第28話 邂逅

 振り返った俺の視界――そこには月宮さんが立っていた。

 こちらも同じく私服姿。

 ワンピースにプリーツスカートというフェミニンな服装。

 陽川さんに負けず劣らずおしゃれで可愛い。さすがはクラス一、二を争う美少女。私服姿も抜群に映えるな。

 ――じゃなくて。


「……どうしてここに?」


 問題はそこだ。なんで月宮さんがここにいるのか。


「さっき相地くんに連絡したんだけど、返事がなかったから。もしかして何かあったのかなと心配になって様子を観に来たの。

 普段ならこんなことはしないんだけど、今日に限っては妙に厭な予感がしたから。

 インターホンを鳴らしてみたけど、応答もなくて。帰ろうかと思ったんだけど、玄関の鍵が開いてたから。倒れてたら大変だと思って」


 さっきのスマホの着信は月宮さんからだったらしい。

 俺からの返信がなかったことを不審に思い、駆けつけた。

 それにしても動きが速い。

 まだメッセージが届いてものの十分も経っていないのに。

 まるですぐ近くで待機でもしていたかのような……。

 あと、玄関の鍵は確かに閉めてたはずなんだけどな。

 俺の記憶違いだろうか?


「月宮さんの鳴らしたインターホン、全然気づかなかった」


 一切音が鳴らなかった。

 壊れているのだろうかと思い、確認してみる。


「ん? 音量がゼロになってる……」


 おかしい。昨日まではそうじゃなかったのに。

 急に設定が変えられてる。


「それ、あたしがしたの」

「陽川さんが?」

「相地くんといっしょにいる時に、他の誰かに水を差されたくないから」


 い、いつの間に。

 俺が途中、トイレに行っていた時だろうか。


「あたしといる時は、あたしのことだけ考えて欲しい。……ううん。いっしょにいない時もあたしのことだけ考えてて欲しい」


 べったりとした蜂蜜みたいな好意を見せつけてくる。

 お、重い……。

 たぶん、付き合ったら他の女子と話すことも禁止されるだろう。


「……それより比奈、さっき相地くんと何しようとしてたの?」


 笑みを浮かべながらやんわりと尋ねる月宮さん。

 物腰こそ柔らかいが、その背後からはどす黒い怒りのオーラが立ち上っていた。

 思わず気圧されるほどの覇気。

 しかし、陽川さんは怯まない。


「なにって、楽しいことだけど?」

「相地くんが嫌がってるのに、無理やりしようとするのはよくないと思うな。それは比奈だけが楽しいことでしょう?」


 月宮さんは釘を刺すように言うと、


「普段の通話だってそう。相地くんは優しいから言わないけど、いつも夜遅くまで付き合わされて迷惑してるんじゃないかな」

「は? 相地くん、嫌がってないし。両者合意の上だし」


 陽川さんは「ね? そうだよね?」と同意を求めてくる。


 その後、不安そうに、

「……もしかして、本当は嫌だったりする?」と尋ねてきた。


 月宮さんは「嫌なら嫌って正直に答えていいんだよ。比奈が何かしてきても、私が全部守ってあげるから」と俺を見つめてくる。


 そ、そう言われましても。

 いきなりこっちに飛び火してきた。どう答えればいいんだ。

 あちらを立てればこちらが立たず。

 陽川さんと月宮さん、両方ともを刺激しないような繊細な返答が求められる。


「まあ、そうだな」


 俺は慎重に言葉を選びながら言う。


「陽川さんとの通話は、全然嫌じゃない。楽しいよ」

「やったっ! ほらね~? だから言ったじゃん」


 陽川さんはぱあっと表情を華やがせると、勝ち誇ったように月宮さんを見やる。


「あたしも楽しいし、相地くんも楽しい。両想いでうぃんうぃんの関係。はぁ~っ、やっぱ相地くんしゅき~♪ だいしゅき♪」


 大はしゃぎする陽川さん。

 微笑んでいた月宮さんの表情筋がぴくりと引きつる。

 静かにキレてる。


「でも!」と俺は次の声を放った。

「……でも?」

「夜遅くまで――というか、たまに朝まで通話する時があるのは、さすがに次の日に響くから勘弁して欲しくはある」

