第二十四話

「守れ!薬の効果が切れるまではここを死守せよっ!」

「『網』は使うなっ!処理には大人数で当たれっ!」


 オレが自分の持ち場に到着した時には、既にそこは修羅場と化していた。


 本陣の混乱もさることながら、目の前のサークルジェリーを始末せねばならない状況は、前線の冒険者たちに想像以上のプレッシャーを与えていたようだ。


 脱落者を送る先が無く。攫われない様に一か所にまとめて守るしかない。他のところへ救援を送る余裕も無い有様だ。死者が居ないのが唯一の救いか。


 もう少しオレが付くのが遅れたら、犠牲者が出ていたかもしれない。そんなギリギリの状況だった。


「何だお前はっ!?砦から逃げて来たのか!?」

「伝令!伝令ですっ!指揮を執っているのはどなたですか!」


 即席の陣を組み、必死の抵抗をしていた所へオレが飛び込むと。様々な目線が突き刺さってくる。

 それを気にする間もなく、大柄な獣人ライカンが近づいてきた。どうやら彼がここを仕切っているらしい。


「お前は……前半で暴れた片割れか!砦の状況は!?」


 鹿の様相を持つ冒険者に。砦の状況と、オレが来た理由を簡潔に説明する。

 彼は眉間にしわを寄せて少し考えると、傍らにいた仲間に声を掛けた。


「ブレイズロアの指示に従うっ!停留所まで退却だっ!」

「動けない奴に手を貸してやれ!一人も置いて行くな!」


彼は自身の仲間に指示し、素早くその場を取りまとめて退却の支度を整えた。


 これでこっちの方は大丈夫だ。後に残ったジェリーは、残りの魔力と流れ弾を気にしなくてよくなった、オレや魔法使いたちの一斉砲火で塵となる。取りあえず、ここの人たちが撤退する時間は稼げた。


「それでは我々は行く。君はまだ仕事があるのか?」

「ええ、ちょっと友の大切な人たちの危機を救いに」

「ふっ……健闘を祈る。生きて戻ったら教えてくれ。ではな」


 わずかに漂うジェリーは風に任せ、オレは集合場所の方へ急いだ。




 ギネクとその付き添い冒険者デイブは。自分の仕事を全うするべく、任された左の戦場に到着した。


「ザケンじゃねぇぞ!なーにが安全な点数稼ぎだ!普通にやべぇじゃねぇか!」

「だー!口じゃなくて手ェ動かせっ!弾込めて撃つしか出来ないんだからさぁ!」

「うっせーよ!こちとら万年金欠ガンナーよ!?弾込めより剣研ぎの方が得意だってーの!」

「だったら剣士やれぇ!」


 そこは混乱の中にある。幾つかの小集団が連携して、ゆっくりと後退を始めているが。それに釣られたサークルジェリーもまた、人の群れの中に混ざっていきそうになっている。


「このままじゃ乱戦になっちまう!急ごうぜギネク!」

「言われるまでもねぇ。あそこだ、行くぞ!」


 ここまで来る時間で、少しだけ体力を取り戻した二人は。急いで一番大きな集団

へ向かう。


「おい!ここを仕切ってるやつは何処だっ!?」

「ひっ……」

「おいおい!そんなケンカ腰じゃあ話が出来ねぇよ。落ち着け!」


 そこはけが人や後方要員を集めて守るための集団だった。

 毒にやられて動けない者や、魔力切れで体調を崩したものが居る中、少しでも身を縮ませて寄り添っている。


「ブレイズロアの狂犬が何の様だ?騒動は収まったのか?」

「……テメェに教えてやる義理はねぇが。オヤジに感謝しな」


 指揮官役の冒険者が言った、「狂犬」呼ばわりは癪に障ったが。ギネクは自分の腹の虫を抑え、そこの指揮官に自分の状況を伝えた。


「な、なんだと!?あのラガルトが手一杯なんて……そんな事が……」

「けっ、……少し前線を上げてやる。その間に考えを纏めとけっ!」


 呆然自失の指揮官にそう捨て残すと。ギネク自らは、露払いの為、ジェリーの処理を手伝いに行く。


「どけ雑魚どもっ!まとめて吹き飛ばされてぇかっ!」


 前線をうろうろと、へっぴり腰でジェリーと戯れる雑魚を尻目に。ギネクは自分の身体に身体強化をかけると一跳びで同じ高さまで上がり、得物である鉄槌で地表に向かいジェリーを叩き落とした。


 荒々しい戦いぶりで、目につく者全てを始末したギネクが本隊に戻った時。指揮官も冒険者たちの姿も無く、変わりにデイブが一人で待っていた。


「あん?デイブ、何でお前しか居ねぇんだ?」

「お前が突っ込んだ直ぐ後に、アイツが皆を纏めて引っ張っていったんだよ」


 この場で唯一の司令塔を浮きゴマにした結果は直ぐに表れ。小集団は直ぐに統合し、組織的な運用で撤退を開始していた。


「じゃあ、俺の仕事は終わりだ。デイブ、テメェもとっととズラかれよ」

「ここまで来てそりゃねぇぜギネク!俺も最後まで付き合わせてくれよ!」


 そう言ってデイブは、撤退する前に渡されていた薬を、ギネクに差し出した。


「チッ、死んだら置いてくぞ」

「そうこなくっちゃ!」


 内心、見下していた冒険者に用意された薬を手に取ったギネクは。彼らに心中で礼を言うと薬を頭から被り。デイブを伴い、急いで集合場所へと走り去った。




「うーん?もう、言伝だけで良さそうだねここ」


 オリガの担当区域は、彼女が着いたときには大体持ち直していた。


 元々ここは人数の多いパーティや小規模クラン等が纏められた組なだけあり。指揮に長けた者が多く、最も混乱が少なく済んだ。

 したがって立て直すのも早く。既に戦線を引き上げる事で時間に猶予を持たせ、じっと連絡を待ち受けていた。


 オリガは少々肩透かしを食らったものの。直ぐに集団の長に接触し、伝言を伝えることに成功。任された仕事を完遂する。


「ありがとう。こちらも頃合いを見て退却すル。君も仲間の元へ戻るとイイ」

「そうだね。そうさせてもらうよ。でも、折角だからついでに……」


 それだけでは能が無いと、オリガは行きがけの駄賃でジェリーの集団に突貫。

 毒の無い所を瞬時に見分けることで、奴らを即席の足場にし。空中をすれ違いざまに切り刻み、多くのジェリーを処理して戦場を去った。


 その光景は幻想的な現実の光景で、目撃した人々に強い印象を植え付けることになった。


 彼女の異名「飛刃ひじん」は、この時語り継がれた話から生まれた。




 集合地点にはオレが最初に到着したようだ。

 念のため行った魔力探知によれば、砦の周囲には内部を残して人の気配は無い。相変わらず中では、あの魔物の異様な気配が寒気を醸し出している。


 これから大物とやり合うので、軽く装備の点検をしていると。オリガが上から降ってきた。どうやら上空を漂うジェリーを斬りながら飛んできたようだ。


 彼女が上から見た、砦内部の話を聞いていると。ギネクとおっさんが、息を切らせて走ってきた。これで全員集合だ。


 彼は自分達が最後な事に少し顔をしかめたが。直ぐに息を整えると、突入前に最後の情報交換を申し出た。


 一通り、各々が担当区域で行った事と、得た情報を説明。最後にオリガの上空から見た光景を聞いた。わかりきっている事だが、どうやら乱入者は随分手ごわいらしい。


 全員が準備を完了したのを確認し。オレ達はそろって、再び砦へと足を踏み入れた。

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