第26話 どうすれば嫌いに?
クチャ食いとラッパ飲みでドン引きさせる作戦は敢えなく失敗に終わった。
最近になって気づいたのだが、月宮さんはダメ人間が好きな節がある。
俺が宿題を忘れたり、居眠りしてノートを取り忘れたりした時、仕方ないなと言いつつも嬉しそうに貸してくれる。
以前、ソシャゲのガチャでバイト代を全部溶かしてしまったという話をしたら、呆れた顔をしながらも、
『足りないならお金、貸してあげようか?』と申し出てきた。
さっきのクチャ食いとラッパ飲みもそうだ。
普通なら引くようなダメな仕草も、肯定的に包み込んでくれた。
何をやっても完璧な月宮さんからすると、俺の不出来な部分――ダメ人間の部分が母性を刺激するのかもしれない。
そこから導き出される次の策。
もし月宮さんが俺のそんなダメなところを愛しているのだとするならば。
逆に完璧に振る舞うことで、醒めさせることができるんじゃなかろうか。
ということで早速、実行に移すことに。
世界史の授業終わりの休み時間。
後ろの席に座っていた月宮さんが、俺の背中をシャーペンの尻の部分でつんつんと叩きながら呼びかけてきた。
「相地くん、ちゃんとノートは取れた?」
世界史の関町先生の授業は退屈なことに定評がある。
今日も大半の生徒が開始早々、睡魔に襲われ夢の中に誘われていった。いつもなら俺もその例に漏れないのだが――。
「ばっちり取れた」
開始五分くらいで睡魔に負けそうになった――が、持ちこたえた。
眠りそうになったら、シャー芯で手の甲を刺して眠気を振り払った。
「……そうなんだ。珍しいね?」
「毎回月宮さんの世話になるわけにはいかないからな」
俺はそう言うと、月宮さんは「感心感心」と驚いたように言いつつ、ちょっと物足りなさそうな面持ちを浮かべていた。
「宿題は? 次の英語の授業の本文の訳があったよね?」
「この通り」
俺は月宮さんに和訳の書き込まれた英語のノートを掲げてみせる。
ちゃんと宿題もこなしていた。
「相地くん、どうしたの? 普段はノートも取らないし、宿題もしてこないのに」
「俺も心を改めたんだ」
「何だかムリしてない? もっと頼ってくれていいんだよ?」
月宮さんは胸に手を置き、訴えてくる。
「私は相地くんの役に立てることが一番嬉しいんだから。ノートも見せてあげるし、お金もいくらでも貸してあげるよ」
「いや、気持ちはありがたいけど」
そう前置きをしてから告げる。
「それに甘えたら、月宮さんがいないとやっていけなくなりそうだし」
「それの何がダメなの?」
「え」
「私は相地くんなしでは生きていけないし、相地くんも私なしでは生きていけない。それってとっても幸せな関係性だと思うな」
うっとりと蕩けそうな表情で呟く月宮さん。
ずぶずぶの共依存を理想としているようだった。
そうなれば、俺の人生は月宮さんに絡め取られて抜け出せなくなる。その前に月宮さんの関心を遠ざけなければならない。
新たに決意を固めていると、冷たい刃物のように言葉が差し込まれた。
「もしかして、誰かに入れ知恵された?」
「え?」
「相地くん、普段と様子が違うから。誰かに妙なことを吹き込まれたのかなって」
月宮さんは俺の目を覗き込む。
「だとすると、相手の子は誰? 比奈? それとも他の子?」
温度のない冷え切った瞳。
こわい。
蛇に睨まれたカエルってこんな気持ちだったのか。
「別にそういうのはないけども」
動揺を表に出さずに答える。
「そっか。じゃあいいけど」
よかった。
一旦は矛を収めてくれた。
陽川さんや他の女子に飛び火したら事だからな。
「あのさ」
「ん?」
「月宮さんはその、俺のことが好きなんだよな?」
「そうだよ?」
「もし俺がこういうことをしたら、嫌いになるとかってあったりするのか?」
「ふふ。何その質問」
月宮さんはくすっと笑うと、
「私は相地くんが何をしようと、嫌いになったりしないよ」
きっぱりとそう言い切った。
「俺が月宮さんの想いに応えられないとしても?」
「うん。相地くんが私のことを大嫌いになったとしても、私は相地くんのことをずっと好きで居続けると思う」
「極端な話、人を殺めたとしても?」
「その時は私も遺体を隠す手伝いをしてあげる。いっしょに逃げてあげるし、もうダメだと思ったら心中もしてあげる」
月宮さんは物騒なことをさらっと口にすると、
「たとえ世界中の人が相地くんのことを嫌って敵になったとしても、私だけは相地くんのことを好きで居続けるから」
その言葉には嘘がなかった。
月宮さんの俺に対する好感度は揺るぎない。
小手先の策を講じたところで、突き崩すことはできない。
却って俺の方が今の言葉を聞いて、月宮さんへの好感度を上げてしまっていた。結果的には作戦は失敗してしまったことになる。
「そういえば最近、部屋の模様替えとかした?」
「模様替え?」
「うん」
「してないな」
そもそも部屋を弄っていない。
「じゃあ、部屋に誰か来たりした?」
「誰も来てない。というか、家に他の人間を上げたことなんてないし」
勝手に上がってクローゼットに住み着いている約一名はいるが。まさかそんなこと月宮さんに話せるわけもない。
「ふうん。そっか……」
月宮さんはそう呟くと、何やら考え込んだ様子。
「相地くんに嘘をついてる様子もないし……機械の故障だとも思えない。なら誰かが部屋に上がり込んで除去した……?」
「月宮さん?」
「ううん。何でもない」
繕うように微笑みを浮かべる月宮さん。
やっぱり完膚なきまでに美少女だった。
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