第5話 私物を盗まれる
朝、いつものように登校してきた俺は校舎内に足を踏み入れる。
そして上履きの入っている自分の靴箱の蓋を開けた。
「あれ……?」
一瞬、別の生徒の靴箱を間違って開けてしまったのかと思った。
でないとおかしい。
けれど、何度見返してみてもやっぱりそこは俺の靴箱だった。
☆
一時間目の手前、ホームルームが始まるギリギリに教室に滑り込む。席に着くと右隣の席に座る月宮さんが声を掛けてきた。
「おはよう、相地くん」
「おはよう、月宮さん」
「今日は遅かったね。いつもならもう来てる時間なのに。何かあったの?」
「ああ、ちょっとな」
俺が濁した返答をしていると、
「――そのスリッパ、どうしたの?」
月宮さんは俺の格好の違和感にすぐさま気づいた。
本来、二年生の生徒は全員赤色の上靴を履いている。しかし、今の俺は来客用の緑色のスリッパを履いていた。
それに気づかれたら、もう隠していても仕方ない。
「実は朝登校したら、下駄箱から上靴がなくなっててさ。どこにも見当たらなかったからとりあえず職員室で借りてきたんだ」
靴箱を開けたら、中が空っぽになっていた。
このまま裸足で教室に行くのはさすがにと思い、職員室に寄って、来客用のスリッパを借りてきたのだった。
「他の誰かが間違って履いていっちゃったのかな?」
「その可能性が一番高い」と言ったところで、俺は付け足した。「でも最近、よく持ち物がなくなるんだよなあ」
「そうなの?」
「筆箱の中のシャーペンもいつの間にか一本なくなってるし、ワイヤレスイヤホンも片側だけなくなってた」
「地味に困るね」
「授業の内容をまとめたノートもなくなってたし」
「派手に困るね」
「あと、この前昼休みに弁当を食べようと思って蓋を開けたら、三切れ入ってたはずの卵焼きが一切れなくなってた」
「ええ?」
月宮さんは驚いた表情を見せる。
「それ、本当なの?」
「ああ。家を出る前に中身を確認したから間違いない」
「つまり卵焼きだけじゃなくて、シャーペンもイヤホンも、授業の内容をまとめたノートも誰かに盗られちゃったってこと?」
「たぶんな。俺がボケてる可能性もあるけど」
「ボケてるのなら、叩いて直してあげられるけど」
「俺の頭は昔のテレビ並みのスペックだと思われている?」
「もし盗まれたのだとすれば、どうしてそんなことを」
「分からない。恨まれてるのか。あるいは」
「あるいは?」
「いやまあ、それはいいんだけど」
と俺は最悪の可能性を脳内から削除する。
昔から俺は病んでいる女子にだけはなぜかモテた。そういった性質を持った女子の手による犯行という線も考えられる。
それに月宮さんには打ち明けていないが、最近、やけに視線を感じてもいた。誰かに執拗に見られているような気がする。
気のせいであれば俺が病みつつあることになるし、気のせいでなければ病んでいる女子に付き纏われていることになる。
どちらに転んでも嬉しくない。
「何かあったらすぐに言ってね。できる限りの力になるから」
月宮さんは俺に真っ直ぐな言葉を向けてくれた。
なんていい人なんだ。
見た目だけじゃなく、心も天使かよ。
「じゃあ、とりあえず教科書を見せてもらっていいか?」
と俺は言った。
「どうも置き勉してた国語の教科書もやられてるみたいで」
「…………」
早速、新たな被害が出てしまっていた。
☆
その後の一時間目の授業、俺は月宮さんに教科書を見せて貰うことに。
少し離れていた机をくっ付け、一つの教科書を二人で見やる。そうなると当然、お互いに密着するような体勢になる。
「これなら、相地くんが居眠りしたらすぐ起こしてあげられるね」
くすっと小さく微笑みながら冗談めかして言う月宮さん。
あまりにも顔がよすぎる。あと、声もよすぎる。良い匂いもする。これで性格まで良いのだから、もう逆に一個くらいドデカい短所があって欲しくなる。
結果的に俺たちは身を寄せ合うような体勢になっていることから、背中越しに男子生徒たちの嫉妬の視線が突き刺さる。
授業中、ふと月宮さんの方を見やる。
月宮さんは小さな顎にシャーペンのお尻の部分をあてがいながら、ん~、と何やら思案に耽っている様子だった。
絵になりすぎる。もうこれ美術館に展示できるだろ。
その時、彼女の机の端に置かれた筆箱に目が留まった。
ネイビーカラーの、落ち着いた色合いの筆箱。チャックが開いていて、その奥に一本のシャーペンが収められていた。
――あのシャーペン、なくなった俺のにそっくりだな。
いや、まさかな。
―――――――――――――――――――――――
私物はなくしたのか、それとも盗まれたのか……?
フォロー&☆をいただけると更新のモチベーションになりますので、
何卒よろしくお願いいたします!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます