サンドイッチ
春野訪花
サンドイッチ
サンドイッチ
「ねえ、何挟む?」
唐突の問いかけだった。
ちょっと意味がわからない。気の抜けた「はい?」を返して、声の方を見れば彼女が食パンを両手に持って立っていた。
仁王立ちをする彼女、その手に食パン。さらにはフリフリなピンクのエプロンを纏っているので、やけにシュールな絵面だった。
「何の話?」
「決まってるでしょ、サンドイッチよ」
「決まってないと思うが」
むすっとした彼女にひらりと返せば、不機嫌さが増した。食パンをひらひらと目の前で降ってくる。食べ物を振り回すな。
揺すられる食パンを掴んで救出しようとするが、彼女は離さない。このままではちぎれてしまうので手を離した。食パンは相変わらず振り回されている。
「ほらほら、何挟むの?」
催促するように目の前を食パンが通過する。顔に当たりそうになったので避けながら、
「何でもいい」
「もー、またそんなこと言う」
明らかに顔面めがけて食パンが飛んでくる。手でキャッチして、
「じゃあ何が作れるんだよ」
「んーとね」
彼女はあっさりと食パンを手放した。危うく落としそうになりながらもキャッチする。
隣の部屋に戻っていった彼女は、キッチンの方向へと戻っていった。追いかけていくと、そこにはボウルがいくつか置かれていた。彼女は冷蔵庫を開けて物色を始める。そんな彼女の横でボウルを覗き込むが何も入っていなかった。
冷蔵庫を覗きながら、
「卵とー……ツナ……は、あるな。ツナとー、あとは――ゾンビの肉かな」
「あ? ゾンビ?」
「うん。安かったんだよね。ちょっと気にならない?」
「ならない。大体、食べて平気なのかよ。なんかウイルスとか」
「大丈夫なんだってー。宿主が生きてないと死ぬらしいよ」
「ああ、そう……」
まあ、そういう問題ではないのだが。
「最近流行ってるらしいよー? ゾンビ肉。食事なしで勝手に成長するし、そこそこ美味しいらしい」
突っ込みどころが多すぎる。
ふと、はっとした。
「おいおい、そのゾンビ、元人間とかじゃないよな?」
「違うよ。家畜。豚とか牛とか。そういうのにウイルス感染させてゾンビ化させて育てるんだって」
シュミが悪い。
そんなのを買う気も知れん。
ひょこっと、彼女が顔を覗き込んできた。にーっと笑っている。
「どーする? ゾンビ食べる?」
「却下。ついでにサンドイッチも却下」
「えーー」
「食欲失せたわ」
空っぽのボウルに食パンを入れ、リビングに戻った。
後ろからぶーぶーと文句を言う彼女は、しかしすぐに気を取り直して調理を始めた。ゾンビ肉を食べてみるらしい。ちらりと伺えば、ぱっと見は普通の肉と変わらなかった。
リビングの中を抜けて、締め切ったカーテンを開く。窓の向こう、下の方では緑の人間たちがうようよしている。
ゾンビ化して、さまよっている人たちだ。
彼らを「殺す」べきだという声と、元人である彼らを助ける道を探すべきだという声で揉め、政府が判断をしかねている状態だ。
とりあえず保留され、階下に閉じ込められている人たち。……いや、閉じ込められているのは自分たちの方かもしれないが。
「あ、美味しいよ? ゾンビ肉」
後ろからけろっとした彼女の声がした。
はぁとため息をついて、カーテンを閉じる。
振り向けば、口元付近にサンドイッチが差し出されていた。もぐもぐと口元を動かす彼女はご機嫌に微笑んでいた。
サンドイッチ 春野訪花 @harunohouka
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