第三話

 早朝、まだ空も白み始めたばかりの住宅地。一軒の邸宅から数人の人影が、自宅を出発する前の最後の挨拶をしていた。ウチの両親である。


「じゃあ行ってくるマリー。留守は頼んだよ」

「いってらっしゃいアナタ。二人ともお父さんのいう事をよく聞くのよ」

「はい」「はーい」

「特にアイヒル。あなたはしばらく戻らないらしいけど、辛くなったら直ぐに戻って来なさい」

「ありがたいね。その時は山ほどお土産を持って帰るよ母さん」

「ダリルはしっかりね。フェイズルさんに失礼の無いよう気を付けなさいね」

「解ってる。僕は心配いらないよ母さん」


 玄関先で母に見送られた父と兄、オレの三人は、町の入口まで歩いて行った。

 父と兄の荷物はまとめて旅行鞄一つ分。オレは荷物のほかに冒険用の装備も持っていくから少し多い。革の防具とナックルガード付きの剣、鉄板で縁取った革張りの盾だ。


 これから同じ行先へ仕入れに行く雑貨屋のコーツさんの馬車に相乗りさせてもらって。ここから一番近い港町エクスリアへ行くのだ。


「おはようコーツ。今日はよろしく頼む」

「「よろしくお願いします」ーす」

「ああ、おはようヘイズル。息子二人もよろしくな!頼むから余計な事はするなよ!特に弟!」

「解ってまーす!」


 挨拶もそこそこに、ゴトゴトと車輪が石畳を進む音をたてながら、馬車は門をくぐりゆっくりと町から遠ざかってゆく。

 楽しみすぎて興奮しているオレを他所に、父は御者台で雑貨屋のコーツさんと話し込んでいるし、兄は既に二度寝の姿勢だ。


 しょうがないので話し声をバックに馬車からの風景を楽しむことにした。延々と続く山々の緑と岩肌の白みがかった灰色が空に映えていい感じのコントラストだった。

 スクショ……いや、カメラでもあればなぁ……




「よし、明日の明朝。最初の鐘までにここに居てくれ」

「ああ分かってるよ。そっちも仕入れしっかりな」


 港町エクスリアには昼過ぎに着いた。

 ここで一旦解散して、それぞれの用事を済ませて指定した時間に再集合する計画だ。


 道中で仲良くなった馬車の馬に別れを告げて、父に引き連れられたオレと兄は目的の前に今日の宿へと向かった。


 故郷とは異なる街並みに興味を抱きながら後ろ髪を引かれつつ父の背に付いて行くオレと兄。父は迷いの無い足取りで通りを幾つかまたぎ。「金の鳩亭」と看板が出ている鳩の彫像が目印の宿屋に入った。


