第27話 初めてのお宅訪問
先日、俺は家に誰かを上げたことはないと月宮さんに言った。
でも今日、初めて公式で人が来た。
「おじゃましまーす♪」
土曜日の午後。
私服姿の陽川さんが部屋の敷居をまたいだ。
今日の朝、俺たちはバイトのシフトに入っていた。
シフト終わり、陽川さんは昼から遊ぼうと誘ってきた。
予定がないことはバイト中の雑談で巧みに引き出されており、断る理由も思いつかずに俺はその誘いを飲むことにした。
てっきりどこかに遊びに出るものだと思っていたが、陽川さんは俺の家に遊びに来たいと言い出してきた。
『いやでも散らかってるし。お見せできる状態では』
『全然おっけー♪』
押しの強さに負け、今の状況に至るというわけだ。
「へえー。ここが相地くんの部屋かー。ここでいつもあたしと通話してるんだ」
陽川さんは洋室の中央に立つと、辺りを見回した後に大きく両手で伸びをし、部屋中の空気を取り込むように深呼吸した。
「あは。相地くんの匂いがする♪」
「それは良い匂いなのか?」
「んー。落ち着く匂いかな」
にかっとはにかむ陽川さん。かわいい。
制服姿も良いが、私服姿も良い。
ロゴ入りのTシャツをデニムパンツに合わせたカジュアル系のコーデ。
おしゃれだが、そもそもスタイルが良い人間は何を着ても似合う。そのことをまざまざと実感する俺だった。
「家に上げるの、あたしが初めてってほんと?」
「ああ」
家で遊びたいと言われた時、俺は今まで家に誰も上げたことがない、という旨のことを陽川さんに伝えていた。
「じゃあ、あたしが相地くんの初めての人ってわけだ」
「そうなるな」
「やった。めっちゃ嬉しい♪」
陽川さんがめっちゃ嬉しいなら、俺もめっちゃ嬉しい。
思わずそんな気持ちを抱いてしまうほどの魅力的な仕草。
冷静に考えると、家に陽川さんが遊びに来てるって凄いことだ。クラスの男子からすると夢みたいな光景だろう。
これで束縛癖さえなければ……。
「で、何するんだ? 部屋で出来ることなんて限られるけど」
「別にあたしは相地くんとまったりごろごろできるだけで充分。いっしょに楽しく時間を過ごすのが一番大事だから」
陽川さんはそう言うと、
「スイッチあるじゃん」
テレビの前のゲーム機に目を留めた。
「ゲームしよ、ゲーム」
「いいけど。陽川さん、ゲームとかするのか」
「全然するよー。あ、マリパあるじゃん。しかも昔の64で出たやつ。これ昔、年離れたいとこと田舎帰った時よく遊んだなー」
「じゃあ、それにするか」
俺たちはいっしょにマリパをすることに。
サイコロを振って遊ぶボードゲームで、途中のミニゲームを挟みつつ、より多くスターを手に入れたプレイヤーが勝利となる。
老若男女、皆で盛り上がれるパーティゲームだ。
スイッチのオンラインに加入していたら、昔の64時代に出たマリパはひと通りプレイすることができるのだ。
ソファに隣並びに腰掛け、テレビ画面を見ながら遊ぶ。
プレイし始めて分かったことがある。
「いえーい。またあたしの勝ちー♪」
陽川さんは中々のガチ勢だった。
ミニゲームで立て続けに勝利し、コインをかっさらっていく。
勝つ度に「いえーい」と俺の眼前に向かってダブルピースを掲げてくる。煽りスキルも中々のものだった。
しかし負けっぱなしではいられない。俺もソロプレイで鍛えた身。
巻き返しを図り、一進一退の攻防を繰り広げていた。
途中で俺はテレサのマスに止まった。
テレサのマスに止まると、他の人のコインかスターを奪い取ることができる。
俺は陽川さんからコインを奪い取ろうとする。
テレサが陽川さんのキャラの下に向かうと、コインを奪うべく取り憑いた。その間、俺がボタン連打すればより多く取れるという仕様。
「妨害してやるっ」
「うおっ!?」
陽川さんは俺に抱きついてくると、コントローラーのボタンを連打させないよう、脇腹をくすぐってくる。
「やったな!」
退けるために俺も陽川さんの脇腹をくすぐる。
「あははっ。くすぐった」
身をよじりながら笑う陽川さん。
「ごめんごめん! 参りました!」
けれど俺は手を止めない。
「ひい~っ!」
ソファの上できゃっきゃとじゃれ合う俺たち。
なんだこれ。楽しい。
何か休日にカップルがイチャついてるみたいだ。
その時だった。
ピコン♪
テーブルの上に置いていたスマホに着信があった。
誰からだろう?
