第3話 オーク族と熊ちゃん
どさっと車の荷台に放ったのは、数体のゴブリンだった。
こいつらはすばしっこいけど、ガキみたいに身体が貧弱だからさ、散弾でも致命傷にできるんだよね。
そのぶん当てやすいし、さほど大変な仕事ではない。大変じゃないが……この絵面はヤバい。
遠目だと人みたいに見えるせいで、ちょっとした殺人鬼に見られかねないしさ。おまわりさん、あいつですと通報されても驚かない。まあ、おまわりさんなんてこんな僻地にいないけど。
しかめっつらで、俺は汚れた手をパンパンとはたいた。
「ったく、手間かけさせやがって。埋める身にもなってくれよな。えーと、こいつらの報奨金は、と」
ん、総額で見るとまずまずだ。短時間でこれだけの稼ぎになれば十分だろう。一発あたり千円ほどの出費があろうとも、俺の腕ならばまず外さないのでかなりの黒字だ。
などと収支計算しつつ写真撮影をピピッと済ませる。
こういう風に討伐した獲物の資料作成、それから埋葬するところまでが俺の仕事だ。おっと、入金確認も大事な仕事だった。
「都内じゃここまで稼げないだろうな。それもこれも、狩猟協会が用意してくれたこの電子機器のおかげだ」
大きさはスマホくらいかな。それを横にして、バンドで腕に巻いているような感じだ。
その画面に「処理中」という文字、そしてピッという音のあとに「完了」と表示される。
すごいよね、これで資料データが完成して、あとは送信ボタンを押すだけというお手軽さだよ、君ぃ。
役所に受理されなかったときだけは面倒だが、基本的には入金まで自動で完了するのがね、マジで素晴らしいったらない。
「帳簿作りまでしてくれるもんな。こういう定型的な業務をやらせたらAIが一番だ」
税金関係の面倒くささについては、思うことや言いたいことがたくさんある。それこそ山のように。嫌がらせかと思うほど形式を毎年ちょっとだけ変えるところとかな。
しかし大人である俺は、グッとこらえて文句など決して口にしないぞ。タヒねよと意味の分からない言葉をつぶやくくらいだ。
「よし、これでだいたい済んだな。午後は適当に訓練でもして……ん?」
チチッと腕時計が明滅する。
メールみたいにあまり急いでいないことは、こうしてさりげなく知らせてくれるんだ。
「えーと、なになに、県道沿いの山奥に、オーク族の目撃情報あり?」
おっと、物騒な情報だ。
ニュースサイトの記事によると、なんでもこの付近まで魔物が近づいているらしい。しかも怪力を誇るオーク族だ。
せっかくの大物であるのだし、いつもならばルンルンと鼻歌混じりで狩りに向かっているところだが、とある一文が映し出されて俺の顔は曇った。
「うげ、報奨金がまだ設定されていないのか。銃が使えないのは厄介だぞ」
俺は単なる猟師であり、ここは銃規制のある日本だ。好きなようにドンパチ撃てるわけじゃない。
そのため「あいつは撃っていいですよ」と国から言われない限り、絶対に発砲できないんだ。
また、国でいちいち魔物の討伐管理などしていられないので、そこは狩猟協会が一任というか下請けされている。しっかり中抜きしたあとで。
このあたりが実にめんどいけどさ、狩猟協会は割と俺たちに優しいんだ。一緒に働いている仲間意識みたいなのを感じる。
だからうっかり間違って発砲したとしても大して叱られないというルーズさがあるんだけど、もちろん人を撃ったら厳罰どころじゃ済まないぞ。
「んー、放っておくわけにもいかないし、となるとこいつの出番かな」
そう呟き、荷台に置いていた無骨な鉈を手に取る。
タダ働きは好きじゃないが、爺さんの山に土足で踏み入るようであれば絶対に許さん。
もしもオーク族が回れ右するようだったら見逃してやるつもりだが……と考えていたところで、ビーッと警告音が鳴る。山の周辺に設置したセンサーがなにかを感知したらしい。
次いで「オーク族」という表示が映し出された。
「ならしょうがない、やるか」
平然とした声でそう呟き、さっさと俺は歩き出す。
気は乗らないが、爺さんの山に侵入した不届き者を追うとしよう。運が良ければ途中で発砲許可が下りるかもしれないしな。
そう決意して、先ほどの鉈を腰に吊り下げた。
§
鬱蒼とした木々に俺は囲まれている。
時刻は間もなくお昼を迎えるころだろうか。
葉についた水滴のせいで靴はだいぶ濡れており、ふうふうと吐く息は白い。すでに一時間ほど急勾配の山を歩き続けていた。
あーあ、冬って嫌いなんだよね。寒いし、寒いし、クソ寒い。そりゃあ歩き続けているせいで身体は温かいけどさ、手足の先っぽはそうもいかんって。
