第11話 恋に落ちる

 最近、相地くんがちょっと格好良い。

 あたし――陽川比奈はそう思うようになった。

 

 前までは全然何も思わなかった。

 ふつーに仲の良いクラスメイト。

 その印象が変わったのはバイトを始めてからだ。

 

 相地くんはぶっきらぼうだけど、なにげに優しい。

 重い商品を運ぶ品だしを率先して引き受けてくれるし、お客さんにダル絡みされた時には間に入ってくれる。押しつけがましさも全然なくて、自然に。

 

 店長のことを相談した時もそう。

 自分に危害が及ぶかもしれないのに、憎まれ役を引き受けてくれた。あたしの代わりに店長にがつんと言ってくれた。

 あの時は格好良く見えた。

 その後、『店長、泡食った顔してたな』と無邪気に笑いかけてきたのを見て、あ、この人好きだなーって思った。

 

 や、でも、あれよ?

 好きって言っても、恋愛的な意味じゃなくて。

 あくまで人としてね。

 そもそも愛とか恋とかよくわかんないし。

 

 自分で言うのもなんだけど、あたしはけっこー昔からモテた。

 男子からも女子からも。

 でも特定の誰かに恋をしたことは一度もない。

 

 周りの友達が恋をする姿はたくさん見てきた。

 曰く、恋をするとその人のことしか考えられなくなって、胸がどきどきして、自分が自分じゃなくなるみたいなんだとか。

 あと、恋に落ちた瞬間は、全身に電流が走ったみたいになるらしい。

 そんなことある? 全然わからん。

 

 ちなみに恋したことはないけど、こんな人がいいなーってのはあったりする。

 あたしのことを守ってくれる人。

 

 普段、あたしはどっちかって言うと守る側の人間だ。

 中学の頃、ダンス部に入ってた時は、先輩たちにいびられてた友達を守るために、果敢に立ち向かったりもした。

 後輩ちゃんの悩みにもよく乗ってあげたりしていて、頼りがいのある憧れの先輩みたいなポジションを獲得してた。

 だからまーモテた。

 特に後輩の女子から。

 バレンタインにはチョコめちゃ貰った。

 

 あたしはどうやら、けっこー強い人間だと思われてる節がある。

 女子からも男子からも。

 だからよく頼られる。

 頼られるのはうれしいから、あたしもそれに精一杯応えようとする。

 でも本当は頼りたいし、守られたい。

 なんて。

 そんな気持ち、友達にも言えないんだけど。

 

 ☆

 

 その日もあたしは相地くんといっしょのシフトに入っていた。

 他の人とシフトに入る日ももちろんある。

 けど相地くんと同じ日が一番楽しいし、ほっとする。

 まあ、友達だし。

 暇な時にはおしゃべりできるし。

 

 その時もお客さんがいないから、いっしょに品だしをしていた。ケースに入ったお菓子のパッケージを棚の空いた場所に並べる。

 

 ……よく見ると、二の腕とか意外と筋肉付いてるな。

 

 いやいや!

 気づいたら相地くんの方ばっかり見ちゃってるし!

 ダメダメ! 集中!


「……どうしたんだ? 急に頬を張り出して」

「え? あはは。ちょっと眠たかったから」

「まあ、陽川さんは毎日忙しそうだもんな」


 セーフ! 引かれるところだった。

 気を取り直して品出しに戻る。

 しばらく集中していたその時だった。

 一瞬、自分が立っているところが分からなくなる感覚に襲われた。

 

 ――えっ?

 

 めまいでも起きたかな? と思った次の瞬間。

 店内全体が強い揺れに見舞われた。

 

 ――こ、これ地震!?

 

 しかも、かなりデカい!

 しゃがみながら棚の下段に品出しをしていたあたしは、尻もちをついてしまう。商品棚が蛇行するようにぐにゃりと揺れているのが見える。

 

 ヤバっ! 

 上の棚に陳列されてた商品がこっちに落ちてくる!


「――っ!」


 思わず目をつむる。

 しばらく時間が経つ。

 でも痛みが襲ってくる気配はなかった。


 ……あれ?


 揺れが収まるのと同時にゆっくり目を開いたあたしは驚いた。


 ……え!?


 床に尻餅をついたあたしに、相地くんが覆い被さって盾になってくれていた。


「陽川さん、怪我はなかったか?」

「え? う、うん。全然へーき」


 て、てゆーか顔近っ!


「そういう相地くんは?」

「まあ多少は当たったけど、大丈夫だ」


 相地くんはそう言うと、「立てるか?」と手を差し出してきた。


「ありがと」


 そう言ってその手を取った――その瞬間だった。

 ビビビッ!

 全身に稲妻が走ったような衝撃があった。


「は!?」

「どうしたんだ? もしかして、どこか痛むのか?」

「ううん! 大丈夫! ちょっとびっくりしただけ」


 弁明すると、慌てて距離を離す。

 あれ? おかしいな。地震はもうとっくに収まったはずなのに。

 ずっと胸がドキドキしてる。

 身体の火照りも全然消えない。

 

 それにさっきの感覚。

 友達が言っていた。

 恋に落ちる瞬間は、全身に電流が走ったみたいになるって。

 

 ……なるほど。

 こーいうことだったんだ。


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