第18話 お風呂にビールはセットです

 ん~~~~っ、とたまらなそうな声と共に、イヅノは両手と両足を伸ばす。褐色の肌を隠すものはひとつもなく、もくもく蒸気が立ち込めている通り、ここはうちの風呂場だ。


 二人で楽に入浴できるほど広くはないが、なぜか彼女が来た初日から一緒に浸かるという決まりがある。行きましょうという彼女からの誘いを断らない理由は、日本全国の男性諸君であれば察してくれるのではなかろうか。


 誰もが羨む状況だ。しかし、ただひとつだけ問題がある。それは野蛮なオーク族によって湯船が独占されてしまい、洗い場に俺が放置されていることだろう。キャンプのことをまだ根に持っているらしい。


「久しぶりのお風呂! たまりませんね!」

「おお、気が済んだら俺もそこに浸からせてくれ。いいかげん寒いし」


 そう口にすると、彼女は「ふふっ」と笑い、いかにも楽しそうに俺を見つめてきたあとにゆっくりと唇を開く。


「だめ」


 くっそーー、色っぽい! ずるい!

 いつもの俺だったら「ふざけんな、どけ」と言うところだが、これだけの美人相手では、なぜか知らんが怒るよりも先にドキッとするんだよなー、これがまた。野蛮なオーク族のくせに自分が美人だと自覚するなんてずるい!


 なにその無防備な脇の下。俺に見せつけてんの? んーっと伸びをしたあと、頭の上で腕を組んでいるけどさ、本当は俺をからかって遊んでいるんでしょう。分かってんだからね!


 イヅノが美人さんなのは知っているけれど、上気した肌のせいかさらに魅力が高まる。彼女の魅力がまったく隠されていないのも、俺が屈してしまう理由のひとつだろう。


 ふう、と彼女はひと息つくと、そのたおやかに伸ばされた腕で俺を招いてきた。どうやら意地悪はこれで終わってくれたらしい。


 ざぼっと湯に浸かり、あちちと俺が呻いているあいだに、上から彼女が腰かけてくる。髪を結いあげたイヅノは、女性的なうなじを俺に晒しつつゆっくりともたれかかってきた。

 驚くほど肌がつるつるで、本当に俺と同じ生きものなのかなって考えてしまう。だからつい触れたくなるんだ。


「ふう、気持ちいい。お風呂がこんなにも幸せなものだと思いませんでした」


 そう言い、振り返ってくると彼女の長い耳がぺちっと俺の頬に当たる。その長耳はまだ冷たいままだ。イヅノは横目で俺を見つめながら「ごめんなさい」とつぶやいたあと、その頭を俺の肩にのせてくる。ぐりぐりと幾度か動かして、ちょうどいい場所に当たるよう調整していた。


「ふふ、さっきの誠一郎さんの顔、面白かったなぁ」

「あんまり男の子をからかっちゃだめだよ」

「いいじゃないですか。とても楽しかったのですから」


 んふふと笑い、機嫌良さそうに彼女はつま先を湯のなかで揺らす。

 そんなことを言われたらさ、こっちは黙るしかないじゃん。だって可愛過ぎるし、もっと喜ばせたいって気持ちになっちゃう。


 たぶんそんな俺の気持ちはぜんぶ見抜かれている。なぜなら神秘的な瞳でじっと俺を見つめて、その真珠のような歯を見せて笑いかけてくるんだ。全部分かっていますと彼女の顔には書いてある気がした。


「まあ、これからは訓練する前にちゃんと相談するよ」

「そうしてください。でも絶対に必要なものだとあなたが思うようでしたら、私が反対しても実行して構いません」


 ああ、そうするよとボヤくように言うと彼女はまた笑った。

 そして俺の肩を枕にしてイヅノが仰向くと、お互いに黙りこくるのもいつも通りのことだ。昼寝するみたいにぼんやり過ごして、ちょうどいい塩梅になってから「そろそろ出ましょう」と囁かれて立ち上がる。そんな習慣が我が家に生まれつつあった。




 もうひとつ、習慣といえばこれこそが欠かせない。申しわけ程度のつまみ、そしてキンキンに冷やしたビールは定番中のド定番だ。


 ごっごっごっとイヅノは美女らしからぬ飲みっぷりを見せたあと、くああーっと歓喜の悲鳴を上げる。きっとこのときの味わいとのど越しを楽しむために長風呂したに違いない。たっぷり汗を流したあとのビールは格別だからな。


 とはいえビールといえば大地の恵みそのものであり、俺だって楽しまないわけがない! ぐあーーっ、キンキンに冷えていて美味いぃぃっ! 生きてて良かったああーっ!


「せいさんのっ、ちょっといいトコ見てみたいーーっ!」


 こらこら、のせるんじゃありませんよ。超ご機嫌モードでノリノリなイヅノちゃんに手拍子されては断れないじゃないですか。第一に、その音頭をどこで覚えたの? 俺に隠れて変な店とか行った?


「そーれ、一気っ、一気っ!」


 あーっ、クソッ! 始まっちゃった。どうしよう。こんな可愛い子がキャバクラにいたら全財産貢いじゃうよ! あわよくば俺のこと好きになってくれないかなっていう下心丸見えで踊らされちゃう!


 やがて我が家には「おおーっ!」という黄色い歓声が響き、だいぶ酔っているであろうイヅノちゃんから、賞品のほっぺたチューが与えられた。良く分からんけど、めっちゃ楽しかったわ。


※俺以外のかたは、ご自身の健康のために一気飲みを断ってください。

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