第十話

 一日かけて島中を確認して終わったライブリング島の一日目だが。夜にちょっとした来客があった。


「よお青年!みんなで遊びに来たぞ!」

「手土産もあるから、ちょっと飲もうぜ。心配すんな、ちゃんと酒じゃないのもあるよ」

「まあまあ、あんたさん随分人気者やねぇー」


 乗ってきた飛空船の乗組員がオレを訪ねてきて、広間を会場にちょっとした宴会になった。

 「仕事はどうした」と聞いてみたところ、明日の天気が最悪なので休みになったそうだ。船長も護衛の人もどうしようもないので、今夜は飲むのだとかなんとか。


「部品も無ぇし。手配の鳥を飛ばそうとしたらこの天気だし。もう、今回はダメだぁ!みんな生きてるしか、いい事が無えっ!」

「へえー、天気が……」

「あはっはっはっははっ!」


「おまえさんがいなかったら、廃業するところだった!ありがとうなぁ……!」

「今夜か……」

「ひゃっはっはっはっはっははっ!」

「うるせぇよ!さっきから笑いすぎなんだよ!」


 彼らと力を合わせていたのは短い期間だが。命を預け合った人と、後腐れの無い飲み食いはとっても楽しかった!


「はいはい。年寄りをいたわっとくれ。今夜はもうお開きにしぃ」

「「「はーい!」」」


 夜中に入る前に、宿のおばあさんが解散を告げねば夜通しやっていただろう。


 滞在二日目。今日は今朝から天気が悪かった。

 昨夜、船員たちから聞いていた通り。今日の天気は、外に出るのは控えた方が良い暴風雨だ。


 空が真っ黒い雲に覆われて、その合間を稲光が行き交っている。

 雨粒が窓を叩く音で目が覚めたのだが。雨戸を閉めるだけで服がずぶぬれになった。


 すでに何度か落雷もあった。隙間から光が瞬いた後、軽い衝撃と共に轟音が耳に入ってくる。


 おばあさんは「あらぁ、折角来たのに、残念ねぇ……」と言ってくれたがとんでもない!

 オレはまさにこの為にやってきたのだから!





 さて、改造を控えたここで、特異体質についておさらいしておこう。


 設定資料に載っていた正しい名称は「魔晶体」と言って、高純度の属性魔力を無尽蔵に生み出せる、作中に出てくる特異体質の一つだ。


 これは生まれ持った魂と肉体の相性が関係しているので、後述する方法以外では人工的な再現例が描写されていない。


 この特徴を持つ者は適応している属性の適性が並外れていて。常人では使う事さえ難しい魔法も片手間に連発する事が出来る。


 その属性は魔力全てに適応されるので、基礎技能にも影響を及ぼす。

 ただの魔法武装に属性が付与されたり、探知範囲の大幅な拡大、感知する対象の拡充、肉体強化の上り幅が増したりもする。


 欠点としては、それ以外の属性魔法に関しては、全くこれっぽっちも使えなくなることだが。特化型の戦力としては非常に有用なので、問題視するほどではない。


 このように素晴らしい体質なのだが、強い力は恐れられるのが常と言わんばかりに。作中では「石付き」と呼ばれて迫害される地域も存在する。


 由来としては、この体質に覚醒すると体表のいずこかに結晶が生えてくるのがその由来だ。

 それがもとで人間関係に悩んだり、悲しい過去があるキャラクターがシリーズでは必ず出てきていた。スカトラファンの間では「石枠」という名称で、まとめてファンアートを描かれたりした。


 まとめると。この体質を手にすることは、冒険者として身を立てようと目論むオレの活動に大きな助けになるという事だ。


 「石付き」はその希少性から、まあまあの確率で狙われるかもしれないけど。冒険者としては多少の危険は承知の上なので、実質無料である。




 地図埋めとルート構築は昨日のうちに滞りなく終えて。目的に合致した地形の選定も出来ていた。


 「落雷平原」の脇にある森の中に、いい感じの広場があったのでそこを使わせてもらう。

 儀式場に求める隠密性と、広さと、落雷の頻度が良い感じに並び立つ好物件だ。これなら成功率も安定するだろう。


 善は急げと早速、今夜決行する事にする。

 島に持ち込んだ数々の道具を宿からここへ運び込み。記憶の通りに器具を配置し、ちょっとした広場を怪しげな儀式場へと造り替えてゆくのだ。


 堂々と玄関からだと、おばあさんに見つかって余計な心配をさせてしまう。

 なので、窓から大荷物を背負って予定地へと走っていくことにした。


 雨粒が容赦なくオレと荷物に打ち付けるが、この程度は何ともない。

 視界は確かに悪い。雨と分厚い雲のせいで、ほぼ夜と差し支えない状況だ。


 しかし、オレは昔から深夜の森を爆走していた男!

 昼間の内に見た光景を元に、魔力探知を目の代わりに走ることなぞ、容易いと言わざるを得ない!


