第四話
最初のお仕事は、登録した勢いに任せて今すぐ受けたかったので。受付を離れて人が集まっているほうの掲示板へ近づいた。
受付周辺も依頼を受注する人の数が多く、入口からまだまだ入ってきているので、このギルドではこの時間が混雑の時間なのかもしれない。
オレも最初の仕事を探そうと掲示板の場所まで来た。ここはまだ仕事を選んでいる人でにぎわっていた。
「おー……これはまさしく依頼掲示板だぁ……」
壁の一角を占める大きな掲示板に、様々な依頼の記された紙が所狭しと貼りだされていた。
依頼用紙には依頼人と簡単な仕事内容、成功報酬に失敗条件が記されている。
そこに押されているスタンプの色で、受注が許可されるランクが一目でわかるという仕組みになっている。ここまでは全てゲーム通りだ。
ざっと見たところ、登録したばかりのランク「石ころ」では受けられない依頼が多い。しかし、いちファンとしては見ているだけで面白かった。
「さーて、オレが受けれそうな依頼はっと」
少し時間は過ぎているが、まだ朝と言える時間帯だ。しかし、所々にピンだけが残っている。そこに依頼書があった痕跡だ。
どうやら勤勉な先達の冒険者たちが、割のいい仕事を持っていったようだ。
「受付さーん!ド新人は何受けるのが良いかねー!」
折角だから受付の人におススメを聞いてみた。
声を掛けられた、さっきオレの登録をやってくれたお姉さんは、少し戸惑って返事を返してくれた。
「えっ、まあ……報酬はそれなりの値段になりますけど、街道整備の支援などが未経験者には推奨できますね」
「なるほど。じゃあそうしてみまーす!ありがとう!」
「あと、他の人の迷惑になるので!大声で話しかけないでくださいね!話がしたいならキチンと並んでその時に!」
オレは受付さんの助言に従い、単独でもこなせる街道整備の手伝いを受注した。
依頼内容は正確には「都市近隣の街道整備を行う作業員たちへの護衛と、雑用を含めた手伝いを行う」と書いてある。
受注時に配られた青い木の札を持ち、指定された場所へ赴くと。資材を乗せた小さい馬車が数台と作業員、そして自分と同じく新人の冒険者が集まっていた。
「冒険者諸君!本日の指揮を務めるバートンだ!」
「今回の工程を説明する。しっかりと頭に入れてくれ!」
作業員の頭が簡単な説明を始めた。定期的に行われる街道の整備事業は交易に貢献する重要な事業であるらしい。
今日は魔物の死骸やゴミ掃除をしながら巡回し、利用者から報告に上がった損壊箇所を補修する予定とのこと。
ゲームでは見たことが無い仕事だったが。これは興味深い内容だ。設定集には載っていなかった。
「説明はここまでだ!では、各班に分かれて作業始め!」
「黄色い札をもっている奴はこっちに来てくれ!」
「赤はこっちだ!」
説明が終わると頭の音頭で馬車ごとにグループ分けが行われ、それぞれの持ち場へと出発していった。
「青の札だね。では、出発しよう」
オレも割り当てられた一団に追従し、一緒になった同業と親睦を深めながら持ち場へと歩いて行った。
弱い魔物との戦いは経験しておくに越したことは無い。
自分で相手に出来る程度が知れるし、何よりも実戦の空気を体験できる。
人相手のケンカでは出来ない命のやり取りは、その経験の有無で同一人物でも実力が分かれるだろう。
なぜ唐突にこんなことを考えているかと言うと。付近に近づいてくる人の物ではない魔力を感知したからだ。
ゆっくりと、しかし確実に意思を伴った行動は。否応なくオレに実戦の空気を持ってくる。
だが、今声を上げてもいたずらに混乱を招くだけだろう。なので、向こうから襲い掛かってくるまではオレもジッと気を窺う事にした。
「あーこりゃあポーションの瓶だな。落っことして気づかなかったのか?」
「馬車の回収箱に入れといてくれ」
「うわぁ!誰だよこんな雑な埋め方しやがって。穴が浅すぎて掘り起こされてんじゃねぇか……」
「こりゃあひどいな。深く掘って埋めなおそう。腐臭で魔物が寄って来ちまう」
「ちょっと!それ、こっちに向けないで!」
「え?」
「あなたの持ってる馬の糞よ!」
追跡者の気配も、分からなければ今日は実に過ごしやすかった。他の人たちは道中に見つけたゴミや死骸を適切に処理しつつ、青札の一行は予定の現場へ到着した。
「うむ、報告にあった破損はここだな。じゃあ、作業を始めようか。手早く済ませてさっさと戻ろう」
「「へーい!」」
班長の掛け声に従い作業が始まり。オレを含めた冒険者と作業員はそれぞれの仕事を始める。
冒険者の担当は簡単な整備作業だ。ザックザックと道沿いに伸びた草を刈り取ったり、道に落ちた落ち葉などを掃除して、道の見晴らしを良くする。
これをやっておくと、魔物や動物が背の高い草に隠れて寄ってくれなくなるし。逃げる時に邪魔にならなくなる。
まさに今その危険が寄ってきているが。まだまだ隠れていた。
本題である壊れた柵の補修や、割れた石畳の交換は。ここまで同行してきた専門の作業員が行っている。
ギルドに雇われた彼らは、本職らしい手際の良さで整備していくので。オレ達冒険者は作業の手を早めないとこっちが待たせてしまう。
