第9話 バイト先

 放課後になると、俺は部活に向かう生徒を尻目に教室を出る。

 今日はバイトのシフトが入っていた。


 一人暮らしをしている俺は親元から仕送りを貰っている。

 それだけでも生活はできるが、多少は自分でも稼ぎたい。

 部活に入るつもりもなかったし、放課後の暇を持て余すのも何だったので、それならばとコンビニでアルバイトをしていた。


 店に着くと、事務所に足を踏み入れる。

 店長に挨拶をすると、「今日から新しいバイトの子が入るから」と言われた。

 そういえばこの前面接したとか言ってたな。

 可愛い子だとか。

 面接が終わった後の店長の顔は緩みきっていた。

 お盆と年末年始はシフトに入れないという普通なら落とされる条件だったが、見た目の良さ一本槍で採用を決めたらしい。


「あの子はね、完全に顔採用」と独身で中年の店長が言い切る。「やっぱりブスより可愛い子の方が職場も華やぐからね」

 ルッキズムって言葉知ってます?

 

 俺が呆れていると、「おはようございまーす」と背後で声がした。振り返ると、そこにいたのは見知った顔だった。


「うわ! 相地くんじゃん! なんでここにいんの!?」


 こっちの台詞だ。

 まさか新しいバイトが陽川さんだったとは。

 確かに顔採用になるわけだ。

 なぜなら彼女は抜群に顔がいいから。 


「万引きをして捕まったか、ここのバイトかのどっちだと思う?」

「う~~~~~ん……。バイトだから?」

「そこまで迷うくらいには疑わしいのかよ」

「うそうそ! 冗談だって!」


 陽川さんは明るく笑いながら言う。

 何か普通に楽しく会話できて、俺ってコミュ力高いのではと勘違いしかける。実際は彼女のコミュ力に引き上げられているだけ。


「でもまさか相地くんがこのコンビニにいるなんて! ちょー上がる! やっぱ知ってる人といっしょの方が心強いよね!」


 両手で俺の手を取ってくる。

 にっと白い歯を覗かせながら微笑みかけられる。

 お、おでもうれしい……。

 というか、手、めちゃくちゃ柔らかい。すべすべだ。

 これが女子の手か。

 もう二度とない機会かもしれんし、ちゃんと記憶に焼き付けておこう。


「なに。二人は知り合い?」


 店長が尋ねてくる。

 俺はクラスメイトなんですよ、と答えようとする。

 友達なんですよ、とは自信を持って言えなかった。

 俺からすると陽川さんは仲の良い女子だが、陽川さんからすると俺は数多いる話し相手の一人に過ぎないのではと思っていたから。

 しかし――。


「相地くんは同じクラスの友達なんすよー」


 陽川さんが間髪入れずにそう答える。

 クラスメイトでも知り合いでもなく、同じクラスの友達――そう言い切った陽川さんに俺は内心さめざめと涙を流していた。

 そう思ってくれてたのか……。

 なんて良い人なんだ。

 将来彼女が出馬するようなことになれば、絶対に票を入れよう。


「うちら、ズッ友だもんね?」


 いきなり肩を組んでくる。

 距離の詰め方がもはや反社だ。


「いやあ、陽川さんがいると場が華やぐね」


 店長は和やかに言った。

 早速、気に入られたようだった。

 好感度爆上がりだ。


「しかし相地くんは僕と同じ冴えない仲間だと思ってたのに……裏切られた気分だよ。腹が立つから休みの日にシフト入れまくってやろうかな」


 代わりに俺の好感度が下がっていた。

 理不尽すぎる。

 

 

 そして迎えた陽川さんの初出勤日。

 制服に着替えた陽川さんを見て、俺は内心驚いた。

 めっちゃ可愛い。


 うちのコンビニの制服は誰が来ても芋っぽくなる魔法の制服だ。なのに陽川さんが着ると全然そんな感じがしない。

 むしろおしゃれに垢抜けて見える。

 イケメンと美女は何を着ても似合うと言うが、まさにその通りだ。

 外国人が着るような謎の漢字Tシャツですらも、彼女たちが着ればこれはこれでアリだだなみたいな感じになりそう。

 つーか、スタイルいいな。


「じゃあ、一通り業務教えるから」

「おねしゃす!」


 陽川さんは店長に業務内容を指導されていた。

 教えられたことを逐一メモに取っている。

 普段、陽キャとして明るく振る舞ってる陽川さんを見慣れているから、真剣な面持ちを見るとギャップで目を惹かれてしまう。

 というか、店長、鼻の下伸ばしすぎだろ。

 メモ取ってる陽川さんの胸ばかり見てるし。

 スケベって単語で画像検索したら一番上に出てくるレベル。

 一通りの業務を覚え終わると、俺と共にレジに入る。

 

 店長はまだ他の業務があるのか、

「分からないことがあったら何でも聞いて。すぐ飛んでくるから」

 と言い残して事務所に引っ込んでいった。


「ふいー。終わった終わった」


 陽川さんは俺の隣に並び立つ。


「コンビニってマジ覚えることめちゃくちゃ多いね。外国の人が日本のコンビニで働いてるのほんとリスペクトだわ」

「そういえば、気になってたんだけど」

「ん?」

「陽川さんは前のバイトで人間関係のせいで辞めることになったのに、どうしてまた似たようなバイトにしたんだ?」


 人と会わずに済むバイトもあるのに。


「あたし、接客好きなんだよね。人と話したり、皆といっしょに何かするのが。

 前に一回だけ工場でバイトしたことあるんだけど、びっくりするくらい苦痛で、一分が一時間くらいの長さに感じて、あ、これもうムリだ、あたしは人と接する方が向いてるし好きなんだなって気づかされた」


 まあ人には向き不向きがある。


「また同じ轍を踏むことになるかもしれなくても?」と言った俺の脳裏にはさっきの店長の鼻の下を伸ばした表情が浮かんでいた。

「まー。その時はその時だから」

 陽川さんは軽い調子で言う。

「それに相地くんがいるから。守ってくれるでしょ?」

「俺が陽川さんに惚れるかもしれない」

「あははっ。そっか。そのパターンもあるのか」


 陽川さんは楽しげに笑うと、俺の胸を軽く小突いてきた。


「あたしに惚れんなよー?」


 にっと眩しい笑みを向けられる。


 …………。

 いやごめん。

 普通に惚れるかもしれん。


―――――――――――――――――――――――


月宮さんが物語開始時から病んでるのに対し、

陽川さんはここから病んでいきます。

どういう感じになるんでしょうね?

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