第10話 おじさん構文

 陽川さんがコンビニバイトを始めてからしばらくが経った。

 俺たちは同じシフトに入ることが多かった。

 もうすっかり陽川さんは仕事を覚えていたし、何なら二ヶ月早くバイトを始めた俺よりも全然優秀だった。職場にも馴染んでいる。そのうち敬語を使わないといけなくなるかもしれない。


 シフトが同じの日は、学校が終わると、そのまま職場までいっしょに向かう。

 以前よりも仲良くなった気がしていた。


 だからだろうか。

 ある日、陽川さんが向かう途中で不意にこんなことを言ってきた。


「最近、店長に困ってるんだよねー」

「何かあったのか?」

「あたしたち、店長とルインの連絡先交換してるでしょ?」

「ああ」


 俺たちはバイト先のルイングループに入っており、シフトの提出や欠勤の連絡のために店長とも連絡先を交換している。


「そこから毎日メッセ送ってくんの。こんなふうに」


 すっとスマホの画面を見せてくる。


『おっと、こんばんは!😊 最近の学校生活、どうしてるかな?🏫

 勉強は順調かい?📚 おじさんがサポートするから、何か話したいことがあれば気軽に教えてくれていいぞ! なんちて笑』


「これは何というか」と言葉を選ぶ。「お手本のようなおじさん構文だ」


 なんちて笑の部分が芸術点高い。

 絵文字の多さに目がチカチカする。


「無視するのも悪いから、一応返信するでしょ? そしたら調子に乗って、何回もメッセ送ってくるようになっちゃってさー」

「それはキツいな」


 一通読んだだけでも胸焼けしそうになったんだ。

 毎日送られようものなら、陽川さんの胃が心配になる。


「しかもご飯とかも誘ってくるようになってさ。まあ店長も悪い人じゃないけど、さすがにそれはムリじゃん? 

 やんわり断ったんだけど、しつこくって。徐々に語気も強くなってきてるし。どうしよっかなーって悩んでるんだよね」


 前々から危惧していた。

 店長は陽川さんを顔採用するほどに気に入っていて、彼女は誰に対しても分け隔てなく明るさを振り撒いてくれる人だ。

 それで店長はすっかり勘違いしてしまった。

 もしかすると陽川さんと仲を深められるのではないかと。ワンチャン、付き合えたりもするんじゃないかと。FANZAできるんじゃないかと。


「バイトを辞めるのもなーって。せっかく仕事覚えてきたところだし。店長以外の職場の人とは仲良くやれてるし」

「本社に報告してみたらどうだ? 一発で首を飛ばせると思うぞ」


 ちゃんとルインのやり取りの証拠もある。

 公用のものを私用に使っているのだから文句なしにアウトだ。


「んー。それだとあたし、店長に恨まれない?」


 確かに。

 逆恨みされそうな気はする。


「なるだけ穏便には済ませたいんだよね。あたし、平和主義者なんで」

「じゃあ、いっそ付き合うというのは」

「ムリだっつの。話聞いてたんかこら」


 肩パンされる。いたい。

 まあ、冗談はさておきだ。

 中の上の頭を捻って考える。

 陽川さんにヘイトを集めず、店長を退かせる方法。


「そうだな。一つ方法がある」

「すごっ! どんな?」

「ただ、陽川さん的に抵抗があるかもしれない」


 俺は陽川さんに策を耳打ちする。


「え。マジで言ってる?」

「やっぱり嫌だったか」

「いや、そうじゃなくて。別にそれ自体はいいんだけど。ワンチャン、あたしじゃなくて相地くんに危害が及ばない?」

「まあその可能性はあるな」


 ワンチャンっていうか、ほぼ当確かもしれない。


「けど、店長を退けることはできる。だったらやってみる価値はある」

「なんでそこまでしてくれんの?」

「相談してくれただろ? だったら力になりたい」


 他人にこのことを打ち明けるのは勇気もいっただろう。

 相談して貰ったからにはできる限りのことはしてやりたい。

 陽川さんはクラスメイトだし、俺のことを友達って言ってくれたし。


「あと普通にあの店長、俺のことをめちゃくちゃ見下してるから、目に物見せてやりたいって気持ちもある。スカッとしたい」


 俺がそう言うと、陽川さんはぷっと噴き出した。


「何それ、ちょっと格好良いなと思ったのに、動機が小物すぎてウケる」

 と楽しそうに笑う。

 

