三つの署名
「まったく、どういうことだねこれは。せっかく僕が、キミを殺すプランを考えてきたというのにあろうことから、キミの作者はキミの作品をエタらせただけじゃなく、新作まで書いていたとは。しかも、新作のヒロインが死んでいるじゃないか」
シャーロックホームズは、うんざりしたようにため息をついた。
「どうって、いわれても……しかも、『エタる』なんてことばよく知っていますね」
俺、和田進一は困惑しつつも感想を口にする。
エタる……ウェブ小説界隈ではおなじみの言葉だが、それを十九世紀生まれの彼の口から聞くのは意外だった。
「当然さ、僕は何でも知っているから……なんてわけなく、僕を扱う作品は多いからね。現代を舞台に活躍するなんて二次創作もあるくらいだ。言葉はある程度、見たり聞いたりしていれば推測ぐらいは簡単さ」
他の人間だったら嫌味に聞こえるがシャーロックが言うと説得力がある。
まあ、もちろん言い方は皮肉めいていてちょっとばかり嫌な奴であるが、なんだかんだ俺のためを思って行動してくれている。
シャーロックはパイプをくゆらせたいようだが、残念ながら条例で歩き煙草は禁止されているため、そのパイプをつかんだ形の手だけが行き先もなくさまよっているのがおかしい。
コンクリートの地面に、放射状に飛び散った血液、その真ん中に鎮座するのは背格好が同じくらいの少女が二人。
二人の少女は手をつないでいる。
シャーロックはそんな光景をみて、顎をしゃくる。
「さて、ワトソン君、キミならこの状況をどう分析する?」
「だから、俺の名前は和田進一であってワトソンではないんですが……」
「しつこいな、ワトソン君。一話で二回も自己紹介をするなんて図々しい奴だ。それにキミの名前は和田だろ。ワトソンの和訳じゃないか」
そう、俺の名前は作者の中途半端な設定によってシャーロックホームズが和訳されたときの名前になっている。
しかし、俺は自分が主人公の小説でその設定を活かされたエピソードをみたことがない。
ただ、おかげでこうしてシャーロックホームズと出会えた。
俺は、カクヨムコンをきっかけに書かれたとあるラブコメ小説の主人公だ。幼馴染のヤンデレ気味美少女と両思いになる……そんなありふれた幸せな
毎日更新、徐々にではあるが増えるPV、だけれど年が明けたあたりから僕の物語は進まなくなってしまった。
そう、さきほどシャーロックもいったように僕が主人公の小説はエタったのであった。
そんな状況の打開をもとめて、俺はシャーロックホームズを訪ねた。
「ほら、そんなところで天に向かって説明してるんじゃないよ。誰とも分からない存在より、僕たちの目前にはより知的好奇心をかき立てる素材があるのだから」
少しだけ回想に浸っている僕をシャーロックはすこしだけいらだっている。
いや、いらだっているのはアヘンやらなにやらの血中濃度がたりないからだろう。
現代を舞台にしたラブコメ小説では、麻薬の登場はコンプライアンス的にまずいのだ。よって、この世界には存在しない。そもそも、別な小説からの持ち込みも基本的には不可である。基本的には。
「でも、僕は名探偵じゃない。名前だけ、いや名前だって名探偵じゃなくて狂言回しの役割だ」
俺は何も思いつかないので、適当に返事をして逃げ道を探す。
もし、下手な推理でもしてみればきっと、シャーロックが俺の推理が如何に愚かで陳腐な想像力が生み出したものだと批難するのは目に見えているし、今後もことあるごとにそのエピソードを使って俺を攻撃してくるのは目に見えている。
「いいかい。キミは作者の分身だ。作者にとっての最初の作品の主人公だからね。キミほどこの状況がよく見えている人間は他にはいないんだよ」
シャーロックは皮肉な風でもなく、俺をじっとみつめる。
あまりの真剣な様子に僕は渋々口をひらく、
「そうだな……二人の少女はこの作品のヒロイン。顔は見えないけど、背格好が同じこと、一方で洋服の色は白と黒。おそらく二人は双子だと思われます……ジャンルはラブコメ。作者にはミステリーの素養はなく、せいぜいがとこ二時間ドラマが限界。おそらく目の前の建物の上から飛び降りたと思われます。そして、この建物の上には誰か居る……」
「ああ、よくできているじゃないか。ワトソン君。まあ、いくつか大事なことを見逃しているがねえ」
「大事なことですか?」
「まず、少女たちが二人で手に握っている紙の存在だ。なにやら文字が書かれているようだが、キミは読めるかい?」
そういって、シャーロックが血痕のついた紙切れを見せてくる。
俺は触れないようにしながら、何が書かれているのか目を細めて読み取る。俺は目が悪いのだ。これは明記された設定ではなく、作者が俺を分身として書いたせいらしい。
文字はひどく歪で、そして右端は血痕で赤く汚れている。指のあとが二本ついているみたいだ。
『はなさないで』
と、書かれていた。
「あと、もう一つ。キミはこの目の前にある建物を『建物』とし言わなかったけれど、何に見える? 正確にいうと、何に近い?」
シャーロックは僕の再び訪ねた。いや、尋ねた。
日本語って難しい。同じ音でも違う意味になってしまうのだから。
俺は、シャーロックに問われて目の前の建物に注目する。
俺が建物といったのには訳がある。
正直、何の建物かよく分からないのだ。
五階建てで白く、広い建物。
いくつもある窓硝子にはカーテンがかけられているのが分かる。
「病院……いや、これは学校ですね」
「よし、よくやった」
シャーロックは、少しだけ嬉しそうにいった。
でも、不思議だ。
いくらシャーロックであっても、きっとこの建物がなにかを推測するなんて難しくないだろうに。いくら、現代の知識が不足しているところがあるといっても、些か不自然だ。
