第8話 お化け屋敷

 気が付くと、私は幸次と暗い通路を歩いていた。前方に明かりが見えた。私たちはその明かりから外に出た。


 眼の前に時計台があった。午後7時を指している。私の横に立っている幸次が笑いだした。


 「あれがお化け屋敷だって? 全然怖くなかったよ。あんなの子どもだましじゃないか」


 えっ?


 私は振り返った。お化け屋敷があった。私は慌てて言った。


 「幸次。しっかりしてよ。私たち、T遊園地のお化け屋敷に戻ったのよ」


 「えっ」

 

 幸次も気づいたようだ。しきりに周囲を見回している。


 私は急いで身体を見た。・・裸ではなかった。私も幸次も服を着ている。私の手の中にはあの黒い箱があった。


 幸次が手を叩いた。


 「やったよ。由香。元に戻ったということは・・由香が押した最後の『スタート』で、僕たちの怖い体験は終了したんだ」


 私も飛び上がった。


 「やったね。幸次」


 私たちは熱い口付けを交わした。私たちの横で・・親子連れの男の子が、私たちを見て目を白黒させていた。小学生ぐらいの男の子だ。


 私は安堵した。


 何もかも最初に戻ったんだ。


 唇を放すと、幸次が言った。


 「由香。その箱、もう捨ててしまえよ」


 「そうね」


 私は近くにあったゴミ箱に箱を捨てた。そして、幸次と腕を組んで歩きだした。私たちの後ろで、さっきの男の子の声が聞こえた。


 「おかあちゃん。くず籠にこの黒い箱があったよ。・・『スタート』って書いてあるよ? 何がスタートするんだろう? 押してみよう」


                    了

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「スタート」を押すな! 永嶋良一 @azuki-takuan

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