第20話 いっしょに登校

 クラスの二大美少女、月宮詩歌と陽川比奈に告白された時、俺は自分が夢でも見ているのかと信じられなかった。

 夢であって欲しいと思った。


 俺は二人のことが好きだった。

 けれどそれは俺のことを好きじゃないという前提があればの話だ。

 俺は俺のことを好きな人が怖い。

 過去のトラウマが、自分に好意を向ける人間に対する恐怖を生む。

 だから告白された時、自分の中の想いが急激に醒めていくのを感じた。熱い好意はみるみるうちに恐怖に塗り潰されていった。


 告白を断った後も、二人は俺に憎悪を向けたりはしなかった。

 今までと変わらない、仲の良いクラスメイトとしての関係が続いている。

 ただ俺に対する想いを打ち明けたことによってたがが外れたのか、今までよりも積極的に接してくるようになった。

 たとえば――。


「おはよう♪ 相地くん」


 朝。登校するために家を出ると、玄関前に制服姿の月宮さんが立っていた。通学カバンを身体の前に持ちながら、純度百%の微笑みを向けてくる。

 後光が差し、天界から天使が舞い降りたかのような美しさ。


「……おはよう、月宮さん」


 俺は挨拶を返すと、返す刀で尋ねる。


「というか、なんで俺の家を知ってるんだ?」


 月宮さんは俺の家を知らないはずだ。

 住所を教えたことはない。


「私、クラス委員だから」


 なるほど、そうなんだ――とはならない。

 返答としておかしい。

 クラス委員という立場は全ての疑問に対する答えにはならない。


「相地くんの家、私の通学路の途中にあるって知ったから。せっかくならいっしょに登校したいなって思ったの」


 動機は分かったけど、知りたいのは手段の方なのですが。

 学校帰りの俺の後をつけたとかだろうか? だとすると全く気づかなかった。月宮さんはかなり高度な尾行スキルの持ち主らしい。


「じゃあ、行こっか?」


 いっしょに登校するのを断る理由もないし、あまり刺激するのも得策じゃないしで、俺たちは共に学校を目指して歩き出した。

 途中であくびを漏らすと、月宮さんが口を開いた。


「昨日も比奈と通話してたの?」

「え、ああ」


 ここのところは毎日そうだった。

 陽川さんはとにかく俺の動向が気になるらしく、


『最悪話さなくてもいいから、通話状態にはしといて。電話の向こうに相地くんがいると思ったら安心するから』


 環境音代わりに俺の気配を求めてくる。


『それにあたしと通話してない間、他の子と話してるのかなとか考え出すと、すっごい不安になっちゃうんだよね』


 ということらしかった。


『ずーっと相地くんと繋がってたい、なんて……♪』


 陽川さんにはどうやら束縛癖がある。とにかく自分以外の女子と俺が接しているのが嫌で仕方ないみたいだった。

 バイトで女子といっしょのシフトになった時には、どういう会話をしたのかなどやたらと探りを入れてくる。何もあるはずがないのに。


「最近、ずっと寝不足になってるよね」

 と月宮さんが心配そうに言う。

「もし嫌だったら、私から比奈に言ってやめさせるけど」 

「まあ、今のところは大丈夫」


 そんなに困るようなこともないし。

 もし嫌だったとしても、それは自分から切り出す。月宮さんに頼ったことで、二人の仲が悪くなってしまうのは避けたい。


「そっか。でも困ったことがあったら何でも言ってね。私は相地くんの幸せを守るためならどんなことでもするから」


 胸に手を置きながら、そう告げてくる月宮さん。

 どんなことでも、という言葉の部分が重い。何というか、越えてはいけない線も平気で越えていきそうな危うさがある。


 それにしても、と隣を歩きながら思う。

 月宮さんはやっぱり可愛い。

 顔の造形も雰囲気も所作も、まるで非の打ち所がない。

 まつげ長いな。それに横顔も整いすぎてる。

 俺の視線に気づいたのか、月宮さんはくすっと微笑む。


「私の顔に何かついてる?」

「い、いや、別に」


 気恥ずかしくなって目を逸らす。


「ちょっと見取れてただけというか」

「ふふ。それってもしかして、口説き文句?」


 月宮さんは楽しそうに頬をほころばせる。


「でも、口説く必要なんてないよ。私は相地くんのことを愛してるから。命令してくれたら望むことを何でもしてあげる」

「…………」


 な、何でも?

 魅力的な提案に一瞬惹かれそうになる。

 ダメだダメだ。そうすれば戻れなくなる。

 

 その時、後ろから走ってきたトラックのタイヤが、昨日の夜の雨で出来た道路の傍の水たまりを勢いよく跳ね飛ばした。

 降りかかった水飛沫が、俺の制服のズボンを濡らす。


「うわ。朝からついてないな」


 前方を走るトラックを見やる。

 運転席の窓が開くと、運転手の手が外に出され、何かを放り投げていた。近づいて見るとそれはタバコの吸い殻だった。

 やりたい放題すぎる。


「月宮さんは大丈夫だったか?」

「うん。相地くんが車道側に立っていてくれたから」


 無事だったなら良かった。

 しかし、だ。

 月宮さんは仄暗い眼差しで遠ざかっていくトラックを見つめながら、通学鞄から取り出したノートにペンを走らせていた。


「何してるんだ?」

「ナンバープレートを控えてたの。後で報いを受けてもらうために。相地くんに害をなす人は絶対に許せないから」


 にっこりと微笑む月宮さん。

 その笑顔の中に、ただならぬ迫力を感じた。

 感情を爆発させて怒る人より、笑顔で怒る人の方が遙かに怖い。

 俺は月宮さんに別に怒っていないと説得し、何とか矛を収めて貰った。おかげで一人の人間を救うことができたと思う。

 しかし、いったい何をするつもりだったんだ……。


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