第22話 見守り運動
その後、私は相地くんをよりストーキングするようになりました。
これはやむを得ません。
もし月宮さんが相地くんに何か危害を加えようとしたならば、私は影から飛び出し身を挺して守らねばなりませんから。
ストーキングと言うよりは見守り活動です。愛ガード運動。
そのためには常に傍にいないと……。
でもいざ月宮さんと対峙したとして、私に敵うとは思えません。
文武両道、才色兼備の月宮さんは運動能力も群を抜いています。この前の持久走では私は彼女に二週遅れにされてしまいました。
というか、私が遅すぎるのですが……。
なので相地くんの見守り活動と平行して鍛えることにしました。
昨日は腕立て伏せを三回もしました。
初日は一回もできずに両腕が生まれたての子鹿のようにぷるぷると震え、力尽きたことを考えると凄い成長と言えるでしょう。
筋肉痛になった両腕で本を読みながら、私は遠目からコンビニの店舗内でバイトに励む相地くんを見守っていました。
今日は店外からですが、時には店内に赴くこともあります。
生来の影の薄さを誇る私は存在感を完全に消すことができ、その場合は店内の誰からも気づかれることはありません。
防犯カメラにも映ってないかもしれません。
持ってきた本をあらかた読み終わり、日が落ちきった頃、バイト終わりの相地くんが店の裏口から出てきます。
私はその後の距離をつかず離れずを保ちつつ付いていきます。
やがて一軒のアパートの前に着きました。
相地くんはここに住んでいるようです。
スマホで物件を調べると、単身者のみの物件のようでした。
どうやら相地くんは一人暮らしをしているようです。高校生で親元を離れて一人暮らしとなると何か事情があるのでしょう。
詮索はしません。ただ親近感は湧きました。
研究者である私の両親は家を空けていて、実質私も一人暮らしだったので。
相地くんが部屋に入るのを敷地の前から見届けた後、私は見守り活動を終了させて家路につこうと踵を返しました。
その時でした。
向かいから一人の女子生徒が歩いてきました。
月明かりの下、闇を掻き分けて近づいてくるのは月宮さんでした。
私は咄嗟に電柱の影に隠れました。
あと数瞬反応が遅れたら、捕捉されていたことでしょう。
……な、なぜ月宮さんがここに?
月宮さんはアパートの二階、相地くんの部屋の明かりを見ると、うっとりとした面持ちを浮かべていました。
そして人気のない場所に移動すると、通学鞄から受信機のようなものを取り出し、それを耳にあてがって何か聴いていました。
私は細心の注意を払い、月宮さんの傍に近づきます。
最大限に聴覚を研ぎ澄ませました。
すると受信機から何やら声が漏れ聞こえてきます。
ぼそぼそとしていて、内容までは分かりません。でも、私にはそれが相地くんの声だということははっきりと理解できました。
――と、盗聴器……。
おそらくは間違いありません。
月宮さんは相地くんの部屋の音声を盗み聞きしています。
どんな小さな音も聞き逃さないとばかりに真剣に耳を澄ませ、一声一声を聴く度に熱い吐息を漏らしながら恍惚の表情を浮かべていました。
や、やっぱり月宮さんは相地くんのことが……。
それに月宮さんは危険人物でした。
盗聴というイリーガルな行為を平気で行っているのですから。
あ、相地くんを守ってあげないと……。
後日。
私は相地くんの不在の時間を見計らい、アパートの様子を見に行きました。部屋の前に立つと通学鞄から探知機を取り出します。
先日ネットで購入したものです。
近くに盗聴器があれば音を鳴らしてくれます。
いざ使用してみると、すぐに結果は出ました。
相地くんの部屋の中から盗聴器の反応が。
予想通りです。
でも問題はここから。
盗聴器があると分かれば、それを取り除かないといけません。
どうやって? 相地くんに盗聴器が仕掛けられてることを話す? それを聞いたら彼は不安を抱いてしまいかねません。
