第3話 衝突

 「うわ~」


 幸次が声を上げると、車を急発進させた。


 女は車から落ちなかった。ヘッドライトの光の中に左カーブが現れた。 


 幸次があわてて急ハンドルを左に切る。車が左に曲がる。私の身体が遠心力で右に傾いた。タイヤがきしむ音がした。眼の前に大きな木が突っ込んで来た。私の悲鳴が車内に響く。


 「キャー。危ない」


 木が車の右側面をこすった。ガガガがという嫌な音がした。車がかろうじてカーブを曲がった。女はフロントガラスに張り付いたままだ。


 すると、今度は眼前に右カーブが現れた。道が九十九折つづらおりになっているのだ。ヘッドライトの光の中に、またも木が眼前に迫ってきた。私の口から再び悲鳴が飛んだ。


 「キャー」


 幸次がブレーキを踏み込んで、今度はハンドルを右に切った。しかし、フロントガラスに女がいるので、前方がよく見えない。眼前に木がさらに大きく迫って来る。


 だめだ。けきれない・・


 私は眼をつむった。次の瞬間、車の正面が木にぶつかった。ボーンという大きな音がした。私の身体が前に飛び出して・・シートベルトが胸とおなかに食い込んだ。


 私は一瞬気を失っていたようだ。気が付くと、車は止まっていた。前方のボンネットが大きく開いていて、その向こうに大きな木があるのが見えた。フロントガラスには大きなヒビが入っている。女は?・・女はいなかった。


 幸次の声がした。


 「由香。無事か?」


 幸次も無事のようだ。私は答えた。


 「ええ、大丈夫」


 幸次が運転席から私のシートベルトを外してくれた。私たちは急いで車から外に出た。深夜の寒気が私たちを包み込んでくる。私が手の中を見ると・・あの黒い箱があった。私は幸次に聞いた。


 「ここ、どこ?」


 幸次が首を振った。


 「さあ、分からない。女は?」


 私たちは周囲の漆黒の闇を見渡した。女の姿は見えなかった。私は安堵の声を出した。


 「良かった。女はいないみたい」


 そのときだ。車の後方から声が聞こえた。


 「待てぇ~」


 私たちが後ろを振り向くと・・あの白い着物の女がこちらに向かって、動物のようにのが見えた。車が木にぶつかる前に落ちたのだ。闇の中に何故か女の身体が白く浮き上がっている。女はものすごいスピードで這っている。どんどんこちらに迫ってきた。


 幸次が私の腕を引っ張った。


 「由香。逃げよう」


 しかし、私の足は恐怖で動かなかった。女が眼前に迫った。女が眼を見開いているのが見えた。女の口から「ガアアアア」という唸り声が聞こえた。


 幸次の声がした。


 「由香。あの箱だ。『スタート』を押すんだ」


 私は急いで箱を探ると『スタート』を押した。


 女が地面から私たちに飛びかかった。

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