第24話 知らないフリ

 俺――相地結斗は困惑していた。


 今日の夜のことだ。

 友達とのカラオケを早めに切り上げ、家に帰ってくつろいでいた時、夏用のパジャマを出そうとクローゼットを開けた――その時だった。

 クローゼットの中に人がいた。

 木製のタンスの隣に開けられたスペース。ハンガーでつるされた服の下、薄暗くて窮屈な場所に女子が膝を抱えながら座っていた。


 ――は?


 一瞬、見間違いかと思った。

 枯れ枝を幽霊と錯覚するみたいに、何かを人だと錯覚したのかと。

 あるいは座敷童でも出たのかと。

 けれど、そこにいたのは間違いなく人だった。

 というか、見覚えがある女子だった。薄木さんだった。


「これは……」


 反射的に込み上げてきた驚きが、声となって漏れ出そうになる。

 しかし、俺は途中で急ハンドルを切った。


「――よかった。実家から持ってきた夏用のパジャマがちゃんとあって。もうそろそろ長袖だと暑くなってきたからな」


 何事もなかったかのように、平静を装う。

 刺激してはいけない。

 見なかったことにしなければならない。

 僅かな反応も表に出すな。

 俺はタンスから夏用のパジャマを取り出すと、何も気づいていなかったふうを装いつつクローゼットを静かに閉めた。

 ソファに深く腰掛けると、内心で息をついた。


 ――え? いや、は? なんで薄木さんがクローゼットの中に?


 暗闇の中で窮屈そうに膝を抱えて座っていたのは、間違いなくクラスメイトで図書委員の薄木小夜子さんだった。


 ――いったいいつから? というか、俺の家をどうして知ってるんだ? しかも部屋の中に上がり込んでるし。何のために?


 少し落ち着きを取り戻すと、怒濤のように疑問が噴き出してくる。

 しばし考え、導き出された回答――。

 ストーカー。

 ちらりと横目でクローゼットの方を見やると、左側の扉がほんの少し開いていて、そこからこちらを窺う視線を感じる。


 やっぱりそうだよな?

 じゃないと家に上がり込んで、クローゼットの中に隠れたりしないもんな。


 だとすれば、さっきの対応は今思い返してもファインプレーだった。

 あそこでもし驚いて声でも上げていたら、薄木さんに俺が気づいたことを気づかれて妙な展開になっていたかもしれない。


 その後、俺は何とか気づいてることに気づかれないように振る舞い、翌朝は普段よりも早めに家を出ることにした。

 薄木さんが帰れるようにだ。

 薄木さんはその日、少し遅れて登校してきた。あのあと、自分の家に帰り、支度をした分だけ時間が掛かったのだろう。

 薄木さんは俺のストーカーだった。


 ……いやいや、何かの間違いだろう。

 どうしても事情があって、あの日だけたまたま俺の部屋にクローゼットの中に潜む必要があったに違いない。

 そんなことあるか?

 ないだろ。

 どう考えてもストーカーだろ。


 ……まさか薄木さんもそっち側だったとは。


 ちなみに翌日以降もストーキングは続いた。

 夜、バイト終わりに家に帰宅すると、クローゼットの左側の扉がほんの少しだけ開けられているのを見て、あ、今日もいるなと思った。


 ずっとここにいて、お腹とか空かないのだろうか。

 退屈にならないのだろうか。

 あとトイレはどうしてるのだろうか。

 夜中家を空けて、親御さんは心配しないのだろうか。

 などなど、様々な疑問が浮かぶ。

 何なら心配にすらなってくる。


 ある日、薄木さんが図書委員として学校に残ってる間、足早に家に帰ってクローゼットの中を開けてみた。

 彼女が膝を抱えて座っていた空間――そこには読書灯が置かれ、彼女の持ち物であろう何冊かの本が積まれていた。


 こいつ……エンジョイしとるッ……!


 それだけじゃない。

 カロリーメイトにペットボトルの水も常備されていた。

 薄木さんはクローゼットの中に着々と自分の空間を築き上げていっていた。

 空の二リットルペットボトルと漏斗も置いてあったが、これの用途については考えない方がいいだろうと思考を停止させた。

 というか無防備すぎる。

 バレるだろ、さすがに。私物置くのはやり過ぎだ。いやもうバレてるけども。


 ちなみに薄木さんは俺の家に郵便ポストの合鍵を使って入ったと思われるので、合鍵の隠し場所をこっそり変更してみた。

 でもきっちり次の日も部屋にいた。

 たぶん、すでに複製を作られている。


 図書室では薄木さんと今までと変わらない付き合いが続いていた。

 最近読んだ本の感想を言い合う。

 そして薄木さんのオススメの本を貸してもらう。

 まさかいきなり『ところで薄木さん、俺の部屋のクローゼットに忍び込んでる?』とか訊けるわけもない。

 表面上は変わらないやり取りを続けないと。


 しかし、どうすれば俺の部屋から出ていってくれるのか。

 プライバシーを取り戻さなければならない。

 そのためには、俺が気づいていることに気づかせないまま、あくまでも自然に薄木さんをクローゼットから追い出す必要がある。

 そのための策を考え、計画を実行に移した。


 その日の夜、ソファに腰掛けていた俺は、薄木さんが今日もいるのを確認すると、手元のリモコンを操作する。


 次の瞬間。

 彼女の位置からも見える大画面のテレビ――そこに映像が映し出された。

 グロ系の動画だ。

 それも過激なやつ。

 クローゼットの中の薄木さんが息を呑む気配が伝わってきた。


 俺にこんな趣味はない。

 なのになぜ敢えてこんなものを見ているのか。

 それは薄木さんを引かせるためだ。


 ――これで俺に幻滅して、あるいは恐れをなして出ていってくれるはず。


 そして翌日。

 図書室に行くと、薄木さんがオススメの本を貸してくれた。


「……『粘膜人間』?」


 表紙からしておどろおどろしい作品だった。


「……わ、私の大好きな作品です」


 薄木さんはおずおずと言う。 


「……これを勧めて引かれたらどうしようかなと迷っていたのですが、相地くんはグロ系も受け容れてくれそうな気がしたので」


 どうやら薄木さんもグロが好きだったらしい。

 作戦は完全に裏目に出た。

 引かせるどころか、何なら親近感を持たれてしまった。


 ちなみに貸して貰った本は凄かった。

 エログロの極みみたいな内容だった。

 もっとも、面白くはあったけども。

 今のところ薄木さんがクローゼットから出て行く気配はない。


―――――――――――――――――――――――――


書き溜めなしでさっきまで書いてたので、更新遅くなりました…!

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