第十八話

  オレとオリガ、二人の冒険者は最低限の荷物を背負い。夕暮れに影を落とし、依頼の集合地点へと着いた。飛空船発着場にある冒険者用の待機所だ。


「割符を。……はい、一番の待機所に移動をお願いします」


 待機所の中は、夜の出航を控えた飛空船が重なる夕方なだけあって、武装した冒険者で一杯だ。

 大きな広間を仕切りで区切ってあり。それぞれ番号をふられて管理されている。


 ゼットゥスで見た知ってる顔も、知らない顔も皆。これからの航行を前に、各々の手段で緊張と向き合っていた。


「一番は奥の方だね。さっさと行こうか」

「はいはーい」


 とりあえず一番の看板が立ててある付近へ移動した。

 同じ依頼を受けた冒険者たちだが、見た感じベテランも駆け出しもそこそこ集まっていて、なかなかの大人数だ。

 これだけの人を雇うとは、護衛対象の船もきっと相応に大きいのだろう。


「ナーベル、お前も来てたんだ」

「あれ?アイヒルじゃん、珍しい顔が来たもんだ」

「えっアイヒル?」「ホントだーアイヒルじゃーん!」


 集合地点に知っている冒険者が居たので声を掛けた。

 彼等は三人組の冒険者パーティ。槍戦士ナーベル、斥候ティカ、神官クラリムの幼馴染チームだ。

 彼らとは年が近かったのと、同年代で珍しい銅杯同士でもあったので、そこそこ交流があり。顔を合わせれば世間話をする程度の仲であった。


「そういえばお前、やっとパーティ組んだって聞いたぜ。ウチに来る話はどうなったんだよー」

「最初からそんなもの無いわ。幼馴染の間に収まって気まずくならない訳ねぇだろ」

「そんなの気にしないでいいのにー。こっちの人が仲間?よろしくー!わたしティカ!」

「オリガ・コレリカだよ。アイヒルとは知り合って長いの?」

「そうだよー!オリガさんって綺麗だね!もしかしてエルフ?」

「ちょっとティカ、いきなり失礼だよ!」

「気にしなくていいよ。珍しいのは自覚しているから」

「すみません、ありがとうございます。申し遅れました、私はクラリムと申します」


 急に賑やかになったが、この一党と話すといつもこんな調子なので慣れてしまった。

 彼らもゼットゥスの冒険者だ。組んで仕事をした事は殆どないが、ノリの軽さに反して結構やる。


 こちらから一言話せば、十倍になって返ってくるナーベル一行との話は長々と続き。待機時間の間は退屈することは無かった。


 その代わり。周囲からの訝し気な視線に晒される事になったが。それで声量の変わる面子では無かったので、その方向へクラリムと共にお辞儀する事で難を逃れた。




 彼らはダヴルクに行く依頼は何度か受けているらしく。話が弾むと、こちらの望む情報がドンドン出て来た。


「ダヴルクには腕の良い鍛冶屋が多いんだ。何を隠そう俺の槍もあそこの武器屋で買った物なんだぜ!」

「他にもー、オシャレな服屋とか細工物工房が熱いよー!ツールの品ぞろえはゼットゥスの方が良いけどねっ!」

「コーダ空域最大都市の名は伊達ではないです。私の信仰する女神教会の大聖堂は礼拝堂が荘厳で特に美しいですよ。是非一度見てください」


 代償としてコンビ結成のいきさつと、移動の理由などを吐き出させられたが。良い宿屋とか、品揃えのいい道具屋などの情報も手にしたのでやや儲けと言える。


「そっかーアイヒルやっとお船買えそうなんだー良かったね!」

「普通にスゲェわ。途中まで一人で稼いでたろ?普通に引くわ」

「ナーベル!言い方!……オホンッ。あなたの勤勉さは美徳ですけど、無理は禁物ですよ?これからは一党の頭なんですから」


 そうやって話に花を咲かせていたら、待機所に依頼主の使いがやってきてオレ達の方へ呼びかけて来た。どうやら時間の様だ。


「どうだアイヒル。折角だから一緒に行くか?どうせ組み分けは入ってきた順だからよ」

「こっちは別に構わないが、いいのか?」

「ええ、こちらも知った方が居てくれると、後で話を通しやすくて……」

「この間、チョームカつく奴に会ってさー。わたしもナーベルもブチギレだよ!ブチギレ!」

「それは災難だったな。ワタシもムカつく奴はいるから、気持ちはよくわかるぞ」

「……じゃあ、お言葉に甘えようかな。この形式の依頼は初めてだし」

「決まりだな。よしっ!行くぞおめぇら!」


 荷物を背負いなおしたオレを含む冒険者たちの一団は、一番最初に待機所を出た。

 ナーベルの言った通り。冒険者の分け方は来た順で、オレ達二人と彼ら三人は同じ組に配属されることになった。


 組み分けられた順に飛空船に乗り込んでいき。準備が出来た船は、すぐに出発した。

 護衛対象の客船が出ると。それを囲むように編隊を組んだ護衛船が、ゆっくり追従していく。


 窓から覗くゼットゥスが見えなくなるまで、オレは窓際を占拠し続けたのだった。




 出航から少し経ち。船酔いした冒険者に窓際を明け渡したオレは、後学の為に甲板を歩き回っていた。