「はえっ?」


 鳩が豆鉄砲を食ったような表情になる陽川さん。


「ふふ。だって、比奈」


 今度は月宮さんが勝ち誇ったように微笑みかける。


「聞いた? これが相地くんの正直な気持ちだよ?」

「…………」


 陽川さんの表情が歪みそうになる――ところにフォローを挟む。


「ただ、さっきも言ったように陽川さんとの通話は楽しいし、嫌じゃない。ちゃんと時間を決めた上でならこれからもしたい」


 シーソーのように両者の感情の揺らぎのバランスを取る。

 ど、どうだ!?


「……んー。そっか。あたしのこと、嫌いなわけじゃないってことだもんね。じゃあ、次からはちょっと意識してみる」


 不承不承ながらも受け容れてもらえた。理解があってよかった!


「相地くんはやっぱり優しいね」


 月宮さんは慈しむような微笑みを浮かべる。

 俺が優しいから仕方なく陽川さんに付き合ってあげてる、と月宮さんが言外に匂わしたように陽川さんには聞こえたのだろう。

 陽川さんはむっとすると、


「そもそも詩歌は部外者でしょ。相地くんに呼ばれたわけじゃないし。あたしは相地くんに招かれてここにいるわけ」


 と言い放った。

 続けざま、再び勝ち誇ったように言う。


「知ってる? 相地くん、今まで部屋に誰も上げたことないんだって。つまり――あたしが初めての相手ってこと」

「……ふうん」


 月宮さんはくすっと笑みを漏らす。


「……比奈は自分が初めて相地くんの部屋に上がったと思ってるんだ?」

「何で笑ってんの?」

「ううん。別に。知らない方が幸せだと思うから」


 含みのあることを言う月宮さん。

 まあ、月宮さんは知らないだろうけど、部屋に上がったのは陽川さんより薄木さんの方が早いからな。不法侵入だけど。


 その後、月宮さんの表情に影が差した。


「……でも、そっか。部屋に上がったのが比奈だけってことは、私の活動の邪魔をしてたのは比奈だったんだね」

「詩歌が何言ってるのかはよく分かんないけど、あたしは相地くんも好きだし、邪魔とか言われる筋合いはないかな」

「……残念。私たち、今までは良い友達関係を築いてきたと思ってたけど。これからは敵同士になっちゃうね」

「端からあたしはそのつもりだったけどね。敵というよりは、ライバルだけど」


 一触即発の空気。

 月宮さんと陽川さんは互いに向き合い、火花を散らしていた。

 クラスの二大美少女が俺を巡って喧嘩を勃発させようとしている。このままだと取っ組み合いでも始まりかねない。


 空気を打開しなければならない。

 そう判断した俺は、咄嗟に割って入っていた。 


「そ、そうだ! 今から三人で遊ばないか?」

「「え?」」

「俺のせいで二人の仲が悪くなるようなことにはなって欲しくないし。それにせっかくの休みの日に喧嘩なんかするのは勿体ないだろ?」


 さすがに乗ってこないか――と思っていたが。


「うん。私はいいよ」


 月宮さんはあっさりと了承してくれた。


「相地くんがそう言うのなら、私はそれに喜んで従うだけ」


 そう言ったあと、余裕を含ませながら、ちらりと陽川さんを見やる。


「でも、比奈は嫌なんじゃないかな?」

「は? これであたしが断ったら、幼稚みたいじゃん」


 と陽川さんは言う。


「ていうか、あたしだけ帰ったら、詩歌と相地くんが二人きりになっちゃうし。そうなるくらいならいっしょでいいよ」


 不承不承ではあるが、了承してくれる。


「でも今度、埋め合わせはしてね?」

「あ、ああ」


 取り敢えずは矛を収めることができた。

 その後、俺たちは三人でマリパをして遊んだ。

 最初こそ険悪な雰囲気だったものの、いざ始まってみたら結構盛り上がった。月宮さんも陽川さんも何だかんだ楽しそうだった。

 俺も楽しかった。

 さすがはマリパだ。


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