第25話 お弁当

 俺はあの日、月宮さんと陽川さんの告白を断った。

 にもかかわらず、二人に諦めた様子はない。

 

 今のところはまだ穏便だ。

 けれど、いつ感情を爆発させるか分からない。

 膨れ上がった好意は、それが反転する時には鋭利な敵意と化す。

 

 芸能人を見ていればそれがよく分かる。

 元々の好感度の高くない芸能人の不倫がバレても軽傷で済むが、好感度の高さで売っていた芸能人は致命傷を喰らってしまう。

 

 つまり、だ。

 月宮さんと陽川さんの俺に対する好感度を下げる必要がある。

 上手くいけば二人は俺に醒め、手を引いてくれるかもしれない。そうなれば一切の争いを起こさずに丸く収められる。

 問題はどう好感度を下げるかだ。

 

 たとえば暴言を吐くとかはNGだ。

 二人を直接刺激して好感度を下げる方法は、バッドエンドに直行する。あくまでも俺の振る舞いを見て引いて貰うことが大事。

 

 目の前で犬のウンコでも食ってみるか?

 いや、それはやりすぎだろ。

 二人の好感度どころか、それがクラスの皆に流布されようものなら、俺の学校生活は地の底に落ちることになる。

 

 取り敢えず、早速好感度低下作戦を実行に移してみることにした。

 ある日、俺は月宮さんを昼食に誘ってみた。


「うん、もちろんいいよ」


 快諾を得られ、翌日の昼休みに中庭に。

 片隅のベンチに隣り合わせに座る。

 俺が購買部で買った惣菜パンを取り出そうとすると、その前に月宮さんが手元の弁当箱を差し出してきた。


「実は相地くんの分も作ってきたの」


 まさかの手作り弁当。


「普段、惣菜パンばかり食べてるでしょう? それだと栄養が偏ると思って。ちゃんと口に合うとは思うんだけど」


 俺の健康面も気遣ってくれていたらしい。

 恐る恐る蓋を開ける。

 そこには桃源郷が広がっていた。

 オムライスに唐揚げ、茹でたブロッコリーと彩り野菜のサラダ、ほうれん草のごま和えにプチトマトが入っている。

 色とりどりの具材が入ったお弁当。

 普段、茶色一色の惣菜パンばかりを食べている俺からすると、目が眩むほどにカラフルで栄養豊かな昼食だった。


 何より全部俺の好物だった。

 ちなみに俺は好物を月宮さんに話したことは、記憶の限りではない。そのことを考えると怖くなるので脳内から掻き消す。


「じゃあ、いただきます」


 手を合わせると、早速食べ始める。

 まずはオムライスを一口。


「めちゃくちゃ美味い……!」


 冷めていてもチキンライスはべちゃべちゃしてないし、卵のふわふわ感もある。


「ふふ。喜んでもらえてよかった」


 月宮さんは両手を合わせ、嬉しそうに微笑む。


「朝早くから起きて作った甲斐があったかな」

「ちなみに何時に起きたんだ?」

「んー。三時くらい?」

「朝っていうか、まだ夜だろそれは」


 オムライスだけでなく、他のおかずも軒並み美味しい。

 完全無欠の月宮さんの唯一の欠点としてメシマズ要素があるかもと思っていたが、全くそんなことはなかった。料理も上手い。


「よかったら、今度からは毎日作ってくるけど。自分のお弁当のついでだから、手間とかも別にかからないし」


 これはマズい。

 いや、味は美味いんだけど。

 一度月宮さんのお弁当の良さを覚えてしまったら、もう二度と惣菜パンだけの昼食には戻ることができなくなる。

 そして実際、誘惑に抗えなかった。


「月宮さんが良いなら、お願いしようかな」

「ふふ。じゃあ、毎日腕によりをかけて作るね」


 月宮さんは二の腕を曲げると、力こぶを作るような仕草を見せる。

 うーん、かわいい。

 普段、清楚で落ち着いてる女子がたまに見せる子どもっぽらしさ、それだけでご飯三杯はいけるくらい絵になる。

 じゃなくて。

 このままだとただ仲が親密になるだけのイベントになる。

 月宮さんを引かせて、俺に対する好感度を下げないといけない。


 大丈夫。そのための策はちゃんと用意してきた。


 月宮さんの作ってくれたお弁当のおかず――鳥の唐揚げを口に入れると、とっておきの秘策を発動させた。


 クッチャクッチャ……。

 クッチャクッチャ……。


 そう。クチャ食いである。

 口を閉じないで、クチャクチャと咀嚼音を鳴らして食べる行為。

 不快な雑音と品位のなさから老若男女を問わずに忌み嫌われ、気のある異性であっても一発でナシ判定を下される禁忌。

 百年の恋も冷めるこの行為であれば、月宮さんの俺に対する好感度もナイアガラの滝のように急降下するはず――。


 なのだが。


 クッチャクッチャ……。


 バカみたいに口を開けて粘度のある咀嚼音を鳴らし続ける俺を、月宮さんはうっとりと恍惚の表情で見つめていた。


「………あの、月宮さん?」

「なあに?」

「俺、クチャ食いしてるんだけど。引かないの? バカみたいに口を開けて、月宮さんの作ってくれたお弁当を品のない食べ方してるけど」

「ううん。全然。むしろ嬉しい」

「嬉しい?」

「私の作った料理が相地くんの口の中で唾液と混ざり合ってるんだなって思うと、私たちが溶け合ってるみたいで興奮するから」

「…………」


 全然引いていなかった。むしろ俺の方が引いていた。

 って言うか、え?

 月宮さんってそういう下ネタみたいなのも言うタイプなの? 清楚な見た目なのに頭の中は結構ピンク色だったのか?


 このまま押されっぱなしではいられない。

 一気に畳みかけることにする。

 俺は同じく購買で買ったペットボトルのお茶を取り出すと、タコみたいに飲み口の部分をすっぽりと唇で覆い隠して飲む。


 俗に言うラッパ飲み。

 しかも飲み口の部分でちゅぱちゅぱと音を鳴らす、下品を際立てた飲み方。

 さすがにこれは引くだろう。


 男友達がこの飲み方をしているのを見たら、俺ならまず距離を置く。

 けれど。

 月宮さんは頬に両手をあてがいながら、聖母のような微笑を浮かべていた。


「ふふ。赤ちゃんみたいでかわいい♪」


 慈愛の眼差しを向けてくる。


 ……ダメだ。全然引いてくれない。


 作戦失敗。

 むしろ好感度が上がってしまっていた。


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