第7話 恋とか愛とか

 翌日以降、俺の私物が紛失することはなくなった。

 それどころか一度なくなったはずのものも全て戻ってきた。

 上靴に教科書、ノートにシャーペンまできっちり耳をそろえて返ってきた。

 いったい何が起こったというのか。

 というか、戻ってきたということは、やっぱり盗られていたのか。だとすればなぜ俺の下に返却してくれたのか。

 それともう一つ気になることもあって。


 ……このシャーペン、柄やメーカーは同じだけど、どことなく俺が使ってたのとは違うような気がするんだよな。


「とにかく、戻ってきたのならよかったね」

 

 まあでも、月宮さんの言うとおりだ。

 戻ってきたのなら万事よし。


「そういえば聞いた? 隣のクラスの影山さんの話」

「何かあったのか?」

「昨日までは黒髪だったのに、今朝登校してきたら髪が真っ白になってたんだって」

「へえ。急にどうしたんだろうな」

「さあ。病気ではないみたいだけど。まるで別人になったって皆が噂してた。漂白されたみたいだって」


 一夜にして髪が真っ白になる。

 その話を聞いた時、ふと漫画のワンシーンを思い出した。

 圧倒的な強者と対峙したことで、あまりの恐怖に髪が真っ白になる――バトル漫画でたまに見るような表現。

 今回の話とは全然関係ないだろうけど。


「相地くんは影山さんと仲がよかったんだよね?」

「え?」

「貧血になったところを助けて貰ったって、彼女が言ってたから」

「ああ、そういえば」


 俺はふと思い出した。


「確かにそんなこともあったな。でも、名前までは知らなかった。そうか、あの子は影山さんっていうのか」

「名前、覚えてなかったの?」

「お互いに名乗らなかったしな」


 と言った。


「隣のクラスの女子の名前なんて、部活がいっしょとか、一年生の時にいっしょのクラスとかじゃない限り分からないだろ」


 まして俺は転入生。

 自分のクラスの名前を覚えるだけで手一杯だ。


「私は同学年ならほとんど全員顔も名前も覚えてるけど」

「マジで言ってる?」

「隣のクラスに行って、試してみる? 適当な人を指さしてくれたら、その子の顔と名前を答えてみせるけど」


 月宮さんが言うのなら、本当にそうなのだろう。

 恐ろしい記憶力だ。

 入学以来、学年トップの成績を明け渡したことがないというだけのことはある。俺たち凡人とは頭の出来が違う。

 けど、何のために?


「でも、そっか。安心した」


 月宮さんは口元に手をあて、小さく微笑む。


「相地くんと影山さんはその程度の関係だったんだね。私はてっきり、二人はもっと仲がいいのかと思ってたから」

「?」


 どうして月宮さんが安心する必要が? 

 俺と影山さんが仲がよかったとして、何か困るようなこともであるのだろうか。

 もしかして俺に気が……?

 一瞬そんなよこしまな考えが脳裏をよぎったが、すぐにかき消した。彼女ほどの高嶺の花が俺にそんな気を起こすわけがない。

 第一、俺は病んでいる女子にしかモテない。


「はあ~~~~~~~~~~」


 その時、マリアナ海溝よりも深いため息が漏れ聞こえてきた。

 見ると、陽川さんが机に両手を伸ばして突っ伏していた。ぐでんと脱力したその様子はまるで茹でタコみたいだった。


「はあ~~~~~~~~~~」

「陽川さん、どうしたんだ?」

「凄く構って欲しそうにしてるね」

「構って欲しい~。あたしの愚痴を聞いて欲しい~。それで全肯定した上で、詩歌によしよしって頭なでなでして欲しい~」

「全部言っちゃってるね」


 月宮さんは苦笑いを浮かべる。


「仕方ないなあ。どうしたの?」

「え? 別に何でもないけど」

「小芝居する元気があるなら聞かなくていいね」

「うそうそ! 聞いて欲しい! 詩歌さま、見捨てないでくだせえ~!」


 踵を返そうとした月宮さんに、抱きついて縋ろうとする陽川さん。

 あうんの呼吸だ。やっぱり仲いいんだな。


「実は昨日付で無職になっちゃいまして」

「ファミレスのバイト、辞めちゃったんだ」


 月宮さんが言った。


「どうして? 仕事も人間関係も最高って言ってたのに」

「それがさ~」


 その後、陽川さんはバイトを辞めた理由を打ち明けた。

 最初は仕事も人間関係も最高だった。

 しかし、ある時を境にバイト先の男子大学生が陽川さんに好意を抱くようになり、先日ついに告白された。

 陽川さんは丁重にお断りをした。いい人だとは思ってる。でも付き合えないと。そしてその場は丸く収まったはずだった。

 だが後日、男子大学生は振られたショックでバイトを辞めた。

 その男子大学生のことを密かに好いていた女子は事情を知ると、原因となった陽川さんを目の敵にするようになった。

 それを機にファミレス内の人間関係は揉めに揉め、居心地が悪くなった陽川さんは最終的に退職したのだという。


「それは大変だったね」


 月宮さんは同情の言葉をかけつつ、太ももにすがりついてくる陽川さんの頭をよしよしと慰めるように撫でてあげている。


「だけど比奈、前にも似たようなことなかった? 一年生の頃、友達の子が好きだった男子に告白されてギクシャクしたとか」

「そうなんよー」

「比奈、モテるものね」

「でもあたし、恋愛に興味ないからさー」


 陽川さんはそう言うと、


「皆、彼氏欲しいとかよく言ってるけどさ。あたしにはよくわかんないんだよね。愛とか恋とかってそんなにいいのかな」


 そしてこっちを見てきた。


「相地くんはどう思う?」

「聞く相手を間違ってると思う」と俺は答えた。

「別に付き合ったことなくても、人を好きになったことはあるんじゃない?」

「付き合ったことがない前提で聞かれてるのは若干引っかかるけど、そもそも人を恋愛的な意味で好きになったこともない」


 可愛いなとか綺麗だなと思ったことはある。

 でも、それは愛とか恋とかとは別だ。特定の相手に恋慕を寄せたことはない。

 愛とか恋は人を狂わせる。

 そのことを俺は誰よりも肌で実感している。

 だから無意識のうちに封じ込めているのかもしれない。

 とは言え、そんなことを説明しても理解はされないだろう。


「月宮さんは?」と俺は話題を振る。

「詩歌もよく告白されてるけど、あたしといっしょで全部断ってるみたいだし。愛とか恋はよくわかんないんじゃない?」

「そうでもないよ。人を愛することはとても素晴らしいことだと思う」


 月宮さんは胸に手を置くと、うっとりとした表情で呟く。


「誰かを愛することで、毎日がとても豊かなものになるから」

「え。なにその反応。実感こもってない?」


 陽川さんは訝しむ。


「もしかして今、好きな相手でもいんの?」

「ふふ。ナイショ♪」

「ええー? 気になるんだけど!」

 

 陽川さんだけでなく、クラス中の男子たちが聞き耳を立てているのが分かった。

 意中の相手は実は俺なのでは、そうであってくれと皆が願っているのが伝わる。さすがに俺はそこまで自惚れてはいない。

 その後、クラスの話題はそれ一色になるのだった。


―――――――――――――――――――――――


月宮さんは誰のことが好きなんでしょうね?(すっとぼけ)

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