第13話 好きな人はだれ?

 昼休み、俺が食堂前の自販機にジュースを買いに行った帰り、中庭に面した校舎の廊下を歩いていた時のことだ。

 開いた窓の向こうから、聞き覚えのある声が聞こえてきた。

 覗き込む。

 

 俺に背を向けるように中庭のベンチに月宮さんと陽川さんの姿があった。どうも昼ご飯を食べながら談笑している様子。

 月と太陽、クラスの二大美少女揃い踏みだ。

 二人の座っているベンチと校舎の一階は近い距離にあることもあり、話している会話の内容がうっすら聞こえてくる。


「最近の比奈、何か楽しそうだね」

「そう見える?」

「うん、幸せそう。良いことでもあった?」

「ま、良いことって言えば良いことなんだけどー。それだけじゃないっていうか。酸いも甘いも両方あるって感じかなー」


 何だろう。

 ただ浮かれた口調からして、凄い楽しそうだなということは伝わる。


 ……って、盗み聞きはよくないよな。


 俺は踵を返すと、その場から立ち去ろうとする。しかしその寸前、月宮さんがからかうような口調で陽川さんに尋ねるのが聞こえた。


「もしかして、好きな人でもできたとか」

「…………やっぱわかる?」


 前言撤回。

 俺は再度踵を返すと、その場にとどまった。

 陽川さんに好きな人が!?


「ふふ。分かるよ。だって、顔つきが変わったもの」


 月宮さんはくすくすと笑う。


「恋する乙女の顔になってた」

「うそぉ? 自分では全然気づかんかった」


 陽川さんはおどけた様子で言うと、


「前にあたし、言ってたじゃん。愛とか恋とかって何がそんなにいいのかって」

「うん」

「で、詩歌が言ってたでしょ。人を愛するのは素晴らしいことだって」

「言ったね」

「詩歌の気持ち、あたしにもやっと分かった気がする」


 顔は見えない。

 でも今の陽川さんは、恋する女子の表情をしてるんだろう。

 見たすぎる。


「告白はしたの?」

「まだ」

「どういう人か聞いてもいい?」

「えー?」

「別に言いたくないなら言わなくてもいいけど」と月宮さんは言う。「その場合は今後の恋愛相談には乗りません」

「それは困る! 詩歌には話聞いて貰わないと!」

「じゃあ、言っちゃおうか?」

「しょーがないなあ。名前はさすがにNGね」


 陽川さんは観念したように言う。


「実はバイト先の人なんだよね」


 何だと?


「確か、コンビニだったっけ」

「そう。同じシフトになることが多いんだけど」


 俺は脳内で男子のバイトを検索する。

 島内さんに、村上さん、それとも飯田くんだろうか。

 島内さんはイケメン高学歴大学生だからかなりあり得そうな気がする。優しいし気配りも出来て凄い良い人だし。


「どういうところに惹かれたの?」

「頼りがいがあるっていうか、困ってたら助けてくれるし。あと、結構たくましかったりもするんだよね」


 頼りがいがあって、たくましい――となると、村上さんか?

 村上さんは大学のパワーリフティング部に所属していて、ボディビルの大会で優勝したこともあるほどの肉体派だ。

 コンビニの制服がいつも張り裂けそうになっている。


「あと、たまに真顔で面白いことも言うんだよね」


 真顔で面白いことを言う――となると、飯田くんって説もある。

 飯田くんはラジオのはがき職人をしていて、数々の深夜ラジオで投稿が読まれまくっているという面白い男子高校生だ。

 いっしょのシフトに入った時、暇な時間があると、レシートの裏に自分で作った大喜利のお題にひたすら自分で答え続けている狂人。

 女子は面白い人好きだからな。


 あとこうして振り返ってみると、うちのバイト連中キャラ濃いな? その中だと俺だけが圧倒的にモブすぎないか。


「比奈はその人のこと、大好きなんだね」

 

 月宮さんは微笑ましそうに言う。


「なんか話したら顔熱くなってきた」


 陽川さんは制服の襟を掴むと、ぱたぱたと引っ張って空気を取り込む。


「あたしがこれだけ話したんだし、次は詩歌の番ね」

「私?」

「好きな人、詩歌もいるんでしょ?」


 月宮さんの好きな相手。

 同じクラスの人間としては大いに気になるトピックだ。


「比奈にだけ話させるのはフェアじゃないものね」と月宮さんは言った。「私もぼかした言い方にはなるけど。それでいいなら」

「もち!」

「私の好きな人は、同じクラスにいるの」

「マジ!?」


 俺も内心で陽川さんと全く同じ声を上げていた。

 マジ!?

 てっきり先輩とかかと思ってた。中学の頃、クラスのイケてる女子はだいたい一学年上の先輩と付き合っていたから。


「どういうところに惹かれたん?」

「うーん。強いて言うなら全部かな」

「全部?」

「その人を構成している全てが愛おしくてたまらないの。顔も声も身体も、良いところもダメなところも全部。存在そのものを肯定しているっていうのかな」

 

 月宮さんの口調はうっとりとしていた。


「彼を好きになった時、気づいてしまったの。ああ、そっか。私はこの人に尽くすために生まれてきたんだなって」

「……詩歌、そんなキャラだっけ?」


 陽川さんは豹変っぷりに戸惑っていた。

 俺もまた同じだった。


「でも、そんなふうに想える相手がいるって最高じゃんね」

「ふふ。ありがとう」

「お互いに上手くいくように頑張ろー!」

「ええ」


 二人は互いの健闘を祈り合う。

 クラスの二大美少女、月と太陽にそれぞれ想われている男子がいる。

 いったいどんな奴なんだ。


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