こうして一通りの整備を済ませると、さっさと道具を片付けて次の現場まで移動する。これを担当場所が無くなるか、日が暮れるまでに繰り返していく仕事だ。
人気のある所の作業なので確かに安全だが。冒険を期待してきた若者には拍子抜けな仕事だろう。
二か所目も問題なく終えた一行は、最後の持ち場へ到着した。
いい加減仕事の手順も覚え始めたころ。彼らも昼の陽気に誘われて気が緩んでいたのだろう。草刈り中の冒険者の付近の草むらから魔物の群れが飛び出してきた。
「う、うわぁっ!?」
今までずっと息をひそめていた彼らは。角の生えた野犬の魔物「ロードッグ」だった。数匹が近くの冒険者にとびかかるが。武器で弾かれると、その中の一匹が無防備な作業員の背中に迫っていった。
「頭を下げて伏せろっ!」
「ひ、ひぃっ」
急な襲撃に驚き戸惑う冒険者や、パニックになる作業員を尻目に。この時を待ち構えていたオレは強化をかけながら走り出し、襲われそうな作業員と魔物の間に滑り込んだ。
「グルルルル……ガアァウッ!」
動線上に居た個体はすれ違いざまに切り捨て、盾を構えて飛びかかってきた魔物を迎え撃つ。
鈍い衝撃の後にガリガリと盾越しに表層を削る音が聞こえてくる。この魔物の爪と牙の鋭さを物語っているが、盾が痛むので勘弁してほしい。
「そっちに飛ばすぞ!おらぁ!」
このままでは後ろにいる作業員が危ないので。オレは一声かけてから腕力に任せて盾を振り上げ、魔物を同業の方へふっと飛ばした。
「おらぁ!くらえ化け物!」
「ギャヒンっ!?」
空中に放り出されたロードッグはそれでも態勢を立て直そうとしたが。待ち構えていた冒険者の刃にあっけなく倒れた。
「大丈夫か!?」
「ロードッグだ、藪の中でこっちを狙っていたのか」
「よくやってくれた。こいつの命の恩人だ」
「お前もよく仕留めてくれたな。良い腕だ」
他のロードッグがいないか周辺を警戒していた人たちが集まり。素早い対応で作業員を庇ったオレと、実際に魔物と倒した同業が褒められた。
「こいつらの死骸はどうする?」
「討伐証明は何処でしたっけ?それだけでも持ち帰りたいんですが」
「ロードッグは額の角だな。それならかさばらないし、馬車に積んでおいても良いぞ」
「本当ですか!ありがとうございます!」
「それはこっちのセリフだ。危うく彼らに怪我をさせる所だった」
驚いた拍子にこけた人はいたが、それを除けば怪我人も居ないので。仕事は引き続き続行される事になった。
オレと仕留めた奴を除いた同業も気が引き締まったようだ。次こそはと奮起したので、それからは作業中に魔物が出てきてもオレの出番は無かった。
「今日はここまで!皆、よくやってくれた!」
そうこうしているうちに作業は進み、あっという間に夕暮れ時。オレが割り振られた一行は予定した範囲をキッチリ補修して町に帰還した。
「依頼が終わったので報告です」
「はい、街道整備ですね。割符をお持ちですか?」
「これですね、どうぞ」
「お預かりします。……はい、確かに確認しました。初めての依頼完了おめでとうございます。今後とも張り切ってご活躍ください」
ギルドで仕事の報告と完遂の証である割符を提出し依頼完了。残念ながら報酬の増額は無かったが。まあ、こんなもんか。
すっかり日も沈み、当てもなく町をぶらついていると。こちらに近づいてくる男が一人。どうやら昼間に助けた作業員だ。こちらに真っすぐ歩いてきて声を掛けてきた。
「なあ、あんた。昼間、俺を助けてくれた冒険者だろ?」
「そうです。ド新人冒険者のアイヒルといいます。あなたは?」
「俺はスミス。昼間は助かった、もしまだなら飯でも奢らせてくれねぇか?」
「喜んで!」
ほいほいとスミスの誘いに乗り、彼の行きつけだという飯屋に飲みに行って仲良くなった。オレはまだ酒が許される年齢じゃないので、酔っ払いに負けじと盛り上がっていたら怒られた。
宿の庭先での一幕は、早朝の修行で怒られたところから始まった。
昨夜の楽しいひとときの後。エクスリアが地元だというスミスに紹介された宿で一晩世話になった。
確かに恩人に進めるだけあって、ベッドも部屋も清潔で居心地がいい。おかげで疲れた体はスッキリ回復し、日の出る前に目が覚めてしまった。
早朝に目覚めたオレが何時ものように修行していると。上半身を晒して剣を素振りするその姿を見た宿の従業員に悲鳴を上げられてしまう。
どうやらこの宿。冒険者向けの宿では無かったようで。不審者だと思われていた。怖がらせてしまったよ……悪い事をしちまった。反省。
この後、宿の女将さんに「せめて上は着てやんなさい!」とお叱りの言葉を頂いてしまい。ぺこぺこと頭を下げて宿を出た。
別にこのままこの宿で世話になってもよかったが。流石にスミスさんの顔をつぶすわけにもいかない。
何より、オレは修行中は上を脱ぐのが好きなのだ。だって修行っぽいだろうが。
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