 護衛の飛空船は、ゲームの知識を照合した結果、中型の探査船に姿が似ていた。

 基本的に飛空船のイメージそのまんまの見た目だが。気球部の装甲が覆う部分が増していたり、他の船と綿密な連携をとるためなのか、信号灯が大きく複雑な形をしている。


 手すりに身を預け目を凝らして、遠目に見える他の船を見れば。船底部に大きく2、3、4、5と番号が塗装されていた。つまり、オレ達が乗っているのは1番船か。


 これほどの規模で守る護衛対象の船は、予想通りメチャクチャ大きかった。積み荷の無い客船なのに、その巨体は護衛の船を全て足しても足りぬほど大きく。それを支える気球部分に至っては、雲と見間違い視界を覆う。


「よくもまあ、あんなデッカイ物飛ばすよなぁ……王様でも乗ってんのかね……?」

「いやぁ、あれは唯の金持ち用サ。お貴族様の船はもっと飾り立てる」


 オレの独り言に返事が返ってきた。

 振り向くと、背丈の大きい蟲人ヴァームズが腕組してこちらを見ていた。


「おっと、すまねえ。見物の邪魔をしちまっタ」

「いや、大丈夫。丁度一人が寂しくなったところなんだ」


 オレの返答に男は「ハッハッハ!そりゃあイイ!」と一言断り、オレの隣で手すりにもたれかかる。

 そして眼前にそびえる飛空船を視界に収めると、話の続きを始めた。


「貴族とかお偉いさんっていうのは。喧嘩の道具にはやたら文句をつけるクセに、てめぇの乗る船は金に糸目をつけず着飾らせるモンだ」

「あの船はそうじゃないと?」

「あー……ありゃ、ただの見栄の塊よ。ガワは整えちゃいるが、肉が緩い。こんだけ周りを固める辺り、自覚してやってんだから救えねぇ」


 訳知り顔の冒険者は、その後もまるで見て来たかのように依頼人の事情について考察を述べた。

 こういう船はそもそも、専属の護衛団がついてそうだが。今回は本拠地の近場を回るだけなので、懸ける金を安く済ませようとしているとか。

 護衛船の外観に気を使っているくせに、ちょっと見に行ったら主機の部品を汚れたままにしている。船員の程度が知れるとか。枚挙に暇がない。


 それに加えて、貴族の船とそうではない船の見分け方も教えてくれた。


「お貴族の船を見る機会があれバ、船尾の造りを見るとイイ。あいつらぁ口ではゴチャゴチャ言うくせに、船の速さは妥協しねぇ。どんな船に乗る時もそこだけは外さねえンだ」

「船尾の造りで船の速度が分かるという事ですか?」

「ああ、最近の主機はどいつも固定軸の形が突っ張ってきてル。それに合わせたやつは、改修済みか新造艦だ」


 そこで一度話を終えると、彼は自身についても教えてくれた。


「おっと!話に夢中で自己紹介がまだだったな。おれはチェファ、飛空船好きの冒険者だ」

「オレはアイヒルと言います。同じく、飛空船好きの冒険者です」

「そうだと思ったぜ」


 チェファはあちこちの護衛船団に参加して回り、空域を股にかけて旅してまわっていると自己紹介してきた。


 お互いに飛空船好きという共通項もあり。気球部の形状や、好きな船体の形でどんどん話が盛り上がっていた。

 そうしているうちに、自分の組の警備の時間が来たので。続きはまた今度と、その場は別れた。




 割り振られた仕事の時間が来た。主に船上での持ち場に付き、各方向へ魔力探知を行う作業が主な内容である。


 飛空船の航路や他の船との連絡は、専門の人員が担当する。冒険者はその他の雑用や、いざという時の戦力として運用されるのだが。肝心の仕事の割り振りがお粗末な印象だ。


 先述した魔力探知も、船員が「組の人たちで話し合って決めてください」といって丸投げしてきたのは驚いた。

 ナーベルの一行が慣れた様子で周りに声を掛け始め、担当決めを仕切り始めたことで、船に乗るとき彼が言っていた事が理解できた。


 それから本船の露払いとして何度か先行し、遭遇した魔物と戦ったが。流石に人数がいるだけあって特に苦戦はしなかった。

 オレもオリガも戦闘中に他の冒険者をそれとなくフォローして回ったら。いつの間にか、組の戦闘隊長になっていた。


 いい機会なので、人を使う経験を積ませてもらおうと思っている。


 自分たちの組の時間が終わったので、船室の方へ下がると。他の組だったらしいチェファがやってきた。


「お疲れさん。あんた強いねぇ、若いのに大したもんだ」

「チェファさんお疲れ様です。運と才能に恵まれましてね、ちょっと自信があります」

「ハッハッハッ!頼もしいねェ、あんたますます気に入ったヨ」


 どうやら他の組の情報収集に来たようだ。なのでこちらも、出て来た魔物の情報を加えつつ。代わりに他二組の情報を聞いてみた。


 ついでにちょっと親睦を深められたので、危なくなったら助力を頼めるだろう。

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