 既に夕暮れ時にしては暗すぎるが、空模様からして今晩が嵐の本番、狙いの天気が来ているに違いない。


 この規模の嵐なら、知識の通り地元の人は家にこもっている。


 宿のおばあさんに気づかれないよう、寝たと思わせるために一度戻る必要があるが。それを実現するべく、組み立てる手は緩めず。汗をかきながら今夜の手順を反復。


(雨の中で、森の広場に、怪しい男が一人、何か奇妙な事の準備をしている。傍から見ると、オレは間違いなく怪しいな)


 黙々と作業を進める俺に声を掛ける者はいなかった。




 幾ばくも無く儀式場は完成した。


 魔獣固定台に活性水晶と雷魔原石を据え付けた特製の拘束具だ!

 これに加えて、台の土台を木を切って作った即席の丸太の杭でしっかりと地面に固定!

 これでどれだけオレがもがいても、事が終わるまでは絶対に外れることは無い!


 一見すると処刑台にも見えるそれは、実際にスカラベ4に出て来た改造法を編み出した組織では、その用途にも流用されている。

 わざわざ高い薬を使って作られた人型の魔石の塊は、ゲーム越しでもその狂気が垣間見えた。全くもって趣味が悪い。


 とりあえず夜まで誰にも見つからない様、布でもかけて隠しておく。

 後は時間を見計らって実行するだけなので、オレは一度宿へと走って帰った。


「ごめんねぇ、いつもこの時期はこんななんよぉ」

「いやぁ、全然。まさにこの雷を待ってたんですよ!聞いた通り、いつもこんな感じですか?」

「そおやねぇ……わしが子供ん時からこんなやねぇ……」

「はー……やっぱそうなんすかー」


 部屋でずっと読書をしていた事になっているオレに、宿のおばあさんは良くしてくれた。

 折角の旅行を少しでも楽しんでほしいというその心遣いに、少し罪悪感を抱きつつも、美味しい夕餉に舌鼓をうってからオレは一度床につく。


 宿にいる人の気配がはけるのを魔力探知で探りながら。寝心地の良いベッドで寝落ちしない様に頑張った。


 そして深夜。皆が寝静まり、外を風雨が吹きすさぶ時。オレはこっそり寝床を抜け出し(さも寝ている様に偽装済み)、儀式場へと走っていった。




 さて、いよいよ始める訳だが、体質改造は一人で行われる。


 手順は結構単純で、特定の属性を活性化させる鉱石を液状化させた「属性開放薬」を大量に飲み込んだ後、全身の魔力が強制的に活性化させて「活性水晶」の効果で気絶しないうちに、「雷魔原石」で呼び寄せた特大の雷が、「魔獣固定台」に繋がれたオレに落ちればいい。


 風任せ運任せの、どう見ても手の込んだ処刑か自殺だが。これには色々な要素をもった魔法的な理屈が存在し、その理論に則った実に効率の良い方法なのだ。


 まあ、それは其れとしてメチャクチャ怖いのは事実なので。属性開放薬を持つ手は小刻みに震えるし歯はガチガチなるのを止めれないんだけどね?


 自分を台に固定して、予め口に含んでいた薬液を飲み込む。

 すると、食堂を撫ぜる痛みを自覚すると同時。焼けた石が全身の血管にねじり込まれていくような感触が全身に走る。それに合わさり無限に戦えると錯覚してしまいそうな魔力の奔流が、内から無尽蔵に湧き出て体内を暴れまわる。


 気づけば自分が悲鳴のような雄たけびを上げていた事に気づいた。その音すら嵐と轟雷にかき消され、固定台は痛みに反応するオレの身体をしっかりと押さえつけていた。


 無限に続くように感じていた苦しみの中で、活性水晶はしっかり意識を残してしまい。とてつもなく自分の命が失われる悪寒が身体を駆け巡る。


 そして次の瞬間。台座の下から光が溢れ、オレを飲み込み。少し遅れて、これまでで一番の落雷の音が響いた。


 覚えているのはそこまでだ……。




 雨粒が頬を叩く感触でオレは意識を取り戻した。


 ハッキリと覚えていたのは、自分に雷が落ちたところだったか。

 周りは様変わりしていたが、空の暗さを見るとそれほど時間は経っていない様だ。


 広場の状態は比べるまでもない。

 自分を中心にしたクレーターが出来ていて、真ん中にあった固定台を含めた道具は雷の直撃で全て粉々になり。用意していた着替えも、巻き上がった土で泥だらけになっている。


 さっきまで死にそうだった体は、嘘のように軽い。それどころか、今までで一番頭がクリアで、目も耳も魔法の感覚も絶好調だった。


 暗闇の中、自分の胸部に光る黄金色の結晶を確かめた後、おもむろに指の合間に電流を流そうと意識してみた。


 ぱちっ!ばちちちち……


 指にじゃれつく様に流れる雷の光を見て、オレは体質改造が成功した事を確信した。


「く、くっくく……ハーハッハハッハッハッハッ!!!ひゃっはっはっはっはっははっっ!!!」


 命の危機を乗り越えた達成感や、異物である自分の存在が世界に認められたような解放感と、脳内物質があふれ出る感覚で笑いが止まらなくなった。


 爆笑するオレを祝福するように、雷雨はますます激しさを増していったのだった。

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