俺が確認しようと手を伸ばそうとした時だった。陽川さんの手が、スマホに伸びた俺の手をがっちりと掴んだ。
「今はあたしと遊んでるし。他の人と連絡とか取らないでほしい」
「あ、ああ。そうだな」
陽川さんの言う通りだ。
こっちが悪い。
けど、異様な迫力がある。
先程までのじゃれ合いの空気は消え失せ、若干の気まずさを感じていた時だ。重い沈黙を打ち破るように陽川さんが口火を切った。
「……ねえ、相地くん。お願いがあるんだけど」
「お願い?」
「あたし以外の連絡先、全部消して?」
「はい?」
「他の子の連絡先、全部消して欲しい」
最初、冗談を言ってるのかと思った。
でも目が本気だった。
「いやそれはちょっと」
「なんで? 相地くん、彼女いないんだよね? じゃあ別によくない?」
「でも一応、友達はいるし」
「友達とは学校で話せばよくない?」
「休みの日に遊びの誘いとか来るかもしれないだろ」
「そんなのあたしがいればいいじゃん」
陽川さんが胸に手を置いて言う。
「友達としたいこと、全部あたしが付き合ってあげる。遊びに行くのも、話すのも、それ以外のことも全部付き合ってあげる。それでいいじゃん」
「それでいいと言われても」
答える代わりに、俺は質問を投げかける。
「逆に陽川さんは、俺が俺以外の連絡先を消してって言ったらどうする? さすがにそれは困るだろ?」
「いいよ♪」
いいんだ。
「いやでも、友達も大勢いるのに……」
「もちろん友達は大事だよ。皆のことは大好き。でも……」
「でも?」
「相地くんの方がもっとずっと好きだから」
何の躊躇もなくそう言い切った。
陽川さんはじっと俺を見つめてくる。熱で呑み込むように。
「相地くんにはあたしだけ見て欲しい。あたしとだけ話して欲しい。他の子とは一切言葉を交わして欲しくない」
ずいと身を寄せてくる。
言葉は湿った熱を帯びていた。
「その分、あたしと過ごす時間は絶対に楽しいものにする。相地くんが望むことはどんなことでもしてあげる。だから――あたしとだけ繋がろ?」
目がとろんとしていて、暗い熱を帯びている。
互いの間に妙な雰囲気が流れる。
俺は今まで付き合った経験がなく、当然、性的な行為をしたことも一度もない。
でもはっきりと分かった。
これはそういう時のやつだと。
そして予感は的中していた。
場の流れに背中を押されるように、ゆっくりと陽川さんは顔を近づけてくる。薄桃色の唇が俺の口元を奪おうとしてくる。
完全に陽川さんは熱に浮かされ、暴走している。
ヤバい。身体が金縛りにあったみたいに動かない。抗えない――。
その時だった。
ガタン、と。
クローゼットの方から大きな物音が聞こえてきた。
――今の音、薄木さんだよな? 何やってるんだ……? いきなり訪れた濡れ場の空気に耐えられなかったのか?
というか、普通に休日にもいるのかよ。
いずれにせよファインプレーだ。
俺たちの間に流れていた淫靡な雰囲気が、今のでぷつんと断ち切られる。金縛りになっていた身体も動くようになる。
「何かものでも落ちたのかな」と俺はとぼける。
「あは。びっくりしたねー」
陽川さんは照れ臭そうに笑みを浮かべる。
よかった。
これで空気は変えられた――と思っていた時だった。
「……じゃあ、続きしよっか♪」
再び瞳にほの暗い灯りがともった。
陽川さんを浮かしていた熱はこれくらいでは消えない。
ここで受け容れれば戻れなくなるし、逆に拒んでしまえば陽川さんの俺に対する好感度が反転する可能性がある。
どうする?
俺はどうすればいい――。
捕食される寸前、脳内でめまぐるしく思考を巡らせていた時だった。
「比奈、相地くんと何してるの?」
声が聞こえてきた。
本来は聞こえるはずのない第三者の声が。
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体調崩してしまい、更新遅れました。
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