 やったぜ。

 ウケると嬉しい。

 

 ☆

 

 事務所に入り、店長に挨拶をする。

 俺に対しておざなりな返事をした後、事務所のパソコンの前に座っていた店長の関心は早速陽川さんに向かった。

 鼻の下を伸ばして見るからにデレデレしている。

 この中年、スケベすぎる……。

 陽川さんは笑顔で対応していたが、顔が引きつっていた。あの誰にでも笑みを振り撒いてくれる彼女を引かせるとは大したものだ。

 さすがに見ていられなくなり、割って入る。


「あの、すみません」


 店長は一瞬こちらを見やると、すぐに視線を逸らして陽川さんの方に向き直る。

 男子と女子でこうも態度が違うか?

 羽虫を見るような目だったぞ。

 俺は店長からの陽川さんへの射線に割り込むと、椅子に座っていた店長を見下ろすように立ちはだかった。


「なに?」

 と不愉快そうな店長。

「陽川さんにルインのメッセ送るの止めてもらっていいですか」

「は?」

「個人的にメッセ送ってますよね、陽川さんに」

「送ってないけど」


 しらばっくれる店長。


「仮にそうだとしてもなに? 相地くんには何の関係もないよね? あ、もしかしておじさんに嫉妬しているのカナ?」


 煽ってきおる。

 というか文末おじさん構文になってんぞ。


「店長が私的にメッセ送るのは問題あるでしょ」と俺は告げる。「本社に報告したら一発で首になりますよ」

「最近、SNSでも多いんだよねえ。その手のコメント」


 店長は、はあ、と溜息をついた。


「正義面をするっていうのかなあ。

 不倫だろうと、十代の子との結婚だろうと、それは当人同士の問題であって、部外者に口を出される筋合いはないのに」


 誰が言うてんねん。

 高校生と結婚するのは法でもアウトだからな?


「そもそも俺は部外者じゃないですから」

「ん?」

「俺と陽川さん、付き合ってるんで」

「…………は?」

 

 店長はぽかんとした表情になった。


「相地くん、君、DLsiteの見過ぎじゃない?」


 妄想だと思われていた。


「DLsiteでもFANZAでもないです」 


 そして、俺は店長に言い放った。


「俺たちは付き合ってるんで。人の彼女にメッセ送るの止めて貰えますか。はっきり言いますけど迷惑です」


 突き放すように冷たく告げる。

 店長はぽかんとすると、表情に不安を帯び、壊れた機械のようにぎぎぎ……と首を陽川さんに向けた。


「陽川さん、冗談だよね? 僕をからかうために結託してるんだろう? まさか相地くんと付き合ってるなんてこと……」


 陽川さんは、あははー、と照れ臭い笑いを浮かべる。

 そして俺の下に近づいてくると、自分の腕を俺の腕に絡ませてはにかんだ。


「彼ピです」

「…………!」


 店長は白目を剥くと、そのまま椅子から床に転げ落ちた。


「ぼ、僕が先に好きだったのに……」


 BSSを発動させていた。

 たぶん、これでヘイトは俺に向いたはずだ。

 あるいはNTRによって再起不能になるか。

 いやでもあれだな、店長の性格によっては『よくも僕を弄んでくれたな』みたいに逆上してくる可能性もないとは言えない。

 そうなったらマズい。

 今後も注視していく必要があるだろう。



―――――――――――――――――――――――


恋人のフリをすることで店長を撃退した二人。

それによってこの後、どうなるのか…?

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