 そこはある程度、身なりの整った人々が集うフロントに繋がっていた。どうやら商人や旅行者向けの宿らしい。

 彼らがそれぞれ自分の時間を過ごしている姿一瞥すると、父は真っすぐに受付と思われるカウンターの従業員のところへ向かって行った。


「いらっしゃいませ。「金の鳩亭」へようこそ」

「三人で一泊お願いしたい。夕食と朝食も付けて」

「かしこまりました。係りの者がお部屋まで案内しますので少々お待ちください」


 非常に手慣れたやり取りの後、宿の人に案内されて部屋に通された。

 ちょっと家より古めだが実家の部屋よりは倍近い広さだ、掃除はされていて清潔だし、ベッドも白くてシーツからは柑橘系の良い匂いがした。


「ここで一息ついたら父さんの仕事仲間に挨拶に行くぞ。」

「徴税人のバレンさんだっけ?ちょび髭の」

「そうだ。父さんが仕事の一部を委託させてらっているバレンさんだ。余計な事を言うと家族が路頭に迷うから大人しくな」

「言われてるよ兄貴」

「……そうだな」


 荷物を置いて一息ついた後、余所行き用に身なりを整えたオレたち一行は雑談交じりに宿を出る。勿論非武装だ。

 徴税人の詰め所はここからちょっと歩くらしい。宿に面した大きな道から路地の方へと向かいながら、隣を歩く兄がオレに釘を刺してきた。


「……アイヒル、向こうでは絶対に余計な事を言うなよ」

「勿論さ兄さん!オレがそんなことする輩に見えるかい?」

「お前もここで冒険者をやるんだから!いらない不興を買うんじゃないぞ!絶っ対!に!」

「大丈夫さ兄さん。オレは口を開かなければ他人を怒らせない事で有名だぜ!それに今回は兄さんの顔見せが本題なんだから。おまけの次男坊に時間を割くことないだろ!」

「それも……そうか……まあ、わかっているならいい」


 それからは無言でトコトコ父について回って直ぐに詰め所に着いた。

 門兵が一人、入口で突っ立っている。そこに父が取次ぎをお願いした。


「こんにちは。ワイセイルの徴税嘱託員ディクターです。フェイズル徴税官との面会の約束をしているのですが……」

「そうか。少し待て、確認する」


 一言二言の問答の後、俺たちは中へ通されて徴税人の部屋へと案内された。


「失礼します、フェイズル徴税官。ワイセイルのディクター嘱託員が到着しました」

「む?もうそんな時間か。入ってくれ」


 バレンさんは父の話に聞いた通りちょび髭が特徴の老人だった。丸く禿げ上がった頭に眉間にしわが寄ったしかめ面。


「おお久しいなヘイズル。息災だったか」

「お久しぶりですフェイズル徴税官。おかげさまで家族皆上手くやっています」

「うむ。それは何よりだ」


 パッと見て機嫌が悪そうに見えたが、父に会うと途端に表情を輝かせて歓迎をしてくれた。どうやら思っていたよりも深い関係らしい。


「では息子たちを紹介します。長男のダリル」

「初めまして、お会いできて光栄です」

「それから、次男のアイヒルです」

「初めまして」

「うむ。父君に似て聡明そうな若者だ。この先もワイセイルの嘱託員は安泰だな」


 父の紹介で兄に続いて自己紹介をした。まあ、予想を外さず向こうの興味は兄に集中しているようである。

 兄は普通に優秀なので、父も跡継ぎとして期待していた。


「それでは君……アイヒル君は兄の補佐をするのかね?」

「い、いえアイヒルはその……」


「ボクは明日からこの町で冒険者を始めるつもりです」

「お、おい!アイヒル!」


「ふむ……冒険者か……」

「いや。眩い栄光を目指すのは若者のサガか。まあ、励むと良い。納税はしっかりなさい」


 オレの話を聞いたバレンさんは、役人としては冒険者に良い印象がなさそうだった。しかし、それでも一個人としては栄達を祈ると言ってくれた。あと納税も促された。


 それからは主に父が話をして始終和やかな会話が続き、最後にバレンさんが兄へと激励して今回の会談は終わった。


「そういえば父さん。やけに親しかったけど、バレンさんとは何時からの付き合いなの?」


 宿に戻る道すがら、興味が湧いたので父にバレンさんとの関係を聞いてみる。


「バレンさんはな。昔、父さんが事故で両親を亡くした後。幼い私の後見人になって下さった方だ」


 すると思ったより重い話が返ってきた。


 そこからの話を要約すると。成人までエクスリアで育ててもらい、成人後はしばらく彼の手元で部下として働き。この町で出会った母との結婚を機に、生まれ故郷のワイセイルに帰ってきたのだとか。父の代筆業の技能は役人仕込みか。


 その後も連絡を取り続け、代筆業の合間に嘱託の徴税人としても働いているのだという。普通に我が一家の恩人だった。


「アイヒル。この町で暮らすなら、バレンさんには迷惑をかけるなよ。あの方は必要ならば身内でも切るお人だ」


 父親の意外な来歴に感心しているうちに宿へと着いた。

 食堂で出た見慣れぬ料理に舌鼓を打ち、ベッドにもぐりこんでこの日は終わった。


 明日はいよいよ冒険者ギルドに行く。かつて画面の向こうから見ていた場所へ足を踏み入れる事が楽しみで寝付くのに時間がかかった。




「起きろ!アイヒル起きろ!」

 朝、兄にたたき起こされて目を覚ました。


 寝ぼけ眼で出てきた朝食を貪り食い。宿を出た足で、父と兄を町の正門で見送る。

 別れの最後まで心配していたのは兄の方だった。父は割と放任主義なのだ。


 町の中に戻り目指すは冒険者ギルドの建物。ゲームと同じ看板が出ていたので遠くからでもすぐに分かった。


 扉を開けて中に入ると、そこは広々とした吹き抜けの空間。

 一階は受付と待機所を兼ねた酒場。朝も早いうちから武装した多種多様な人であふれている。二階は有料の宿舎の様だ。


 一通り中を見渡して受付に向かう。前世で何度も見たお決まりのセリフが自分の耳で聞けることを期待しつつ、登録に来たことを伝えた。


「おはようございます。冒険者ギルドエクスリア支部です。ご依頼ですか?登録ですか?」

「登録です」

「では、登録の為にこの用紙に記入をお願いします。文字は書けますか?」

「ええ、大丈夫です」


 いくつかの項目に記入を終えた後。受付さんはカウンターに水晶玉の様な石を持ってきた。ゲームでもお約束の魔力計測だ。


「ではこの魔道具に手で触れてください。貴方の魔力を記憶して冒険者証へ焼き付けます」

「偽装防止とかですか?」

「ええ、そうですね。他にも行方不明時に発見された遺体の照合などにも利用されます」

「なるほどなー。えい」


 雑談しながら手を付ける、ひんやりした水晶の感触がした。

 そこから直ぐに、じわじわ触れたところが暖かくなったところで「もう離しても大丈夫です」と言われたので手を離した。


「では、こちらがディクターさんの冒険者証になります」


「冒険者にはその実績によって階級が存在し、新規登録者は例外なく全て「石ころ」からの挑戦となります」


「あなたが何かの原石か、唯の路傍の石かはこれからの行いで評価されます。再発行には手数料が発生しますので、なるべく紛失しない様にしてください」


 発行してもらった冒険者の証を見つめる。それは確かにゲームで見た冒険者ライセンスと違わぬもの。


 とうとうこの時がやってきたのだ。オレの冒険者としての生活が……!


「おい、用が済んだらならさっさとどけよ」

「おっと失礼、すぐどくよ」


 とても感慨深い気分に浸っていたら、後ろで順番待ちしていた人に怒られた。

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