空域最大都市ダヴルク編

第十七話

 一年ほどいたゼットゥスを出て、拠点を他に移すことにした。


 主な理由としては、立地の問題という事になる。それを決めた前回のパーティ会議は以下のように進んで終わった。


 操船技術を学ぶには訓練所に通い、訓練を受けて操船の免状を手にする必要がある。しかし、この町には訓練所が無い。

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 この空域全体には訓練所はいくつかある。だが、しかしゼットゥス近辺には存在せず。ここを拠点に、通いで学ぶのは現実的ではない。

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 一番近い、訓練所のある都市はダヴルク。この空域で一番大きな町で。行政府、商工ギルドを始め、空域中の組織が本拠地を置き、軒を連ねる場所だ。

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 勿論、冒険者の需要も高く。ゼットゥスに比肩する量の仕事がある事は、ギルドの職員さんに聞いて保証されている。

 我々の実績を鑑みるに、収入への影響は少ないと見積もって良い。


「つまり、ダヴルクに拠点を移すのは最終的には特になるという事なんだ!」


 そう言って話を締めたオレを、オリガはどこか冷めた目で観察していた。

 どうしてそんな視線を向けられるか、全く心当たりはなかったが。彼女の取り出した一枚の紙を見て、オレの企みは全て露見していると理解してしまった。


「ダヴルクって造船も盛んなんだってね。中古の船を扱う業者も沢山あるみたい。きっとアイヒルの気に入る船も置いてあるんだろうね」

「はい……」

「随分、語ると思ったらこういう事か。素直に「行きたい」と言えばいいのに……」

「はい……」

「ワタシの目的としても、人の多い所は好都合だし。今回は賛成してあげる。仲間なんだから、次はもっと遠慮せずに言っていいよ」

「はい……ありがとうございます……」

「じゃあ、ワタシは準備に入るから。ここの会計ヨロシク」

「はい……払っておきます……」


 酒場を去るオリガの背中を見送ると。オレは手元の飲み物を呷り、机に突っ伏した。

 全部バレた上で無視されると、それはそれでさみしい。


 この町は、故郷を出て最初に住み着いた場所でもあり。色々な仕事をこなして、体質改造の準備など含めて様々な事があった思い出深い土地だ。


 短くない期間をここに居たため、人にも景色にも愛着がわいていたが。飛空船を手に入れて各地を旅して暮らすのがオレの夢だ。

 胸を吹きすさぶ風の様な寂しさも、きっとこれから沢山経験していくのだろう。


 これから、どれだけスカラベのストーリーを実際に体験したとしても、知る事の無い貴重な経験をこの町でさせてもらった。

 将来、オレが有名冒険者になって、新聞とかにインタビューされたら。この町が転換点でしたって言っておこう。


 宿への帰り道でそんな事を考えながら、遠くの桟橋を歩く人影を目で追ったりして、休日は終わった。




 話し合いの翌日。今日から早速、移動の為に必須の色々な手続きを行う。

 パーティの頭目であるオレが必要な作業は一人で済ませ。オリガには他の仕事を任せて、二手に分かれて町中を回っていく。


 他にも、それぞれの個人的な付き合いのある人とか、贔屓の店には自分で顔を出す様にしている。そうでなければ不義理だからだ。


「ほぉ~とうとうテメェの船を買う目途がついたのか」

「そうそう。やっと生活に余裕が出てさぁ……」

「テメェくらいの歳なら早すぎる位だぜ。生き急ぐのも良いけど、ちったぁ自分をいたわれや。……ほれ、出来たぞ」

「はーい。肝に銘じまーす。おおー!ピッカピカになった!」

「餞別だ。いつもの半分で良い、またその内顔を出せや」


 オレも部屋を借りていた宿のオヤジを始め、世話になった住民たちや、交流のあった依頼人。道具屋の主人とか鍛冶屋のおっちゃんに挨拶して回るのに忙しい。

 気づけばつい話し込んでしまうので、余計に時間がかかってしまう。


「そうですかダヴルクに……。君に譲った特大の雷魔石を失くされた時は、どうにかしてやろうかと思いましたけど……寂しくなりますね」

「その節は本当に申し訳ございませんでした……」

「いえ、もうそれは良いのです。あの珍宝を失った後に、君が雷の魔法に目覚めた時。私はあの魔石の運命と思う事にしましたから」

「そ、ソウデスカ……」

「君の今はあの名品あってこそと、覚えてくれれば……私から言う事はありません……」

「ええ、もう、心に刻むつもりです!」

「ふふふ……アイヒルくん。君の夢が成就する事を祈っていますよ」


 結局この日はあいさつ回りだけで終わった。これだけ時間がかかったのも、元々異物であるオレが、それだけ町になじんでいた事の証明だと思えば少し誇らしかった。




 冒険者ギルドでの手続きも済ませて翌日。俺たち二人は、依頼掲示板の前にいた。

 出来れば行き掛けの駄賃が欲しいので、目的地ダウルクが行き先になっている護衛の依頼が無いか探しているのだ。


「「デムール経由ダヴルク行、商船護衛」……これはどうです?」

「ダメ。拘束期間が長すぎる。これはデムールで二か月は溶かすよ」

「あー……ホントだ、ちょっと手間ですね」

「出来るだけ早く着く船が良いって言ったのは君なんだから。キッチリ探してね」

「はーい……」

「ダヴルクに行く船は、ここなら幾らでもあるから。ゆっくり探しなよ」


 飛空船の絡む依頼は、掲示板の一角にまとめて張り出されている。

 スカラベの冒険者は。自分で船のチケットを買うほかに、こういう依頼を利用して他の島に渡るのだ。

 かくいうオリガも、ここに来るまでそうやって生活していたと教えてくれた。


「どれも寄り道が多いなーいっそのこと、直通便を買おうかな」

「別にいいけど。多分、後で後悔するよ」

「分かってま-っす!……おっこれどうですか?」


 紙面とにらみ合いが続いたが。少し上に張ってあった依頼書を見て興味を引かれ、オリガに声を掛けた。


 内容は単純。ダヴルク行の大型客船が出るので。その護衛船団に乗る戦闘要員を募集するもの。

 途中の寄り道は無し、三交代制、寝床と食事アリ、報酬はそれなり。結構な好条件に見える。


「うん、いいんじゃないかな。ワタシと君、二人とも銅杯だから雇う方も問題ないだろうし」

「出発は……今夜ですね。こんなギリギリまで募集するものですか?」

「数が不十分か、それとも慎重なのかな。ギルドが認めたのだから、そんなに警戒しなくても大丈夫。行ってみればわかるよ」


 オリガから最後の一押しを受けて、依頼書を持っていき受注すると。ギルドの職員さんが「本当に行っちゃうんですね」と別れを惜しんでくれた。


 それを嬉しく思っていたら。全然違う方向から「こっちも寂しいよー!」と顔見知りの獣人の軽剣士が笑いながら叫び。「気が向いたら戻って来いよ」と、何度か一緒に飲んだ蟲人剣士が声を掛け。「生きていればまた会おう」と言って一緒に訓練所で汗を流した人族冒険者が先に出発した。


 その姿にオレはかつて画面の向こうから見た世界を幻視し、その内の一人になれた事を喜び。ギルドの皆に手を振ってそこを後にした。


 その後、それぞれ宿に戻って荷物を纏める為に一度解散。夕暮れに俺たち二人の姿は港にあった。

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