第38話 詰問

 姿を現したのは、月宮さんだった。


 月宮さんには元々合鍵を渡してあった。

 だから家に来ること自体はおかしくない。

 おかしいのは時間とタイミングだ。


「どうしたんだ? こんな時間に」

「厭な予感がしたから。様子を見に来たの」


 部屋に入ってきた月宮さんはそう言った。

 厭な予感――それは感覚的なものじゃない。

 今の俺は気づいていた。

 盗聴器が取り外されたのを察知したからだ。


「他の女の子の匂いがするね?」


 月宮さんは辺りを見回しながら呟いた。

 薄木さんは玄関の扉が開けられる音がしてすぐクローゼットの中に隠れていた。さすがストーキング経験が豊富なだけはあり、危機管理能力に長けている。

 薄木さんが部屋にいるのがバレるのはマズいよな……。


「聞きたいことがあるんだ」


 だから俺は話題を切り替えに掛かった。


「なあに?」

「さっき調べたら、俺の部屋に盗聴器が仕掛けてあったんだ。コンセント型の。……これを設置したのは月宮さんなのか?」


 コンセント型の盗聴器を掲げてみせる。

 月宮さんが設置した犯人だとするならば。

 てっきりとぼけるものだと思っていたが――。


「うん。そうだよ」


 月宮さんはあっさりと肯定した。

 こちらが拍子抜けするくらいに。


「私がいない間、花園さんが相地くんの部屋に乗り込んでくる可能性もあるから。万が一に備えて設置したの」


 嘘だ。

 薄木さんの証言によると、月宮さんが俺の部屋に盗聴器を設置したのは、俺が花園さんと再開するより前のはず。


「……実は噂を聞いたんだ」

「噂?」

「藤沢先生が休職したのは、月宮さんが制裁を下したからだって。俺に害をなす存在を影で消して回ってるからだって」


 それと、と続けた。


「隣のクラスの影山さんがある日を境に白髪になったのも」

「……相地くんはどう考えてるの?」

「分からない」


 正直な気持ちを口にする。


「でも、その話を聞いてから、自分の中でも混乱してて。

 もしそれが本当だったら、あの日会った花園さんは本当は月宮さんじゃないかみたいな考えまで浮かんできて」

「私が花園さんに変装してたってこと? 何のために?」

「月宮さんは昔、子役だったって聞いたから。俺を月宮さんなしでは生きられないようにするために一芝居打ったのかなと」


 そこまで話して、荒唐無稽さに我ながら呆れる。


「いや、自分でも冗談みたいな話だとは思うんだけどさ」


 こんなものは妄想の域にまで達してしまっている。

 あり得ない。

 月宮さんからしても辟易するというか、怒らせても仕方がないだろう。


 だってそうだ。

 本人からするとわざわざ時間を割いて俺の傍にいてくれてるのに、それを自作自演だと疑われているのだから。

 けれど。


「もし冗談じゃないって言ったら?」

「え?」


 その言葉が思考を打ち消した。

 俺は月宮さんの顔を見返す。


「冗談じゃない?」

「うん」

「そんな、だとすれば、いったい何のために……」

「それはさっき、相地くんが言った通りだよ」


 月宮さんは薄く微笑む。


「相地くんが私なしで生きられないようにするために」


 それは天使のような。

 あるいは悪魔のような美しい表情。


「でもそっか。バレちゃったなら仕方ないね」


 困ったようにくすっと笑みをこぼした。

 その拍子にスマホが制服のブレザーのポケットから落ちる。


 ここに来るまでに音楽を聴いていたのだろうか。

 スマホにはプレイヤーの再生画面が表示されていて、床に落ちた弾みで、再生ボタンが押されたようだった。

 音声が流れ始める。


「……これは」


 俺の声だった。

 会話の途中を切り取り、繋ぎ合わせたようなもの。

 ずっとこれを聞いていたのか?


「……ふふ。私のことが怖い?」


 俺が月宮さんを見つめる瞳に、畏怖の色を見いだしたのだろう。内心を見透かしたようにそう尋ねてきた。

 咄嗟に返そうとして、言葉が出なかった。

 沈黙が何よりの答えになっていた。


「……そっか」


 月宮さんは寂しげに微笑むと、こちらに歩み寄ろうとする。

 それを見た俺は、ほとんど反射的に後ずさっていた。


 その反応を見ると――。

 月宮さんはほんの少しだけ傷ついたような表情をした。


 少なくとも俺には、そういうふうに見えた。

 けれど、そうだとして、それが本心なのか、演技なのかも分からない。

 今の俺にはもう、何が真実なのか判別が付かなくなっていた。


「ごめんね。怖がらせちゃって。そんなつもりはなかったんだけど。大丈夫、これ以上はもう近づいたりしないから」


 月宮さんはそう言うと、


「合鍵、ここに置いておくね」


 テーブルの上に俺の部屋の合鍵を置いた。

 そして俺に向き直ると、優しい声色で告げてきた。

 怒った様子も悲しんだ様子もなく、ただいつものように。

 

「……じゃあね、相地くん。おやすみなさい」

 

 月宮さんは何か弁明をすることも反論をすることもなく、ただ微笑みだけを残して俺の部屋を後にしていった。


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