――わ、私がやるしか……。
相地くんの代わりに私が部屋の盗聴器を取り外せば……。
いやいやいや。それは不法侵入ですし。第一、入るには鍵が必要です。
合鍵でもあれば話は別ですが、まさか都合良くそんなものはないでしょう。
ありました。
一応、ダメ元で郵便ポストを覗いてみると、蓋の裏に合鍵がありました。
部屋の中、入れてしまいます。
「…………」
――ほ、ほんの少し。ほんの少しお邪魔するだけです。相地くんのプライベートを守るためにはやむを得ません。
私は意を決して合鍵を鍵穴に差し込みました。
扉を開くと、恐る恐る中に踏み込みます。
「……お、お邪魔します」
別に断りを入れれば不法侵入が許されるわけではないのですが、生来の小心者っぷりを遺憾なく発揮してしまいます。
部屋は十畳程度のワンルームでした。
玄関からすぐの扉にはお風呂に繋がる洗面所があり、その隣の扉はトイレ、キッチンのある廊下の先には洋室という間取り。
ソファに長方形のテーブル、テレビ、窓側にベッドと勉強机、本棚がありました。
こ、ここが相地くんの部屋……。
初めて入る異性の部屋に、そわそわしてしまいます。
そしてつい本棚を覗き見てしまいます。
本好きとして他人の本棚の中身は好奇心をかき立てます。
ライトノベルにライト文芸、ミステリィ。漫画もあります。
……あ、私が贈与した本もありました。しかも結構上段に。
「ふへへ……」
思わず顔がにやけてしまいます。
相地くんは読み終わった本で、あまり合わなかった作品は、本棚に収まりきらなくなると処分すると以前話していました。
私の作品を残してくれているということは、お気に召して貰えたのでしょう。
勧めた身としてこれに勝る喜びはありません。
中には私がまだ読んだことのない作品もありました。今度読もうと思います。相地くんの好みを知りたいからです。
「……と、盗聴器を探さなければ」
こんなことをしている場合じゃありません。
目的は盗聴器の捜索です。
私は探知機を取り出すと、部屋中を隈なく歩き回ります。その結果、強く反応を示した箇所を発見することができました。
三穴のコンセント。
恐らくこれがそうなのでしょう。
私は持参した同じ型のコンセントを取り出しました。
盗聴器を仕掛けるとすれば、コンセントは選択肢に入ると思い、事前にいくつかの型を取り寄せておいたのです。
持参したコンセントと交換します。
「……ふう」
無事に任務を果たせました。
これで相地くんのプライバシーは守られました。
盗聴器を撤去されたことに気づけば、今後は月宮さんも警戒心を抱いて、おいそれとは動けなくなるはずです。たぶん。
さあ、早いところ退散してしまいましょう。
玄関先に向かおうとした――まさにその時でした。
ガチャ。
「……ひえ!?」
鍵が解錠される音がしました。
その瞬間、心臓が口から飛び出そうになりました。
――え? え? え?
突然のことに頭は混乱していました。
――どどど、どうして!?
相地くんはご友人と遊びに行っているはずです。教室でカラオケに行こうと話しているのを私は確かに聞きました。
この時間に帰宅するはずは……。
もしかして、と恐ろしい想像が脳裏をよぎりました。
月宮さんが来たのでは……!?
――と、とにかく逃げないと。
相地くんだろうと月宮さんだろうと、今私がこの部屋にいることが露呈してしまうことは非常によろしくありません。
玄関には来訪者がいて、ベランダから逃げようにもここは二階。
飛び降りる姿を近所の方に見られでもすれば大変です。
第一、運動神経の悪い私では上手く着地が出来ず、足の骨を折って路上に蹲ってしまうことになるやもしれません。
咄嗟に隠れ場所を探し、洋室のクローゼットを開けると、私は服の収納されたタンスの隣の空いたスペースに身を潜めました。
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