シャーロックホームズ 最初の殺人
華川とうふ
221B
「俺の名前は……」
あの有名な探偵の事務所に入ったとき、俺は時間が惜しく挨拶をせずに自らのことを話し始めようとした。
だが、ホームズは唇に指を当ててそれを制止した。
「ああ、言わなくても大丈夫。君がここに入ってきた瞬間に君が誰かということはおおよその見当が付いている。」
ああ、これがホームズだと、感動してはしゃぎそうになったがそれもホームズによって止められてしまう。
「この時期にこの場所に現れる日本人の学生。身ぎれいで裕福。制服がきちんとクリーニングされていることから分かる。クリーニングのタグもつけっぱなしだがね。そして、はっきりと定まらない容貌。そして、腹部につけられた無数の刺し傷……君がこの時期にカクヨムコンに参加している主人公。しかも、ヤンデレ系と見た。腹部の刺し傷の古さはいろいろあれど、どれも致命傷に至らない極浅い傷だからね」
ホームズは退屈だとばかりに天井を仰ぐ。
このまま彼の推理に感心したままでいると、追い出されるだろうと言うのが、優しくて察しのよい主人公の勘で分かる。
俺はとあるネット小説の主人公だ。
名前は和田進一。
高校生。
特技は料理。
両親は転勤でマンションで一人暮らし中。
幼馴染のアカリがなにかと世話を焼いてくれている。
だが、最近アカリの様子がおかしくて……。
すれ違い、両片想いの二人の青春ラブストーリー。
そんなありきたりな小説の主人公として生み出された。
十二月までは良かった。
俺は平和な日常を送り、時々恐ろしくも可愛い俺に一途なアカリのヤンデレ行為、ときどきライバルキャラの学年一の美少女でお嬢さまのキヨラさんとのからみもあって、俺の幸せな日常はこうやってつづいていく。
そして、何時かはアカリと両思いになって結婚。
そんなラストが来る日を信じていたのだ。
だけれど、そんな俺の当然に見えてささやかな幸せは年末年始を迎えた当たりから陰りをみせた。
そう、小説が更新されなくなったのだ。
「もう、こんなラブコメ小説なんて書きたくないんだ!」
昨日の夜のことだった。作者が画面ごしに叫びだしたのだ。
年末年始に更新が滞っていると思ったが、更新を辞めた間に読者は離れ、さらにコンテストの他の参加作品との圧倒的な力の差、星の差を見せつけられたのだ。
しかたがない。
俺の作者にとって、俺は初めての長編作品の主人公なのだから。
年末年始の間、更新が滞っているのはスランプではなくただの充電期間だと思っていた。
十二月は毎日更新していたのだからよく頑張っている。
そう思って、俺は奴の夢の中で楽しそうにありきたりなラブコメシーンを見せるのにとどまっていた。
きっともうすぐ書き始める。
そう思っていたけれど。昨日の夜、それが甘い考えだったことに気づいた。
このままでは、俺の人生はこのまま終わってしまう。
そう思って、俺は電子の海のなか、必死に助かる方法を求めた。
そして、そこでたどりついたのが一人の名探偵シャーロックホームズだった。
そもそも、俺のキャラの設定として推理小説好きというのがあったのだ。ヤンデレの幼馴染の特性上、事件には巻き込まれやすいと思ったのだろう。
しかし、作者の馬鹿は、本当に大馬鹿だ。
奴はシャーロックホームズなど読んだことないのだ。
その所為で、俺のこの設定は本編では一行たりともでてきていない。初心者の書き手にありがちな、ミスである。
でも、おかげでこの男のところにたどり着けた。
えっ、シャーロックホームズは紙の本だって。
確かにそうだ。
だけれど、一方で彼は二次創作、さらにはその二次創作を読んだ人間の創作と幾重にも創作が繰り返され、電子小説やウェブ小説などにもなっている。
そして、俺はこうして彼のところにたどり着いたというのだ。
「回想は終わったかい? 何もない天井に語りかけるなんていかにも退屈な人間のすることだが。用が済んだらでていってくれ」
ホームズはうんざりしたように、俺に言い放った。
「お願いだ。ホームズ。俺は、俺の日常を取り戻したいんだ。どんなことをしてでも」
椅子に深く腰掛け、新聞を読むホームズに俺は懇願した。
「いやいや、諦めろ。初心者のウェブ小説。そんなものだれも読まない。続きをまっていないんだ」
ホームズはうんざりしたように言った。
「俺のラブコメは実はミステリー要素もあって、君にも解けない謎があるんだ」
俺の言葉に、ホームズはぴたりと動きを止めた。
これは賭けだった
たしかに、俺のラブコメにはホームズでも解決不可能。
「なに……僕に解けない謎? それは面白い」
ホームズはパイプをくゆらす。
「俺の物語が終わってしまったら、謎もとろも終わってしまう」
「じゃあ、一つだけ良い方法を教えてあげよう。君が死ねば良いんだ」
ホームズは不敵な笑みを浮かべてとんでもないことを言った。
「俺が死ぬだって!?」
「ああ、そうだ。僕のようにね。作者というのは馬鹿なもんで、どんなに文句を言おうとなんだかんだ自分の作品を愛している。それはもう子供のように。特に最初の作品となればその思い入れも強い」
「だけど、そんな……俺が死ぬなんて……」
「大丈夫。簡単だ。我々には華麗に復活する方法が残されているのだから。そう、作者に書かせれば良いのだ。主人公はやっぱり生きていたってね……さあ、始めよう。君の作品を救う作戦のスタートだ。ワトソン君」
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