第6話 ここが我が家です

 薪割りに使う丸太の周りで、コッコッコと鳴いて歩き回る鶏。

 一人で住むには十分すぎる広さの古びた平屋。

 いかにも趣味でやってますという小じんまりとした畑。


 先ほどまで乗っていた車を納屋に停めて、彼女……イヅノに案内したのはごくごく平凡な農家である。もちろん嫁などいない。


 彼女はそれを物珍しそうに見ており、きょろきょろするたびに腰まである長い黒髪を左右に揺らしていた。


「見たところ衣食住がきちんとしています。あなた、めちゃくちゃな性格に見えて、割とまともな生活をしているのですね」

「まあな。早寝早起き、そして適度な運動も守ってる……って、言うほどめちゃくちゃに見えるのかなぁ」


 ついでだし鶏用の餌をやろうとすると、ココココと鳴きながら大量についてくる。鶏小屋にある餌箱の土を払い、水を足し、最後に餌を入れるや我先にと頭を突っ込んできた。


 じいっとすぐ近くで見つめてくるイヅノに気づき、とある物を俺は手渡す。


「これは?」

「ただの煮干し。これを持って『良し』って言ってみ」


 あ、俺が言っちゃった。きらんと眼光を輝かせて振り向いたのは雌鶏で、ものすごい勢いで駆けてくる。そして腰が引けたイヅノの持つ煮干しを掻っ攫っていった。


「ははは、驚かせて悪いな。卵をたくさん産むせいか、こいつらはいつもカルシウムに飢えているんだ」


 ぱちくりと瞳を丸くしている様子がおかしくってさ、思わず俺は笑ってしまった。

 もう一回やってみる? そう言うように別の煮干しを見せてみると、イヅノはわずかに頬を赤らめながら受け取った。ゆるんだ口元を見るに、どうやら楽しかったらしい。


「よ、良しっ!」


 餌の奪い合いをしていた鶏たちがまた一斉に振り向く。飛べないくせに羽ばたき、少しでもスピードをつけて迫りくる様は、彼女にとって新鮮だったようだ。

 怖がらせてしまったかなと思ったが、振り向く彼女の顔は輝いていた。


「あなた、見ましたか! すごい速さでしたね! 余程の好物に違いありません。ニボシというものは、もっとありますか?」


 餌をもらえなかった鶏たちが、クックッと鳴きながらイヅノの周りでウロついている。それを見てイヅノは「おかわり」を求めたのだろう。

 彼女と鶏たちが一斉に俺を見つめてくるものだから、あらー、なんだか可愛いね、と思ってしまう。


「あるよ、たんまりと。だけどその前に家を案内したい」


 ちょっとは機嫌が直ってくれたのかな。ついてくるイヅノの足取りが少しだけ軽く見えるし、戸口を通り、辺りをきょろきょろと見まわしていた。


 安物の作業着姿のイヅノは、俺の説明をちゃんと聞く。じーっと俺を見て、言葉をきちんと理解してからうなづくような生真面目さがあるらしい。めんどくさがりな俺とは真逆だね。


 靴をきちんと揃えて、スリッパに履き替えて、長廊下を歩くときにはあれこれと質問してくる。


「小さな部屋がいくつもありますね。違いはあるのですか?」

「ここはお勝手。料理を作る場所だ。あっちがのんびりと休むための場所。そしてここが寝室。ああ、イヅノの布団も用意しなきゃな。ついでに服もか」


 このあたりは避難区域なので人はいない。

 だけど俺みたいに残っている自警団のために物が置かれており、代金をちゃんと入れておけば文句は言われないんだ。

 もちろん新鮮な食料は自分たちで遠出しなきゃ手に入らないが、大して不便とは思っていない。ネットも使えるしさ。


 そう考えていたとき、イヅノがついてこないことに気づく。どうやら寝室をじいっと眺めていたらしく、その背中に「どうした?」と問いかけてみる。


「ひゃいっ! いっ、いえ、別に! 次はどこを案内してくれるのですか?」

「? ああ、次は風呂場だな。あとで服を買ってから入浴してみるといい。オークだから慣れてないかもしれないけど、なかなか気持ちいいぞ」


 古びているし薄暗い家を案内するのは少しだけ気が引けたけど、イヅノはふんふんと興味深そうに見つめている。


 目つきがキツめだけど、そんな様子を見ていると気の強いお嬢様という感じが漂う。ただし、間違っても人間ではない。くるりと振り向く彼女が口にしたこともそれを裏づけていた。


「得物も用意できます?」

「ん、得物って?」

「こうやって振り回せるくらい長めの柄がついた斧がいいです。私は腕力でやや劣っていますから」


 目には見えない棒を、ブンと振り回すような仕草だった。

 遠心力を巧みに使いこなす様子がそれだけではっきりと分かったし、そこいらの男など簡単になぎ払えるくらいの実力者であることも分かった。


「あー、そこまでのやつなら特注だ。明日、鍛冶屋の爺さんにでも聞いてみるか」


 そう口にして、はたと気づく。

 この子、いつまで家にいる気かな?

 口ぶりとしては、ずっといそうな感じなんだけど……。


「今夜は泊っていく?」

「? ええ、もちろん」

「明日とか明後日は?」

「? ええ、お邪魔でなければ、ずっとここに寝泊りしますが?」


 ……マジかよ。

 さも当然と言わんばかりの口ぶりだが、俺みたいな男と一緒にいて嫌じゃないのかな。


 そういえば気になっていたんだけど、車中で「これから長いつき合いになる」と言っていたよな。あれってどういう意味なんだろう。なんのこっちゃと思って、軽くスルーしてたんだよね。


 んー、まあいいか。

 寝るところにもどうせ困っているだろうし、このまま外に放り出すのも可哀そうだ。


「んじゃ、説明は終わったし、さっさと買い物に行こう」

「いいですね。私、以前から人里のお店に興味がありましたし」

「へえ、そうだったんだ。にこにこ笑って、手でも振りながら近づいたら、割と平気な気もするけどな」


 すぐ隣を歩いていた彼女から、じとりと恨めしそうな目で睨まれた。くっ、これだけ近いと美人面に眩暈がする。もうちょっと離れてくんないかなぁ。


「それは人と同じ見た目でなければ成り立ちません。まあ、不覚にも私はそうなってしまいましたが……。しかし、毒を食らうならば皿まで。虎穴に入らずんば虎子を得ずとも言います。ここは前向きに受け止めましょう」

「お前って、わりと古臭い言いかたするのな。痛っ、足を踏まないでくださいます?」


 このやりとりで「イチャイチャしやがって」とか思った?

 思ったらアウトだよ。だって床がミシッと鳴るほどの脚力だし、常人だったらまず骨折コースだから。

 俺? 俺はまあ山で鍛えているから大丈夫だけど。


 まあ、そんなこんなで家についてわずか30分ほどで、また俺たちはドライブを始めたわけだ。おっと、荷台に熊ちゃんを載せてるのすっかり忘れていた……って、まあどうでもいいか。どうせ誰もいないんだし。


 とはいえ、この子は熊の死骸になどまったくビビらない。ちらっと荷台を見つめたときには「肥えていて美味しそうですね」とでも考えていそうな表情を浮かべていたよ。


 やっぱりオークってヤバいわ。

 まあ、確かに美味そうではあるけどさ。

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