ているようだ。


 適当に選んだ席に二人で座り。据え付けられたメニューを見て、適当に注文を済ませた。

 ウェイトレスさんが離れて行ったので、一度机に突っ伏して寝ようとしたところ。オレの探知に剣呑な気配がひっかった。


 椅子ごと後ろを振り向けば、随分とおっかない顔で近づいてくる若者がいた。




「テメェら、ここら辺のモンじゃねえな。何処の馬の骨だ?」

「ゼットゥスから来た。これからここで世話になる予定なんだ。よろしく!」


 始めからケンカ腰の詰問だったが。取りあえず素直に答えてみた。

 既にオリガは目が覚めて、臨戦態勢一歩前だ。視線でジッとしている様にお願いしたけど、どれだけ理解しているか分からない。


「ゼットゥス……。そんな場末の格下野郎が、女連れで何しにきやがった?」

「ここに操船技術を学べる訓練場があるだろ?そこで免状を取りに来たんだ」

「ハッ!船に乗りてぇなら、さっさと乗って帰れよ。この町はテメェみたいな腰抜けが居ていい場所じゃねぇ」


 さっきから随分と挑発的だが。オレは彼に何かしてしまっただろうか?

 後ろのオリガの気配が、どんどん薄れていくのが逆に怖い。目の前の彼には、さっさとお帰り願いたいのだが。


「このダヴルクは、俺達「ブレイズロア」の縄張りだ。テメェみてぇな腰抜けに、冒険者ヅラしてウロウロされると、こっちが迷惑するんだよ!」

「「ブレイズロア」?初めて聞く名だが。君はそこの構成員かい?」


 オレはいたって穏当に対応を続けたのだが。どうやら彼には逆効果だったようだ。


「腰抜けの上に能無しみてぇだな。「ブレイズロア」の名を、脳みそに直接刻んでやるよっ!」


 次の瞬間、椅子に座ったままのオレに向かい。彼は見事な蹴り上げをかましてきた。

 狙いは顎の様だったので、両腕を交差させて柔らかく受けたのだが。それでも勢いを殺し切れない。随分力を入れて蹴ってきたなぁ。


 しょうがないので、そのまま受けたところを支点に、蹴られた力を利用して椅子から飛び上がる。

 空中を一回転して衝撃を使い切り、真下にある椅子の背もたれに着地した。


「ビックリしたなぁ!急に何なんだ!」

「……上等だコラぁ!!!」

「だから何だよ!蹴ったのは兎も角、理由を言えっ!」


 新しい拠点にしようとしている町で、着いて早々ケンカしたくなかったのだが。彼にどれだけ理由を聞いても、一向に話を聞いてくれない。


 こっちが頭を下げて穏便に済むならそうするのだが。いなして躱せば躱すほど、彼はどんどん熱くなり、拳も脚もキレが増していく。


「おいそこ!なにをやっている!」

「新顔にギネクが絡んでいるんだ!すぐに止めさせろっ!」

「あいつやるなぁー。さっきから一発も当たってねぇよ」

「またギネクが揉め事か!団長を呼んで来い!早く!」


 そろそろ放たれる打撃に殺意が混じってきたころ。周囲の人たちが此方の異常に気づき、目の前の彼に制止を呼び掛けている。

 どうやらダヴルクの冒険者流の歓迎では無かったようだ。


「ギネクっ!貴様、何をやっている!」

「うるせぇ!黙って引っ込んでろっ!今は忙しいんだよっ!見て分かんねぇか!」

「そっちがアイヒルに遊んで貰っている事しか分からないよ。無茶を言わない」

「聞こえてんぞ女ァ!コイツの次はテメェだぁ!」

「貴様ぁ!いい加減にしろ!」


 正直、オレも疲れているので。彼のお仲間らしき方々は、さっさとこの人を引き取ってもらいたいのだが。どうやら彼は見た目に違わぬ乱暴者らしい。

 恐らく上官と思われる人の一喝も、意に介していない。


「腰抜けがぁ!いつまで逃げるつもりだぁ!」

「オレまで乗ったら、収拾がつかないでしょうが!」

「アイヒル、そろそろ終わらせてくれない?ワタシ眠いんだけど」


 周りの人たちも、彼を止めに入ろうとしているのは分かるのだが。彼の猛攻は留まる所を知らず。それを捌くオレの挙動も邪魔をして、手をこまねいている状況だ。

 オリガならオレに合わせて入れる筈だが。どうやら茶々は入れるけど、手を貸す気は無いみたいだ。


「うがあぁぁぁっ!!!」

「これ以上恥を晒すなっ!ギネク!」


 しかし、さっきから連呼されている彼の名前……確か何処かで聞いたことがあったような……。

 何か彼の顔も見覚えがある様に見えて来た……これはそう、もう少し歳を重ねて傷跡が増えれば……あっ!!


「あんたもしかしてギネクか!あーねっ!全っ然わからなかったわ!」

「今すぐぶっ殺されてぇんだなっ!!」

「君も挑発しないでくれっ!」


 ギネクと言えば、スカラベ4に出て来た傭兵団の団長だ!見てすぐに分かるほど好きじゃなかったから、全然気づかなかった!


 結構、特徴的なキャラデザだったから、もっと早く分かってもよかったのに……。4の空域に居る物だと勘違いしていたよ。


 見るからに若いし、どうやら4は大分先に起こるんだなぁ。


 さて、ますます面倒な事になった。自分の知る限り、彼はこれから地獄の様な目に合うのだが。このままではその前に憤死しそうだよ……。

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