第7話 田舎のファッションセンター

 がらっ、がらららーっ!


 俺にとってのショッピングは、このようにシャッターを開くところから始まる。


 だって気の利いた店員さんなんていないし、適当に選んだら箱にお金を入れておくという、入店から買い物、そして戸締りまでセットという完全セルフ式なんだ。うーん、地球に優しいったらないね。あ、地球は関係ないか。


 とはいえ今日の俺は一人じゃないので、くるりと振り返ってから声をかける。


「いらっしゃいませ、イヅノ様。ようこそ田舎のファッションセンターへ」

「ちょっ、ちょっと待って。どきどきします。すごく緊張してしまうから、あまり変なことは言わないでくださいまし」


 そう言い、とても大きな胸に手を当てて、すうはあと幾度も深呼吸する様子だ。

 なんとなく分かっていたけど、この子は相当な田舎者だな。元々はオーク族だし、人里に一度も足を踏み入れていないのだから当然といえば当然か。


 ようやく落ち着いたらしく、彼女はシャッターから一歩だけ店内に踏み入る。


 照明なんてないし、光景としては「ゾンビ物の映画で入店したシーン」という殺伐とした感じだが、溢れるように置かれた洋服を見て瞳を輝かせる。そしてカツコツと靴音を響かせつつ、わあと小さな歓声を上げていた。


「服がたくさん! 見て、靴までありますよ!」

「まあな、ファッションセンターを舐めたらいかん。好きなのを適当に見繕ろうぜ」


 うわー、めっちゃ可愛い笑顔。

 瞳が線になるほど細めているし、るんるんと浮かれるような足取りだ。


 実際、かなり浮かれていたんだろうな。

 下着やシャツなどを手にして、矢継ぎ早に質問してくるんだ。


 用途だとかサイズだとか、みょんみょんとゴムひもを指で伸ばしつつ聞いてくる。そして選びに選び抜かれたものだけが買い物カゴに山と積まれてゆく。


「あなた、見てください。なかなか良いのではありませんか?」


 そう言い、試着室から出てきた姿に、俺は不覚にもやられてしまったね。すらっとした長い脚を誇張するような短パンと、とてもシンプルな伸縮性の高いシャツ。


 どうやら肌をなるべく出したいらしく、かわいいおへそが丸出しだった。焼けた肌に健康的な腹筋が浮かんでおり、おまけにスタイルがとてもいい。

 まぶしいったらないけれど、冬だということをすっかり忘れちゃったのかな?


 ツンとした大ぶりの胸であり、あれほどまでに形をはっきりされるとたまらんね。思わず手で鼻を押さえてしまうレベル。

 ブラボーと言いたい。田舎のどこにでもあるファッションセンターを舐めていたのは俺自身だった。


「ブラボー! 可愛すぎるぜ、イヅノ!」


 あ、思ったことをそのまま言葉にしちゃった。

 とはいえまんざらではなかったらしく、イヅノは長い黒髪をまるでCMみたいに「ふぁさっ」と手で払う。そして、きりりとしたキメ顔を俺に向けてきた。めっちゃノリノリじゃん。


「ふっふっふっ、私が本気を出せばこんなものです。しかし軽すぎて不安にもなりますね。できれば金属製の鎧も欲しいところです」

「あー、あと斧ね。長柄の斧がいいんだっけ」

「ですね! 山であなたに壊されてしまいましたし」


 そうそう、俺が叩き切っちゃったんだ。

 まだ車の荷台に載せてあるけど、修理にはだいぶかかりそうだった。とはいえ重量も凄いので、壊れていなくても彼女に扱えるかは分からない。


「壊したお詫びもかねて、今日は好きなのを選んでよ」

「そうしましょう。詫びの言葉は好きではありませんし、あなたを責めたいとも思いませんから」


 この子、野蛮だし乱暴者ではあるけれど、きちんとした性格でもあるんだよなぁ。ある意味で俺と似ているというか、一緒にいて気苦労しなそうだなって思うよ。

 

 そう考えていたとき、遠くからぴょこんとイヅノの顔が現れた。目が赤いからウサギさんみたいで可愛いね。


「あなた、こちらに来てください! とんでもないものが売られていますよ!」


 おーおー、騒がしいねえ。

 赤い瞳がきらきらに輝いているし、ショッピングを満喫している感じだから、俺もついニヤけてしまう。


 どれどれと近づいてみると、待ちわびていたらしい彼女からグイと袖を引かれた。




 助手席に腰掛ける彼女は、にっこにこである。

 思わず俺までつられてしまいそうな笑顔であり、その彼女は先ほどお店で買ったものを、しきりに指で触れていた。


 買ったものとはつまり、金属製のアクセサリーだ。

 大して高くない金色のそれが彼女の髪をさりげなく飾っており、浅黒い肌のせいかクレオパトラを連想する。あいにくと鼻はしっかりと高い。


「素晴らしい品ですね。言うまでもなくアクセサリーとは成功者の象徴であり、私がいかに裕福であるかを示します。つまりは野山をぶざまに駆け回っているオークどもとはわけが違うということです」

「お、おお……。なんというか、同族相手でも対抗心が凄いんだな」


 呆れてそう言ったのだが、むふーっと満足げな息を彼女は吐く。

 言っておくけどさ、それ数千円ぽっちの安物だぞ。金メッキというものを知らんのかね。


 などと思いはするが、こちらを見つめてくる赤い瞳は「分かっていないですね」と言いたげで、その指についた金色のアクセサリーをきらりと輝かせていた。


「勿論です。不覚にも私はあなたと契約してしまいましたが、決して悪いことばかりではありません。楽しいと思うことこそが大事なのです」


 そう言い、彼女の笑顔はさらに近づく。そして視界いっぱいに笑いかけてきた。


「できれば、あなたも同じように思って欲しいですね」


 ちょっとちょっと、可愛すぎませんか、このオーク。

 ずっといい匂いがするし、でれっと鼻の下が伸びかねないよぉ。


 大して舗装されていない道はがたがたしているし、荷台にはでっかい熊の死骸がある。

 とはいえ楽しめていないはずがなく、平然とした声で返事できるようになるまで、俺はしばし落ち着かなければならなかった。

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