第37話 捜索

 その後も花園さんが姿を現すことはなかった。

 それ自体は良いことのはずだ。


 なのに――。

 俺の中の猜疑心は日に日に影を濃くしていた。


 花園さんの性格からして、一度執着した以上、俺を諦めるとは思えない。血眼になってどんな手を使ってでも探し当てるだろう。

 学校の制服までバレているのだ。

 特定するのはそう難しくない。


 にも拘わらず、未だ接触してこないのは。

 本当は花園さんが存在しないからじゃないのか?


 影山さんの言うとおり、月宮さんが花園さんの変装をしていて、月宮さんは常に俺の傍にいるから花園さんは出てこられない。

 いったい何のために?

 花園さんの存在の影に怯えさせることによって、月宮さんなしでは生きていけないように依存させるために。


 ……さすがに考えすぎだ。


 頭の中から悪い考えを振り払おうとする。

 疑念を打ち消すために、俺はある行動に出ることにした。


 夜。

 月宮さんが帰った後、俺は通学鞄の中からあるものを取り出す。

 それは探知機だった。

 影山さんから去り際に渡されたものだ。


『……月宮さんがあなたの部屋に出入りしているなら、その時に部屋のどこかに盗聴器を仕掛けられている可能性がある』

『あの女の執着は異常よ。この私が霞んでしまうくらいに。あなたの言動を把握するためには何だってやるわ』


 まさか、と俺は笑い飛ばそうとした。

 でもそうはできなかった。

 ずっと頭の片隅に引っかかっていた。

 これまでの月宮さんとの会話の中で、本来月宮さんが知り得ないはずの俺の情報を口にしていることがあった。

 あれはもしかすると――。


 俺は真偽を確かめるため、探知機を使用することに。

 長めの虫眼鏡のような形状。

 先端の部分が輪っかになっていて、柄の部分にスイッチがある。盗聴器の周波数を感知すると音が鳴る仕組みらしい。

 意を決してスイッチを入れる。


 すると次の瞬間。


 ピーピーピー。


 探知機から音が鳴り始めた。


 これは――。

 部屋に盗聴器の反応があるってことだ。

 嫌な予感が的中し、手のひらに汗がにじむ。

 俺は探知機を手にし、範囲を絞り込む。部屋中を一通り探知した結果、どうやら盗聴器はコンセントに仕掛けられているらしい。


 ……本当にあったなんて。


 今この瞬間も音声は筒抜けになっている。

 そう思った瞬間、俺は反射的にコンセントを引き抜いていた。

 これで盗聴器は停止しただろうか。


 ……影山さんの言うとおりだった。部屋に盗聴器が仕掛けられていた。


 でもまだ月宮さんがしたとは限らない。

 陽川さんや薄木さんも部屋に出入りしているのだから。

 ただ、陽川さんがした可能性は限りなく低い気がする。そもそも通話で長時間繋がっているから盗聴する必要がないし。

 残るは薄木さんだが……。


 ――気になるなら、直接聞けば良いか。


 俺は部屋の隅に歩いて行くと、クローゼットの扉を開け放った。

 本来の俺なら絶対に取らないであろう行動。

 追い詰められたことによって、思考が極端になっていたのだろう。

 左側の扉――タンスの隣の空間に膝を抱えた薄木さんがいた。夜食であろうメロンパンをもそもそと食べているところだった。

 俺と目が合う。


「……!?」


 ぎょっとした表情の薄木さんは、喉にメロンパンを詰まらせたらしい。


「……うえっ!? げほっ。ごほっ」


 背中を丸くし、苦しげに激しく咳き込んでいた。


「大丈夫か? とりあえず、水を」


 コップに水を入れて差し出すと、薄木さんは一息で飲み干した。


「……ふう。あ、ありがとうございます」


 一旦は落ち着きを取り戻した薄木さん。

 けれどすぐに今自分が置かれている状況に気づいたらしい。

 身振り手振りを交えて弁明し始める。


「あ、相地くん、これはその、何といいますか……ほんの出来心と言いますか、つい魔が差したと言いますか……」

「その割には定住してるみたいだけど」

 

 読書灯もあるし、積み本も増えてるし。

 そもそもメロンパンという痕跡が残りやすいものを夜食に採用してる時点で、もう完全に油断してるというか舐めてる。


「この際だから言っておくけど、前からずっと気づいてた。何か指摘して変な感じになるのも困るから知らないフリをしてたけど」

「うひゃあ!?」


 薄木さんは飛び跳ねんばかりに動揺していた。


「そ、それを今辞めたということは、堪忍袋の緒が切れたということですか……? ついに私も年貢の納め時……うへへ」


 なんでちょっと嬉しそうなんだ。


「別に責めたいわけじゃないんだ。良いことだとも思ってないけども。今日は薄木さんに聞きたいことがあって」

「聞きたいこと……ですか?」


 きょとんとする薄木さんに、俺は説明し始めた。

 部屋に盗聴器が仕掛けられていたこと。

 そして薄木さんがそれを行ったのかと尋ねる。


「……わ、私じゃありません」


 薄木さんは否定した。

 ここまで洗いざらい全てバレているのだ。

 盗聴器を仕掛けていたなら、素直に白状するような気がする。


「……盗聴器を仕掛けたのは、月宮さんだと思います」

「え?」

「……私が相地くんの部屋のクローゼットに住み着くことになったのは、元はと言えば月宮さんが発端なので」


 今度は薄木さんが経緯を話し始める。

 俺のことが知りたくて、見守り運動という名のストーキングを行っていたこと。

 その中で月宮さんが盗聴器を仕掛けていることが判明した。

 それを取り除くために俺の家に合鍵を使って侵入し、無事に撤去できたが、その最中に俺が帰宅したので身を隠すためにクローゼットに潜んだ。

 思いのほか居心地が良くて、定住するようになった。

 そして今に至るのだと。


「……つ、月宮さんは盗聴器が取り外されたことに気づいて、その後にまた機を見て設置したんだと思います」


 薄木さんは怯えた表情で言う。


「……私はあの人が藤沢先生を指導している光景を見ました。あの人は危険です。絶対に関わるべきではありません」


 彼女もまた、影山さんと同じことを口にする。

 窃盗犯の影山さんとストーカーの薄木さんにこうまで言わせるのだから、月宮さんの格は相当のものなのだろう。


 薄木さんの話を聞いて確信した。

 盗聴器を仕掛けたのは月宮さんだ。


 その時だった。

 玄関の扉が開けられる音がしたのは。


――――――――――――――――――――――――――――――


誰が来たんでしょうね?(すっとぼけ)

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