故郷ワイセイル・エクスリア編
第一話
帰宅途中に意識を失ったオレだったが。気づけばやたら冷たい所に押し込められた上、全く動けなかったので成すすべなくプルプルと震えていた。
その時は身体の認識もあやふやで。温度くらいしかまともに認識できない期間が続いた。
そのうちに、その場所が段々と暖かく居心地が良くなっていったので。眠気のままにずっとまどろんでいた。
しかし、ある日。また狭い所へ無理やり突っ込まれ。今度は物凄い力でやたらと広い所へ引っ張り出されてしまったのだ。
「ほぎゃあっ~!!ほぎゃあっ~!」
「おめでとうございますぅ!元気な男の子ですよぉ!」
それが自分の出産現場だと認識したのは数年後の事だった。
二度目の人生は田舎町の代筆屋の次男坊だった。
知らない国、知らない人間、知らない言葉……。縁もゆかりもない所で、強制的に最初からやり直すことを強いられたオレは。赤子の身体なのをいい事に、起きている間はずっと泣きわめいて暮らしていた。
朝も夜も意識のある間は周囲に響き渡る音量で泣いたので。当時は近所の人が様子を見に来るほどだった。あの時家族は大変迷惑しただろう。
そんな生活が変わったのはとある朝。父の読んでいた新聞の写真が視界に入った時。
目にそれが映った瞬間、オレは泣いている場合では無くなった。
「うん?アイヒルこれが欲しいのかい」
「だうだうだー!」
「はっはっは今日はご機嫌だねぇ。ほれほれ、ジャンプだアイヒルとってみろー」
「ふんっ!」
「ウっ……!」
「子供みたいなことしない!また泣き始めたらどうするの!」
「パパがママのボディブローでダウンしちゃったぁっ!」
空を自由に飛ぶ飛空船の一枚絵。その機体はオレがかつてさんざんに見た『スカイトラベラーズ』の記憶に出てくる物と全く一緒だったのだ!
その日からオレは飛空船の写真が手元にある間は、生理現象以外で泣かないようにした。
昼夜を問わない大音量の泣き声に悩んでいた父母にオレの露骨な生態は驚きつつも歓迎され、ベビーベッドの近くにはいつも沢山の飛空船の写真を用意してくれた。
父と母、兄とオレことアイヒル、四人家族の平和な日々。
ベビーベッドの中で這いまわるオレは、家族よりも新聞の写真に夢中だった。
「アイヒルは飛空船が好きなのね。大きくなったら、将来は立派な冒険者かしら」
「えー!冒険者はボクがなるー!」
「うー!うー!」
「はっはっは。ダリルもアイヒルもそのためには好き嫌いなく食べないとダメだぞ」
「あうあうあー!」
「ほーらアイヒル、新しい写真だぞっ!?」
「ふんっ!」
「パパがママのキックで一回転しちゃったっ!?」
平和な一時、一人だけ気炎を上げる赤ん坊の姿は微笑ましい物として流されたが。この時オレは一つの可能性の前にそれどころではなかった。
(もしかして、この世界には飛空船が実在するのか!?こうしちゃいられん!すぐに大きくならなければ!)
そこからあっという間に数年がたった。
成長に伴って行動範囲が広がったオレは。まず、この世界の本を読めるように文字の習得を頑張った。
それからは成長に必要な寝食を除くと。ほぼ一日中、ひたすら書庫や貸本屋を根城に情報収集を続けた。
家族には随分心配をかけてしまったが。当時のオレは、次々と出てくる断片的に見覚えのある情報の整理にそれどころではなかった。
かれこれ二年使い、村中の本は読みつくした。
その次は父の新聞を譲ってもらう事一年。
オレは、とうとう、あまりにも、自分に都合の良い現実を飲み込んだ。
ここ、『スカイトラベラーズ』の世界だ。と。
「うーん。今日の日付からすると、設定資料集に載ってた初代の時期までまだまだ先だなぁー……」
自宅のすぐ近くにある芝生で、新聞紙をしいた寝床に寝そべりながらダラダラ読書しているのは。少し大きくなったオレ、アイヒル・ディクター五歳。
「作中どころか設定資料にも名前がないド田舎空域の町だから仕方ないけど。ここはそもそも発展していない気がする……」
活字印刷とか魔石を使った常夜灯とか、スカイトラベラーズは結構文明が進んでいる筈なのに。ここではその恩恵を町の中でもあまり見ない。というか、ウチのか村長の調度品でしか見た事無い。
そもそも父の仕事も代筆屋だし、ひょっとしたらここは空島の内陸部にあるのかもしれないな。
確か資料集に「飛空船を使った空輸が流通の基本なので、陸上運輸は発展途上」とか書いてあったし。時代が追い付いていない地域なのかも。
転生してからはや五年、オレの人生目標は冒険者一択となった。
未だに幼児のこの身だが、将来を見据えた動ける身体つくりをすでに行っている。
好き嫌い無くよく噛んで食事をとり、運動神経を発達させるため体力の続く限り動き回り、成長を促進する睡眠をとる為に自分用毛布を誕生日に買ってもらった。(緑色のつるばら模様の何かカワイイやつ。母の趣味)
さっきまで昼寝していたのも、定期的にとる睡眠の一環だ。新聞紙の布団で寝るのは母親が良い顔をしないのだが、父も似たようなものなので先にそちらをどうにかしてほしい。
ゲームの知識で利用できる知識には身体づくりに利用できることは多くは無い。精々ボーナス効果のある料理から栄養のありそうなものを予想するとか、スキルメニューのフレーバーテキストにあった、魔力訓練の基礎を思い出すくらいか。
へそのちょっと下あたりに渦巻く力が、全身を巡っている事は知覚できたので。今は下手な事をしてケガをしない程度に感覚をつかもうと継続する。
「おーい、アイヒルー!」
「なーにー?」
寝っ転がっているオレに兄のダリルが声を掛けてきた。
「ちょっと出かけてくるから。父さんたちに適当に言っておいてー!」
「はーい!」
三つ上の兄は町の子供たちの知恵者ポジションを確保しているらしく。連日、友人たちとつるんで近所を舞台に冒険して回っている。大変羨ましい。
「まだ時間はあるのはハッキリしたし。あとで困らない様にしっかり準備するかぁ……」
新聞の内容はとても魅力的だったが、そろそろ父に返してあげないとまた怒られるな。
新聞をたたんだオレは家に向かって歩き出した。
さっきの兄の伝言を伝えなきゃだし、そろそろおやつの時間なのだ。
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