第3話 陽キャ女子

 まだ眠気を残した休み時間、机に顔を伏せて仮眠を取っていた時のことだった。


「はぁ? 何それ? 喧嘩売ってる?」


 和やかな教室に一閃、険のある声が響いた。

 なんだなんだ、どうしたどうしたと周囲が何やらざわついている。俺も顔を上げ、  周囲の状況の把握に努めようとする。


 女子生徒たちがにらみ合い、険悪な雰囲気を醸し出している。

 近くにいた生徒に聞くと、片方の女子の彼氏との惚気話が、ちょうど最近振られた  ばかりのもう片方の女子にはマウントを取ってるように映ったらしい。

 そしてダメ押しに「あんたも切り替えて早く次の彼氏作りなよ」と軽い調子で言われたものだからまだ引きずっていた別れ女子の方が爆発した。

 一触即発の空気を前に、他の生徒たちは固唾をのんで見守っていた。誰も迂闊に間合いに入れないでいる時だった。


「まあまあ、二人とも落ち着きなって」


 一人の女子生徒が割って入った。

 鮮やかに染められた金色の髪に、メイクの施された端正な顔立ち。お洒落に着崩した制服は全体的に垢抜けた印象を与える。

 見た目は陽キャ、頭脳も陽キャ。

 彼女の名は陽川比奈(ようかわひな)。

 整った容姿と明るい性格を兼ね備えた彼女は言わずもがなクラスの中心で、いつも周りには多くの人が集まってくる。

 月宮さんとも仲がよく、クラスでは月と太陽に例えられている。


「むかついたのは分かるけどさ、瑠衣も悪気はなくて励まそうとしたんだろうし。ここは一つ許してあげてよ。ね? あたしの可愛さに免じてさ」


 陽川さんは向き合う女子たち二人の肩を組んで抱き寄せると、冗談めかしたようにそう言って笑いかけた。

 その言葉によって、張り詰めていた場の空気が挫かれた。


「ごめん。ちょっと無神経だった」

「……私も怒りすぎたかも」


 女子たちは気勢を削がれたのか、互いに反省の言葉を口にする。表情には先ほどまでの険悪さはなく、照れ臭さがにじんでいた。


「というか、比奈のさっきの言葉、なに? あたしの可愛さに免じてとかいうの」

「そっちにむかついたわー」

「はー? なんだと? あたしは可愛いだろうが。やんのか?」


 陽川さんがおどけた様子でファイティングポーズを取り、しゅっしゅと拳を突き出して見せると笑い声が上がる。

 わざと道化を演じることで、険悪な空気をあっという間に収める。

 凄いコミュ力だ。


 

 昼休み、登校途中にコンビニで買った惣菜パンを食べ終えた俺は、ジュースでも飲むかと食堂前の自販機に向かう。

 二台並んだ自販機、その左側の台の前に立ち、商品を物色する。

 ヨーグルトティーにするか、カフェオレにするか……。

 

 お、新商品も出てる。

 どぴゅり超特濃ミルクティー。教育機関に置いていい名前じゃないだろ。令和の時代になんでこれが会議通るんだよ。全員酔っ払ってたのか?

 まあ、どっちにしても買わないけど。俺は無用な冒険はしないタイプだ。


 ――よし、ヨーグルトティーにしよう。


 迷いに迷った末に決断を下し、商品のボタンを押そうとした瞬間だった。

 後ろから伸びてきた指が、別のボタンを押した。点灯していた明かりが消え、ごとんと商品が落ちてくる音がする。

 勝手口から取り出した商品を取り出すと、俺の後ろに立っていたその女子生徒は、にっとまぶしい笑みを浮かべた。


「あはは。びっくりした?」

「陽川さんか」


 陽キャの中の陽キャである陽川さんは、冴えない俺に対しても全く壁を作らずに気さくに話しかけてくれる。

 油断すると、うっかり惚れそうになる。

 ちなみに彼女は新学期早々、クラスの皆に声を掛けてカラオケ会を企画していた。俺もそこに参加したおかげでなじめた。

 言ってみれば恩人だ。


「相地くん、迷いすぎててウケたから。代わりに押してあげよっかなって。こういうのは直感でパッと決めんとね」

「ちょうどヨーグルトティーに決めたところだったのですが……」

「そうだったん? 普通にあたしが飲みたいもの押しちゃった。てかなんで敬語? 何か距離感じちゃうんですけど」

「陽のオーラに当てられて……」

「何それ、ウケる」と陽川さんは明るく笑う。この短時間で二回もウケた。自分が面白い人間だと勘違いしそうになる。

「あ、じゃあ今からお金入れるから、相地くんはそれで買いなよ」


 陽川さんは小銭を投入すると、ボタンが点灯したのを見て、好きなの選びな、と奢ってくれる先輩みたいな雰囲気を出してくる。言うまでもなく別に奢りではない。

 俺は目当てのヨーグルトティーを購入すると、取り出し口から取り出した。

 丸めていた上半身を起こした後、そういえば陽川さんは何を買ったんだろう、と彼女の手元のジュースを確認してみる。

 どぴゅり超特濃ミルクティーだった。


「新商品……」

「とりま新しいものは試さんとね」


 陽川さんは紙パックにストローを刺すと、中身を吸おうとしたが、「やば、濃厚すぎてこれ全然吸えん」とケタケタ笑った。


 その後、勢いよく中身を吸い出すと、


「うわ。これおいし~」


 ぱあっと表情を輝かせる。

 当たりだったらしい。


「めちゃ甘いしカロリーすごいけど、毎日飲んでたら逆に痩せそう」

 それはたぶんダメな痩せ方では。


「ほら、相地くんもちょっと飲んでみてよ」

「え?」

「マジマジ。マジでイケるから」


 いや別に味を疑っているわけではなく……。

 間接キスになるから躊躇してるのだが。

 いや、待てよ。変に間が空いたら逆に意識してるみたいでキモがられるか? 

 陽キャにとっては回し飲み上等、これくらいで動揺する方がおかしい。平静を保ち、俺は受け取ったどぴゅり超特濃ミルクティーを飲む。


「あ、てかこれ間接キスじゃんね」


 陽川さんはそこで気づいたらしい。

 全然気にしないのかと思っていたが――。


「何か照れんね」


 にいっと照れ臭そうに微笑みかけてくる。

 あ、あぶねー。

 俺が童貞だったら惚れていた。

 …………。

 じゃあもう惚れてるのでは?


 何はともあれ。

 彼女――陽川比奈も交流のある女子生徒だ。けれど彼女も月宮さん同様、病みとはまるで縁がなさそうな人だから安心だろう。


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