第11話 今日の授業は身体測定です

 カチと電気をつける。

 暖色の照明によって照らし出されたのは広々とした空間であり、オリンピックとかの重量挙げで使うようなバーベル、それに竹刀などといった品々も置かれていた。


「ここはなんです?」

「近くの施設を丸ごと借りてんだ。なかなか身体が動かせないときは、ここを使ってる」


 元は小学校の体育館だ。子供たちにとっての学び舎をこんな風にしてしまうのは若干の罪悪感があったものの、ここに子供たちは戻ってこないのだから別に構わないだろう。もしも帰ってくる日が来たら、喜んで後片づけするしな。


 がらら、がらら、と戸をいくつも開け放つ。

 昨夜の強風がまだ残っているし、冬という季節のせいで骨の芯まで冷たさが伝わる。とはいえ俺もイヅノも鍛えているためさほど気にしていない。


「イヅノ、このあいだの棒術はなかなか良かった。磨けば光ると思う。だけどその前に、他の武具にどれくらい適性があるのか調べたい」

「仕事を覚えたいと、私は言ったはずですよ」

「だから最初に適正を見るんだ」


 イヅノはやや無表情で「はい」と言う。これは不機嫌なときに見せる態度だ。きっと「この私ならすぐ働けるのに」とかアホなことを考えているんでしょうね。


 これが会社だったらさ、すぐに仕事を覚えさせるだろうね。個人の適正など関係なく、まずこなせるようにする。その上で社員同士の比較に入り、人員と部署の再配置を行う。より効率的なタスク処理ができるようにな。


 しかしここは会社じゃない。俺とこいつしかいないし、おまけに命を懸けている。きちんと適性を見た上で、必要な鍛えかたをする。そうやって死亡のリスクを限界まで抑えさせること。それが俺の仕事だ。


 というわけで身体測定である。

 ピッと笛を鳴らすと、体操着、それにブルマへと着替えたイヅノが駆けだす。


 ん? 服がおかしいって?

 馬鹿者。この俺が趣味全開でブルマを履かせたとでも思うのか? 


 違う違う、そういうことじゃない。誤解しないでくれ。

 ブルマの良さは優れた通気性、フィット感、それに伸縮性と多岐において優れている。そう、非常に効率的なのだ。決して楽しんでいるわけじゃないと日本全国の男性諸君ならば分かってくれるだろう。


 なに、高身長の女性にブルマを穿かせるのはいかがわしいだって? バカモノ、それは貴様がいかがわしいものを望んでいるからそう見えるだけだ。


 しかしこれだけは言いたい。

 先生は、先生はな……、ものすごく嫌そうに、仕方なーく着て、ふてくされている感じの姿にグッとくる!


 タタッ、タンッ、と軽やかな足音を残してイヅノは宙を舞う。


 安全用のマットレスなど必要ないのではと思えるほど安定した宙返り、側転、バク転をしたあと……うおお、ちらっとおへそが見えたああッ! ぎゅっとくびれた反則級の腰つきといい、これは非常にポイントが高いですよ! なんのポイントかは知らないが。

 身体能力はやはり高い。Sランクをつけてあげよう。二重丸だ。


 あー、百メートル走は10.2秒かー。

 まずまずといった……え? 女子だと世界新? ならすごいのかもしれないけど、あのカモシカのように健康的な太もものほうが俺にとってはポイントが高いなぁ。

 うん、おまけで走力もSランク! よく調べてないけどヨシ!


 続けて重量挙げだが、これは持ち上げるだけだし面白いところはないかなーと思っていたところで、バーベルの棒がド質量の下乳を支えるという嬉しいサプライズが待っていた。

 男子諸君はちゃんと観察ないしは撮影しておくようにね。とりあえず先生は、いいねボタンを連打しておく。


 引き締まった筋肉を総動員させており、身体の軸がまったくブレない様は芸術的でもある。しかし重量に耐える力はあまりないらしく、120キロほどでギブしていた。

 うーん、よく分からんがBくらいかな。知らんけど。


 その後もいくつか試験してみたところ、ポニーテールに髪を結んだイヅノはふうふうと息を荒くしながら近づいてきた。だいぶお疲れの様子だし、汗にまみれて髪をほつれさせた様子も色っぽいから、こんなもので許してあげよう。


