第二話

 よく食べ、よく寝て、よく遊んで暮らしていたら。気づけば十六歳になっていた。


 幼い頃から身体づくりをしっかりやったおかげで身長も伸びて。目線がもう前世とほぼ変わらなくなった。

 体重は身体が成長期に入ってから本腰で鍛え始めたので、筋肉もまだまだ発展途上と言った所。これからもしっかり鍛錬を積むつもり。


 最後の外見だが。幸運な事に前世とちょっと似た感じに収まった。いや、ちょっと整っているから改善されたのか?


 髪は父に似たのかこげ茶色で、ざっくり短めで整えている。顔つきは母の血筋が出たのかやや釣り目気味だ。(「目つきが生意気だ」と町の子供によく絡まれていた。おかげでケンカ相手に困ったことは無い)


 次にこの世界で生きる上で重要な魔力の扱いについては。結論から言えば、今のところが頭に付くが、自分の持つ知識と大差はない。

 こちらで聞きかじった話を、脳内の記憶と照合し長年の練習を重ねて。ゲームに出て来た幾つかの技能をそれっぽく修める事が出来た。


 基礎技能の「身体強化エーテルアシスト」を始めとした。「魔力探知エーテルソナー」、「魔法武装エーテルアームズ」の三つ。スカラベ作中では基本ステータスを強化するパッシブスキルの類で、どれもおろそかにできない重要なスキルだった。


 実際に使ってみるとその恩恵が凄い。軽い強化だけで、素では持ち上げられない岩が片手でひょいひょい上げ下げできたり。魔力で包んだ木の棒で岩を砕いたり。目を閉じた状態で、魔力をあてに夜の森を走り回ったりできた。

 

 こればかりに頼ると体を鍛えるのをサボると確信できる性能なので、普段の鍛錬では使用を控えている。


 普段からそんな事ばかりやっていたから。十歳くらいから町の警備隊の訓練に参加出来た。人相手の経験や、剣や槍など武器の扱いも教えてくれたのは大きな収穫だ。


 田舎町なのでほとんどの人と知り合いという事になってしまう。将来の進路を聞かれることもあるのだが。「夢は冒険者だ」と言うと。みな馬鹿にするように笑ったり、それとなく考えを改めるようにアドバイスして来たりする。


 考えを改める様に言ってくるのは、特に年長者に多い。まあ、彼らのいう事も一理ある。

 ゲーム内でもちょっと危ない仕事だと紹介されてたし。実際に命の危険がゴロゴロあるのは本当の事だからなあ……。


 しかし、それでもやりたいのでやるけどね。


 出来ればスカラベ各シナリオの世界が滅びる系のアレコレは主人公たちに何とかしてほしいが。万が一彼らが存在していなかったら、オレが対応せざるをえないだろう。

 こういうゲームによくある世界が破滅する系の厄介ごとがこの世界にはよく眠っているのだ。




「ちょっと目つきが悪いぞアイヒル。……また父さんの本を勝手に読んでたのか」

「まあね!」

「程々にしとけよ。汚したりしたら事だぞ」

「りょーかい兄さん。もう戻すよ」


 日課の魔力修行をこっそり済ませた後、自宅のリビングで本を読んでいると兄が一声かけてきた。

 兄のダリルは十九歳になり、一足先に父の仕事を手伝っている。

 昔は子供たちの知恵袋ポジションで毎日悪だくみしていたのが、最近はすっかり大人ヅラで面白い。


 兄を含めた年上の子供グループには、運動を兼ねた対集団戦の練習にずいぶん付き合ってもらった。今ではオレを嵌め殺すための凶悪な罠を仕掛けていた名残も少なくなった。

 まあ、年を取って落ち着いたんだろう。そんな兄が家業の跡継ぎを務めるからこそ、オレも安心して旅に出られる所もある。


 ちなみに、兄の見た目はオレとは反対。髪は母似の金髪、父にのたれ目で柔和な顔つきだった。遺伝の違いを感じてちょっと面白い。



 さて、親愛なる兄上に注意されたので大人しく父の書斎に本を戻す。父は基本的に優しいが、本が絡むと結構怒りやすいので。兄の懸念も仕方がない。

 

「母さん!オレもちょっと出てくる!」

「日が暮れる前に帰って来なさい。またよそ様のお庭に入っちゃだめよー!」

「はーい!」


 読書の予定がつぶれたので、軽く身体を動かそうと母に一声かけてから家を出た。


 壁を越え、屋根の上を足音無く走りながら視界に入るのは。すっかり見慣れた丸いレンガ造りの塀と石畳の町並み。所々を草と苔が繁茂している見慣れた故郷の姿だ。


 昔から行動範囲が広がるのに合わせて、自宅だけでなく町の周辺を調べた結果。第二の故郷ワイセイルはやはり前世で見た事の無い地方で確定だろう。


 記憶にある限りのここら辺にいそうな植生や野生動物、魔物の種類を頭の中で照合していたのだが、実際に確認したここら辺の図鑑や店にはそれら見つけることができなかった。


 たまに町の加工品を求めてくる人族ヒューム以外の旅人が来ていた時に一杯奢って聞いてみると。オレの知るそれらの話を聞けたので仮説に確信が持てたのだ。


 雑貨屋の壁にここらへんの島が描かれた空域図が貼りだしてあるのだが。この町の場所へ赤インクで印が付けてある場所を見ると、ゲームの知識に無い地方の大きな島のど真ん中にある山に囲まれた先にある奥の奥の方であった。


 ここどこだよ、ほぼ秘境だよ。


 オレが自分の飛空船を持った暁には、この町に飛空船用の停留所を作るのもいいかもしれない。


「おっアイヒルじゃねぇか。また走り込みかー?」

「そうだよ。今日は町の外周を飽きるまでやる予定ー」

「はあ……若いのの体力は大したもんだなあ。まあ、落ちてケガせん程度にやれやー」

「はーい」


 近所のおっちゃんと軽く言葉を交わし。オレはいつも通り屋根にそって走り始める。


 ぐんぐんとスピードを上げていき。流れる様に過ぎる景色を横目に、オレはひたすら走り、回っていく。


 基礎体力をつけるために始めたパルクール走り込みも、最初は町の人の怪訝な目があったが。屋根の修理手伝いや郵便配達の手伝いを兼ねていくと、三年目くらいから町のみんなも慣れたらしく何も言われなくなった。


 昔は一周するだけでくたびれたものだが、今は十周くらいは軽いものだ。今の倍くらいなら手荷物付きでもスピードを上げていいかもしれない。


 こうやって足場が不安定な所を走ったり、重い石を上げ下げしたりして身体を鍛えて体を鍛え。父の蔵書と新聞で知識を仕入れているが。ゲームのアクションが再現出来たり、ちらほらと作中に登場する地名や人物の名前が出てくるのが楽しい。


 雑貨屋にも回復アイテムが売ってたりするので最初は感動していだが。仕入れの関係か品ぞろえが十年以上変わらないので飽きた。


 ちょっと前に小遣いで買ったポーションの味を改良してみようと試みたこともあったが。素人の薬品いじりはやめておこうという結果を残して終わった。

 中々どうして、生兵法は大怪我のもとと言った所だ。どうやらオレは浮かれていたらしい。


 冒険者になるのだからもう少し慎重に動けるようにならないと……。


 今日のトレーニングは夕暮れまで町で走ってから家に帰った。明日は用事で港町にいく父と兄たちについて行くのだ。


 滅多に町の外に出ない兄は友人たちに土産をねだられるだろうが、オレにその心配はない。

 何故ならオレはついでに向こうで冒険者デビューする予定なので。

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