4.ファイバー

作戦部隊からの報告を聞き終え、枡原は後ろ手を組んで司令室の書類棚と向き合った。半人狼は放ったとたん手当りしだいに村人を襲うことはしたが、子どもは生かして連れ帰れという指示は数十体のうちに一体も理解できたものがいなかったという。

半人狼の訓練が不充分であるのを詰りつつも、枡原は内心でさらに完全体の人狼製造への意欲を募らせていた。

枡原が初めて人狼の存在を知ったのは、まだ陸軍の士官を務めていた当時、帝政の転覆を企てる匪賊の首領と秘かに接触を図った機会に遡る。中欧某王国の軍部で試みられていた人造超能力兵士による軍事力の強化。

匪賊の首領は、犯罪組織の闇のつながりによって、それがイヌ科の動物とくに狼の持つ特殊な霊力絨波(ファイバー)を肉体の一部の移植によって人間の兵士が操るのを可能にしようというものであるのを突き止めていた。

帝政への叛旗を翻す野望を胸に、隊の職を辞し、手勢を率いて各地を転々とするようになってからも、枡原は執念深く欧州の動向を追っていた。

王国での内紛勃発の報せに接するや、いちはやく国外に逃亡した絨波移植関与の技師の身柄を拘束できたのもそのためである。

本拠地として確保した廃坑で絨波技師に命じ枡原は人狼兵士の製造を継続させた。


枡原隊の本拠で絨波移植の実験が始まってから数年が経過したが、そこで行えるのは少ない資料と技師の証言に基づく不完全な技術の再現がせいぜいであり、製造できたのはいわば半人狼とか下級人狼とでもいうべきできそこないの合成獣を越えない生物だった。

期待外れの成果に怒り、躍起になって半人狼の改良を命じる枡原のもとに未知の人狼の資料が届いたのはそんなときだ。

照ル藤財閥側近格の伏ヶ原匡守の身近であったある事件。それは匡守を筆頭とする分家が確執のあった本家に対決を仕掛け、当主の邸宅で警護の兵や一族の者ら十数人を殺傷したできごとだ。

凶行の張本人を捉えたものとして示された写真には、中欧の人狼と明らかに同じ型の完全体の人狼が写っていた。これをきっかけに枡原は伏ヶ原一族の伏ヶ原幾彌に強い関心を持つことになる。

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