第41話 決闘
街外れにある総合病院の廃墟。
地元では幽霊が出ると噂されている、誰も近づかない場所。
そのロビーにて、私は地雷系ファッションの女子と相対していた。
頬の長さにぱつんと切りそろえられた姫カット。
アイシャドウによって作られた目に、涙袋。
黒系のモノトーンの服に身を包んでいる。
そんな彼女――花園麻里さんの手には包丁が握りしめられていた。
彼女を見つけたのは今日の昼頃だった。
ここ数日、街中に張り巡らせていた監視の目に掛かった。
私は花園さんに接触し、自らを相地くんの彼女と名乗り、これ以上彼に近づかないようにと警告を発した。
それは警告のていをした挑発だった。
相地くんの彼女だと名乗ったことで、向こうは思惑通りに激昂した。
こちらに対する敵意を剥き出しにしたので、場所を変えることにした。そしてこの廃病院に辿り着いた。
「ここでなら思う存分、話ができるね」
私はそう言うと、
「花園さん、あなたは昔、相地くんに激昂してお腹を刺したんでしょう?」
「……私のことを愛してくれない相地くんは、相地くんじゃありません。そんな相地くんは必要ありませんから」
「浅いんだね」
「……はあ?」
「あなたはただ、自分を肯定してくれる都合の良い人を求めていただけでしょう? 相地くんのことを見ていない」
自分の理想を、相地くんに投影していただけ。
そんなのは愛じゃない。
「やっぱり、相地くんに纏わり付く悪い虫は払わないと」
「……彼をまるで自分のものみたいに言わないでください」
呟いた花園さんの声には、暗く激しい怒りが込められていた。
「ふふ。相地くんは私のものだよ?」
いい反応。もう一押しだ。
私は挑発をするように微笑みを浮かべる。
「残念だけど、あなたはもう昔の女だから」
「――っ!?」
花園さんはそれを聞いてかっと目を向いた。
「……嫌な人、嫌な人嫌な人嫌な人嫌な人……」
ぶつぶつと呪詛のような言葉を呟いた後、
「……あなたが相地くんの恋人さんだなんて、絶対に認めませんからぁ!」
感情に身を任せ、包丁を手に襲い掛かってきた。
……本当に可愛い子。
私は制服のポケットからカッターナイフを取り出すと、刃を覗かせる。
「あははっ! カッターナイフ!? そんなちっちゃくて可愛い刃で、私のぶっとい包丁に敵うわけありませんよねえ!?」
哄笑を上げながら、大きく包丁を叩きつけてくる。
けれど。
それは私のカッターの刃によってぴたりと受け止められた。
「……は?」
「ふふ。どうしたの? もうおしまい?」
私が微笑みかけると、花園さんは気圧されたように距離を取る。
「……っ! た、たまたまです。ありえません。包丁の刃をカッターで止めるなんて。そんなの出来るわけありません!」
自分に言い聞かせるように言うと、再度襲ってきた。
縦横無尽に包丁を振るう。
怒濤の猛攻をひらりひらりと身を退いて躱す。
「な、なんで当たらないんですかぁ……!?」
「だって、闇雲に振り回してるだけだもの。そんなもの、怖くもなんともない」
――そろそろ頃合いかな。
花園さんの動きが疲労で鈍ってきたのを見計らい、私は突きを放とうとしてきた彼女の間合いに飛び込んだ。
左手から上腕を使い、包丁の軌道を逸らす。
手刀を繰り出し、包丁を地面に落とすと、それを遠くに蹴り飛ばす。
花園さんがはっとし、次の行動に移ろうとした瞬間――彼女の首筋には私のカッターの刃が添えられていた。
「一歩でも動くと、頸動脈を切る」
「……!」
「分かったら、手を挙げてその場に膝をついて?」
花園さんは息を呑むと、両手を挙げ、その場に力なく膝から崩れ落ちる。
先程までの敵意はどこへやら。
私を見る目は怯えていた。
「なんだ。思ってたより脆いんだね」
歯ごたえのなさに笑みが漏れる。
私は花園さんの前に立つと、カッターの刃を剥き出しにし、ひんやりとした腹の部分を彼女の首筋に沿わせる。
「最初に仕掛けてきたのは、花園さんの方だから。私がどれだけ反撃しても、それは正当防衛ってことになるよね?」
「ひっ……」
花園さんは怯えたように小さく息を漏らす。
「ご、ごめんなさい。私が悪かったですぅ。土下座でも何でもしますからどうか見逃してくれませんかぁ……?」
「ううん。勘違いしてる。そうじゃないの」
私は花園さんの誤解を解くため、首を横に振る。
「私はあなたが嫌いなわけでも、憎いわけでもない。だから謝ったからと言って、あなたの処遇を変えたりはしない。
花園さんが存在している限り、相地くんはあなたの存在に苦しめられる。だから、花園さんには痛い目に遭って貰わないといけない。
もう二度とこの街に来られないように。相地くんのことを思い出せないように。それが嫌になるくらいに」
今から自分が何をされるのかを悟ったのだろう。
花園さんの顔が青ざめる。
「こ、こんなことをしていいと思ってるんですかぁ……? 相地くんがこのことを知ったらきっと怖がりますよ。
自分の恋人にこんな残虐な本性があるなんて。
そ、そうだ。あなたの本性を知ったら、振られてしまうかもしれませんねえ。相地くんに怖がられても、嫌われてもいいんですかぁ?」
私を躊躇させるためにそう口にしたのだろう。
けれど。
「うん。それでいいよ」
何の躊躇いもなくそう答えた。
「花園さん。私はね相地くんの幸せだけを願ってるの。
だから、好かれなくても、愛されなくても構わない。
たとえ嫌われても、憎まれても、恐れられたとしても。
ただ相地くんが幸せになってくれれば、それだけで私も幸せになれる。……それが私の彼に対する愛の示し方だから」
「…………」
花園さんは理解できないという顔をしていた。
私の愛の前に圧倒されていた。
別に理解して貰わなくてもいい。
彼女にも、他の子にも、相地くん自身にも。
「大丈夫。すぐに何も考えられなくなるから」
今にも泣きだしそうな表情で息を呑む花園さんに微笑みかけながら、私は剥き出しにしたカッターの刃を首筋にあてがう。
そして執行をしようとした瞬間だった。
「待ってくれ!」
声が響いた。
ロビー全体に聞こえるような大きな声。
聞き間違えるはずもない。
それは私が毎日のように聞いている声だった。
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