第19話 弁明および釈明および言い訳

 俺が結論を口にした瞬間、場が凍り付くのを感じていた。

 不気味なほどの静寂が降りる。


「どっちとも……?」「付き合えない……?」


 月宮さんも陽川さんも表情から感情が消えていた。

 めちゃくちゃ怖い。

 さっきまでは薔薇色の空間だったのに、一転して嵐の前の凪になってしまった。


「相地くんは私たちのこと、嫌い?」


 声に温度のない問いが飛んでくる。

 返答を間違えた瞬間、バッドエンドに直行しそうな危うさがある。

 慎重に言葉を選ばないと。


「いや、嫌いなわけじゃないんだ」


 むしろ月宮さんのことも陽川さんのことも好きだ。

 こんな俺にも良くしてくれる。

 転入生の俺が浮かずにどうにかクラスに馴染むことができているのは、二人が友好的に接してくれたおかげだ。


「じゃあ、どうして?」


 月宮さんがやんわりと尋ねてくる。


「もしかして、どちらか片方だけは選べないみたいなこと? 相地くんはハーレムを形成しようとしてるの?」

「うわ。エッロ……」

「待ってくれ。そんなよこしまな気持ちは毛頭ない」


 だからジト目で見ないで欲しい。

 というか月宮さんの口からハーレムなんて言葉が出てくるなんて。清楚な見た目から俗な言葉が紡がれるとギャップが凄い。 


「俺は誰とも付き合うつもりはないんだ」

「女性には興味ないってこと? でも相地くんは家にいる時、女の子が出てくるふしだらな動画を見てる時があるよね?」


 いやなんで知ってんの?

 それともかまを掛けてるだけか? 高校生の男子なんて、だいたいはスマホでそういう動画を見てるだろうし。


「二人は転入初日の俺の自己紹介、覚えてるか?」

「もちろん。一言一句覚えてるよ」

「そこまでは覚えなくていいけども」

「あれでしょ? オチがないって宇喜多ちゃんに指摘されてた」

「その後の話」

「っていうと、あれだよね。前の学校で女子にお腹をぶすっと刺されて、それがきっかけで転校することになってっていう」


 そうだ。

 俺は昔から変な女子に好かれることが多かった。

 普通の女子には全くモテないが、病んでいる女子――異常な執着や愛を持った子にだけはめちゃくちゃモテた。


「俺に好意を寄せてくれる女子は、一人の例外もなく変わった子だった。そしてその中の一人に腹を刺されることになった」


 それはもうざっくりと。

 おかげで生死の境を彷徨うことになった。


「それ以来、俺は俺に好意を寄せてくれる女子のことが怖くなった。この子もいつか俺に牙を剥くんじゃないかって」


 愛とか恋は人を狂わせる。

 実際にそうなった例をいくつも見てきた。

 月宮さんのことも陽川さんのことも好きだ。俺が一方的に二人に好意を寄せている分には異性として見ることができた。好きだった。よしんば付き合えたらなーみたいな楽しい妄想を膨らませることができた。


 でも向こうに好意を寄せられた瞬間、その好意は恐怖に変わる。

 大きすぎる好意は、それが受け容れられなかった瞬間に黒く染まる。そしてその巨大な感情は自分も他人も焼き尽くしてしまう。


 二人はもしかすると、一切変わったところのない女子なのかもしれない。病んでいる要素なんて微塵もないのかもしれない。

 だけど俺には素直に好意を受け止められない。

 怖いと感じてしまう。


 あと、これは俺の勘だけど、二人はたぶん病んでいる。

 以前の好きな人を語る時の月宮さんの目は完全にそうだったし、執拗に俺と時間を共有したがる陽川さんの執着もちょっと尋常じゃない。

 常人とは一線を画した巨大な感情を抱いている。


「だから、ごめん。俺はどちらとも付き合えない。二人だけじゃない。今後も女子と付き合うつもりはないんだ」


 結果的には振ることになってしまった。

 以前にも同じく告白してくれた女子を振ったことがあった。

 彼女はその後、自分の感情が受け容れられなかったことに逆上し、俺に掴みかかって力尽くで押し倒そうとしてきた。

 他にもいきなり泣き出して、『相地くんに乱暴されました!』と事実無根のでっち上げをしようとした子もいた。

 その後、えん罪は解けたが腫れ物扱いされることになった。

 二人も何か仕掛けてくるのではと警戒する。


「……そっか」


 月宮さんは小さく呟いた。


「よかった。理由が聞けて」


 口調は落ち着いていた。

 ただ嵐の前の静寂かもしれない。

 何をされても仕方ない――と密かに心の中で覚悟を決める。


 そして次の瞬間。


 俺は月宮さんに抱きしめられていた。


 ――え?


「相地くんは今まで女の子たちにたくさん怖い思いをさせられてきたんだね。辛い思い出を話してくれてありがとう」


 月宮さんは俺の頭を胸元に抱き寄せてくる。

 母親が赤子をあやすかのように。

 そして耳元で優しく囁いてくる。


「大丈夫。私がその恐怖心を取り除いてあげるから。相地くんの女の子に対する気持ちを全部書き換えてあげるから」

「……俺にキレたりしないのか?」

「うん。むしろ嬉しかった。誰とも付き合う気がないってことは、私が恐怖心を拭えば気が変わるかもしれないってことだから」


 暖かくて柔らかい声色。

 でもなにげに怖いことを言ってる気がする。

 洗脳しようってこと?


「ちょいちょい!」


 陽川さんが慌てて待ったを掛けてくる。


「言っとくけど、あたしだって相地くんのことまだ全然諦めてないかんね? ぐいぐいアプローチして絶対虜にしてみせるから!」


 そう太陽みたいに明るい笑顔と共に宣言してきた。

 俺は二人の好意には応えられないと告げた。

 はずなのに。

 二人はまだ諦めてはいないらしい。


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