第12話 ずぶずぶと

 陽キャギャルの積んでいるエンジンは違う。

 俺は最近、しみじみとそう実感するようになった。

 陽川さんの話だ。


 コンビニバイトを機に仲を深めた俺たちは、それ以外の時間もメッセージのやり取りをするようになっていた。

 朝、起きるとスマホに通知が届いている。


『おはよー☆ 今日も一日頑張ろうね!』


 俺はそれに返信をする。


『おはようございます』

『敬語ウケる笑』


 やった。またウケた。ウケると気持ちいい。

 もっとも、ネット民が草と打ち込む時に真顔で打ち込んでるように、陽川さんもウケると打ち込みながら真顔かもしれないが。


 学校の後、放課後にバイトを終えて家に帰る。

 また通知が来ている。陽川さんからだ。


『バイトおつかれー! 今日のシフト忙しかった?』

『ぼちぼち』

『じゃあ、天海さんともあんまり話す時間ナシ?』

『なかったな』


 天海さんというのは女子大生のバイトだ。

 たまにシフトが同じになる。

 バンドを組んでいていつも眠そうにしている人だ。

 少し間が空いて、再びメッセが飛んできた。


『今、キモッて思わなかった?』

『いや、全然。なんで?』

『思ってなかったらだいじょーぶ!笑』


 どういうこと?

 そもそも陽川さんに対してキモいと思ったことはないし、今後もないだろう。

 たとえ切った足の爪を火で炙って匂いを嗅ぐのが趣味だったとしても、まあ趣味嗜好は人それぞれだしなと思うはず。たぶん。


 その後、バイト帰りに買ってきたスーパーの見切り惣菜に炊いた白米、納豆とめかぶを夕食として食べる。そして風呂に。

 湯船に浸かりながら、薄木さんにオススメされた本を読む。

 彼女から借りているものだが、俺が風呂で本を読むのが好きなのだと言うと、ぜひ同じようにして読んで欲しいと言われた。


『いやでも、湿気でふやけたら悪いし……』

『だ、大丈夫です。染みや黄ばみと同様、それも本の味になりますから。私はそういうのが大好物なので』


 デニムを育てるみたいなこと?

 まあでも、そういうのなら。

 しかし浴槽に浸かりながらの読書は捗る。

 スマホから離れているからだろうか? 

 やけに集中できるような気がする。


 風呂から上がると、パジャマに着替えてベッドに寝転ぶ。

 陽川さんから通知が来ていた。


『めっちゃ良い曲見つけた! 聞いて笑』


 メッセージと動画サイトのPVのURLが貼られている。

 今回のように曲の時もあるし、SNSのショート動画の時もあった。

 他愛ない雑談の時もある。

 おはようからおやすみまで、とにかく毎日送られてきていた。


 陽川さんは俺と違って友達も多いし、俺よりも仲がいい人も大勢いるから、その人たちにも同じように送ってるのだろう。

 数人から下手すると十数人に。

 そう考えると凄いエネルギーだ。

 俺にはとても真似できそうにない。

 

 

 朝の登校前。

 あたしが髪のセットをしていると、スマホの通知音が鳴った。


「!!」


 傍に置いたスマホに駆け寄って確認する。

 相地くんからの返信が来ていた。


「~~~~っ!」


 その瞬間、胸の中に浮き立つような感覚が湧き上がる。

 うれしい~!

 次いで内容を確認する。


『おはようございます』

「あははっ。なんで敬語?」


 相地くんのとぼけた顔を思い出して笑っちゃう。

 そういうとこあるんだよね。


『敬語ウケる笑』と返信。

 朝から幸せな気分に浸る。

 しかも! まだ! ここから相地くんに学校で会える!


 学校に登校すると、授業中も休み時間も相地くんを自然と目で追いかける。

 あ、今、大きいあくびした。かわいい。


 ……あたしはあの日、自分が恋に落ちてしまったことを自覚した。その気持ちは収まるばかりか日に日に膨れあがる一方だった。


 放課後、友達とカフェでお茶してから家に帰る。その間も頭の片隅には相地くんのことがずっと居座っていた。


 そういえば今日、天海さんとシフトだったよね。

 天海さんというのは女子大生のバイトだ。バンドをしてる綺麗な人。二人が仲良く会話してのるのを想像すると叫び出したくなる。

 そろそろ相地くんのバイトのシフトも終わる時間だ。

 メッセ打っとこ。


『バイトおつかれー! 今日のシフト忙しかった?』

『ぼちぼち』

『じゃあ、天海さんともあんまり話す時間ナシ?』

『なかったな』


 良かった~。

 あ、でも今のちょっと探り入れるみたいでキモくなかった? 相地くんになんだこいつって思われてるかも……。

 心配になって、気づいたらあたしの指はメッセを打っていた。


『今、キモって思わなかった?』

「しまったあああああ~~~~!」


 逆に確認したことでキモさが増した!

 ヤバい! 終わった! 絶対引かれた!

 ピコン♪ ルインの通知音が鳴る。

 あたしは目をつむり、傷つかないよう薄目でメッセの内容を確認する。


『いや、全然。なんで?』


 セーフ!

 キモいとは思われてなかったっぽい!

 修羅場から生還したみたいにほっとする。

 その後、夕食を家族全員で食べた後、リビングのソファに寝転がりながら、相地くんにまたメッセを送ってみる。


『めっちゃ良い曲見つけた! 聞いて笑』


 しばらく経って、スマホを手に取る。

 まだ既読になってない。

 うーん。相地くん、今何してるんだろ? 

 何をしててもずっと返事がこないか気になる。

 生活が相地くんを中心に回っちゃってる。


 ママに「さっさとお風呂入っちゃいなさい」と促され、お風呂に入った後、自分の部屋のベッドに寝転がりながら返信を待つ。

 まだ既読がついてない。


 ……もしかしてブロックされてるとか?


 いやいや、さすがにそれはないでしょ。


 ない……よね?


 ピコン♪ 


 ――来た!


 ルインの通知音が鳴ると、ビーチフラッグくらいの速さでスマホを取る。

 画面を覗き込む。

 友達からのメッセだった。


「なんだよ~~~~!」


 思わず悪態をついてしまう。我ながら失礼すぎるな。

 よくない。

 友達とメッセのやり取りをしていた時だった。

 再びルインの通知が鳴る。

 ピコン♪


「――おっ?」


 今度こそ相地くんからだった。

 来た来た来た!

 期待と不安が入り混じりながら、あたしは内容を読む。


『良い曲だね。俺こういうの好きだ』


 好き! 好きだって!


「うへへえ~」  


 飛び上がりたいほどのうれしさに満たされる。

 好きな人が、あたしと同じものを好きになってくれた。たったそれだけのことでこんなに幸せな気持ちになるなんて。


「はあ~~! 相地くん、しゅき~~~~!」


 枕を抱きしめながら、ベッドの上をごろごろと転がる。

 ヤバい。幸せすぎる。

 恋するってこんなに楽しいことだったんだ!


 同時に思う。

 もし相地くんが他の女子と仲良くなったら?

 そんなの辛すぎる。

 考えるだけで胸が締め付けられる。


 相地くんとずっといっしょにいたい。相地くんの時間をあたしだけで埋めたい。他の子とは喋って欲しくない。


 恋に落ちたあたしは、ずぶずぶと深みにはまっていく。


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