「先生……じゃない、誠一郎さん。テストの結果はどうでしたか?」

「うむ、ざっとこんなところかなぁ」


走力  … S

瞬発力 … S

筋力  … B

持久力 … B

柔軟性 … A


 手書きの身体測定結果を覗き込んできただイヅノは、いかにも「良くわからない」と言いたそうに眉をぐしゃっとさせていた。


「つまり、どういうことです?」

「お前ってさ、オーク族の割には筋力が大したことないんだな」

「むっ! だったらあなたもやってみてくださいよ。雄なら私の記録ぐらい楽々こなせますよね」


 はい、挙げた。


 目の前でバーベルを楽々持ち上げてやると、出会ってから初めて見せたほどの悔しがる様子が可愛かった。


「まあまあ、気にするな。実際に山で戦ったときも思ったけど、瞬発力はすさまじかったしな。絶対に反応できないと思ったのに、柄で受け止めていたしさ」

「その点は確かに自信があります。ただ、筋力が劣るのはこの身体になったせいでしょうね。あまりにも非力です」


 そう言って褐色肌の力こぶを見せてくるけど、一般的な女性はそんな風に筋肉が盛り上がらないからね。


 ちなみに他の測定についてだが、身長178センチ、体重72キロで、すらっとした外見に反しての重量だったりした。骨密度とか筋組織の違いとかあったりするのかね。


「ふーん、お前はバランス能力が高いし、弓もやれるんじゃね?」

「弓? あの遠方からチクチク当ててくるやつですか? ふっ、あんなものは目で見て避けられます。さほども興味が湧きませんね」


 めっちゃ見下してくるやん、この子。

 あー、そうか。野蛮なオーク族だし、最近の弓は知らないか。

 試しに保管していたものを棚から取り出して見せると、赤い瞳はわずかに輝いた。


「なんですかこれ、なんですかこれ!」

「コンパウンドボウだよ。オリンピックみたいな競技でも使われるやつ。ただし、日本だと狩猟用には認められていないからな」


 だから俺はライフルを持ち歩いているし、あっちのほうがズドンと撃てて気持ちいい。年に一回、審査されるのがめんどいくらいだ。


 俺が言うまでもないが、こいつは近代の技術力によって生みだされたまったく新しい弓だ。


 矢の射出速度と飛距離は、昔から弦の張力が重要とされている。だから多大な腕力が求められていたのだが、近代になるとさながらピタゴラスイッチのように力学計算されて、コンパクトであり、かつ非力な者でも扱えるようになった。


 手に持つとその軽さにまず驚く。

 続いて弓を引いたとき、イヅノの瞳は見開かれた。


 弓を引き絞り、ぴたっと止める様子をみんなもテレビで見たことあるよな。

 あのとき、映像では決して伝わらないが、上下の部品がうまいこと力を分散させている。引く力の軽減率が8割以上と聞いたらきっと驚くだろう。


――シャウッ、ざんっ!


 そして放たれた矢の速度は、驚異の秒速百メートル越えだ。秒速60メートルやそこらの原始的な弓矢とはわけが違うよ、君ぃ。相手が美女だからってぼやぼやしていると、まばたきしている間に心臓を射抜かれちゃうからね。物理的に。


 まったくの初体験であるイヅノにとってはたまらなかったらしく、ぶるりと背筋を震わせたと思えば、憑りつかれたように射る、射る、射る。

 精度は徐々に増してきて、面白いように的の中央に矢が集束し始めた。


「歩きながら、その後に走りながら射ってみろ。うまくできたらそのコンパウンドボウをお前にやる」


 これで火がついたのだろう。ふすんと熱っぽい鼻息をひとつ吐き、いままで嫌々やっていた身体測定のときが嘘のように躍動し始める。

 垂れ落ちる汗など気にもせしない様子であり、この日の夕方、コンパウンドボウは正式にイヅノの所有物となった。


 こいつにしては珍しく両手でガッツポーズしていたよ。




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