もっといい靴と手袋が欲しいなと思いつつ、俺は腕時計にちらりと目を向けた。
ド田舎の山だし、ネット回線などつながっているわけがない……などということはなく、辺りの地図、捜索し終わった範囲、それと目撃情報の数々がモニターに映し出された。
まあ、そこそこの金はあるんだし、防衛設備にも投資しないとね。
うちは田舎っぽい木造の家だけど、サーバールームをきちんと完備してある。さらに金をかけて、詳細な位置情報まで分かるようにしてもいい。
「ん、やっぱり新しい情報はないか。たぶんこいつが単体のせいだろうな。警戒レベルが低いんだ」
警察や自衛隊、それに俺みたいな駆除専門家もがんばってはいるが、人手には限度というものがある。ほとんど人の住んでいない地域はどうしても後回しにされてしまうのは困りものだ。
こういう風に、この現代日本にオークとか妖精とかドラゴンなどというおかしな連中が現れるようになった。
噂ではどこぞの国で大掛かりな実験をした結果、よく分からん世界と繋がったらしいけど、本当かどうかは俺にも分からん。
それ以来、モンスターどもとの大規模な戦争が……とはならなかった。
まあね、銃やらミサイルやら持っている人類がだよ、負けるどころか苦戦するはずもないよね。害虫を駆除するように、あっけなく倒してしまった。
「だけど、いつまで経っても元に戻らない」
冷たい水筒の水をゴクリと飲み、俺はそんなひとりごとを漏らす。
山などに隠れ住んでいる魔物は数を増しており、今の軍事力でも「現状維持」までが精いっぱいだ。
先ほど言ったように、ここみたいな人の少ないところは特にひどい。安全な地域まで避難させたほうが早いという状況にまでなっている。
「俺にとってはいい稼ぎになるが、早いとこオークを見つけないと面倒なことに……ん?」
ぴたりと足を止めて、俺はしばし急勾配の先を見つめる。
そのまま息を殺して待ち続けると、かすかに草の立てる音がした。続けて獣らしき声も響く。
「……熊だ」
うっすらと冷や汗をかき、俺はそう漏らした。
このあたりの熊はヤバい。なぜか最近になって巨大化する奴らが出てきて、ときどき里まで下りてくる。
よく分からんオークなんかよりも熊のほうが厄介だ。
そう思いつつ俺は背負っていたケースを肩から外す。ジーッとジッパーを下ろすと、武骨なフォルムの猟銃が現れる。
先ほど何発か撃っているので、うっすらと硝煙の匂いが漂った。
「うへへ、熊ならこいつの出番だぜ。ひょー、早く撃ちてぇ! もう我慢できない!」
舌なめずりしつつガショッと装填しているが、別に俺は危ない奴じゃない。
代々受け継いでいる山を大事に守っている職人であり、広義の意味では住民ならびに日本を守っている正義の味方ということになるのではなかろうか。
よーし、ズドンと撃とうぜ! 合法的に!
そう思い、ニコニコしながら駆けだすと、俺の鍛えに鍛えた下半身が躍動する。
伊達にガキのころから山を走り回っていたわけじゃないからね。欠かさず運動するし、ついでに合気道やら剣道なども身につけているけれど、これは単に爺さんからシゴかれただけに過ぎない。
トッと兎が駆けたような音をかすかに残して、俺は樹木を蹴り、そのまま枝に立つ。
ね、すごいでしょ、俺の運動神経の素晴らしさったらないね。
目を細めて、じぃぃっとなるべく広く、そして遠くまで見渡す。
急勾配を登り終えた先はなだらかな斜面となっており、ふもとにある村まで見て取れる。いかにも日常的な光景だけど、そこには車が一台も走っていない。
……気のせいだった?
いや、いた。あそこだ。
ズシッと震える大木と、その周囲で飛び立つ鳥が見えた。木々のあいだには熊の姿も。
だけど、うーん、遠いなぁ。
俺がたどり着くころには熊も移動していそうだし、と思っていたときに、ギャオオという獣の声がまた聞こえた。
「んー? なにかと戦ってる? あの化け物とまともに戦える奴なんて……あっ、まさかオークか!?」
こうしちゃいられねえ!
ダッと駆けだしたいところだが、あー、でもなー、あのオーク相手だと発砲がまだ認められていないんだよなー! くそー、頭のお堅い狩猟協会めー!
んんんんんん、しゃーない! 熊ならズドン、オークなら鉈とかでどうにか倒そう! そんでいつかキャバクラのお姉ちゃんとかに自慢しよう!
そう決めて、俺は素早く移動を開始するのだった。
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