その旨を口にすると、シャーロックは苦笑いした。
「ざんねんながら、分からないんだ。作者がきちんと描写してないからね」
なるほど、作者がきちんと世界を把握して書いておらず、書きたいシーンだけを書いたらしい。
その所為で舞台やら設定が未完成。
「だけれど、作者の分身であるキミが学校にみえたのならばここは学校に違いない」
シャーロックはそう言って、一階の適当な窓から建物の中にはいっって階段をのぼりはじめた。
※※※
屋上につくと底には一人の男子学生がいた。
中肉中背。
よく言えば普通。
悪く言えば特徴のないやつだった。
一目で彼がこの作品の主人公だと分かった。
だって俺に似ているから。
まあ、作者が同じラブコメの主人公だしな。そんなバリエーションもないだろう。
彼は俺とシャーロックの姿をみると、その場で膝から崩れ落ちた。
泣きそうな声で、状況を語りだす。
「『はなさないで』そう咲奈たちは言ったんだ……」
彼は震えながらそう言った。
どうやら、さきほどの二人の少女は俺の見立てどおり双子だったらしい。
目の前の男子学生の幼馴染。
小さなころから仲良しで、でも、いつのまにか双子は男子学生に恋心を抱いていたらしい。
男子学生は先ほど少女たちに告白されるまで、そのことに気づいていなかったとも言っている。
なんて鈍感なのだろう。
「『離さないで』って言われたのに、離してしまったのか? なんだこれはただの立派な殺人じゃないか」
シャーロックはつまらないという顔をして、パンパンを手を叩いて事件は終了したというようなしぐさをした。
高いところから落ちそうになった、双子の手を離した。
確かに、『離さないで!』と懇願した少女たちの手を離したのなら、そこには殺意があったのだろう。
「違うんです……」
男子学生は弱々しく異をとなえる。
俺もこんな風に見えているのかと、思うともう少し自信ありげにふるまうことを意識しようと思った。
「なにが?」
シャーロックはうんざりしたように、ゆっくりと振り向く。
手はパイプをもとめて、空をさまよっているので苛立ちが伝わってくる。
「もしかしたら、『話さないで』っていったのかも」
俺は助け舟を出す。
すると、男子学生はそうそうと頷く。
「屋上で、二人に呼び出されて告白されたんです。二人とそれぞれ手をつないだ状態で。で、告白と同時に『話さないで』って言われて、二人は告白の返事を聞きたくなくてそう言ったのかと……」
「愛を告白して、飛び降りる? そんなバカげたこと」
シャーロックは、一瞬かたまったあと、頭痛がするというように眉間に指をあててうつむいた。
その瞬間に、先ほどの血痕のついた紙切れがはらりと落ちる。
「は な さ な い で」
先ほどは気づかなかったが、ひらがなで書かれたそれはすべての文字は等間隔には並んでいなかった。
「もしかして、君の名前は井出君?」
「あ、はい。そうですが、なんで?」
俺が問いかけると男子学生は不思議そうな顔をする。
「僕はとっくに気づいていたさ。だって彼の胸には四角いプレートがはりつけてあるじゃないか」
シャーロックは皮肉っぽく言った。
「あ、本当ですね。目が悪いのでそこまでみえていなかった」
俺は、感心して彼の名札を確認した。「井出」とある。
どうやら、僕の予想はあたったらしい。
「もしかして、幼馴染の一人の名前は『ハナさん』では?」
「どうして、それを。確かに幼馴染の『
男子学生は驚く。
確かに彼は、咲奈さんの名前は読んだが羽奈さんの名前はいままで口にしていない。
俺は先ほど拾った一枚の紙を彼に差し出す。
「はな さな いで」
そして一番右に赤で書かれたハートマーク。
どうやら、双子の幼馴染は彼に告白をした上で、いままでと変わらず彼と三人仲良くやっていこうとしていたようだ。
「じゃあ、どうして二人は屋上から転落を? あんなに三人で仲良く楽しく学園成果を送っていたのに……」
男子学生は俺に尋ねる。
そんなこと聞かないでほしい。
でも、理由なんて俺が誰よりも分かっている。
「作者のせいですよ。俺とそしてあなたの創造主である作者。彼は俺の作品をエタらせたあと、君の作品に取り掛かった。一作目を完結させていないとはいえ、二作目の挑戦。最初のときと違って少しはウェブ連載の知恵がついたのでしょう。毎話おもしろくするか、引きが必要なウェブ連載。彼は悩んだのでしょうね。そして、できるだけ衝撃的なシーンを書こうとした。そう、推理小説を書くには『死体を転がす』ことが大事らしいですね。まあ、ミステリーを書く技法なんですが。彼は中途半端にその言葉だけをうのみにして、取り合えず、プロローグで彼女たちを殺した。技量もないというのに、実に愚かな試みです」
俺は自分の現状を思いながら苦々しく言葉を吐き出した。
男子学生はわっと泣き崩れる。
俺は目の前の状況を考えると、作者に無理に書かせるなんてことをせずに、俺の作品がエタってくれていたほうが幸せなんじゃないかと思った。
だけれど、その場でひとりだけ愉快そうな人間が一人だけいた。
シャーロックホームズだ。
「いやー、実に感動的だ。兄弟の初めての出会いの瞬間……さて、井出君。君もこの馬鹿げた世界を変えたいと思わないかい?」
シャーロックはこの小説の主人公であり、冒頭で死んだ双子の美少女の幼馴染、そして僕の弟である彼に悪魔のような提案をしたのであったが、これはまた別な話として語ることにしよう。
シャーロックホームズ 最初の殺人 華川とうふ @hayakawa5
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