第2話 魔物を狩る簡単なお仕事です

 表札に「国東くにさき」と書かれた玄関の戸をがらがらと閉めて、俺は外に出る。


 11月の早朝とあって肌寒い。はーっくし、とくしゃみをしてもおかしくない。

 はて、温暖化が進んでいるという話はどこに消えてしまったのだろうか。


 見上げれば雲の切れ間からわずかに青空が覗いており、うーん、午後あたりは晴れるかなぁ、などと思いつつ帽子のつばに指をかけた。


 帽子といい、肩に引っ下げた鞄といい、どこか釣り人として思われそうな恰好だろう。しかし鞄の中身は5キロ近くあって、ずしりと重い。


 あとで見せるけどさ、うへへ、これはマジでかっちょええよ。上下二連装式の狩猟銃なんだよね。

 もちろん違法所持なんかじゃないし、許可証だってちゃんとあるんだぜ。


 すたすた納屋まで歩いてゆくと、まあまあでかいランクルが待っている。もちろん4WDのハイパワーではあるのだが、大きな荷台を取りつけているため車内スペースは狭い。


 ごついし強いしどんな悪路もガンガン走るけどさ、ガソリンもガンガン減るのよね。だから隣にある軽自動車のほうがたくさん乗っている。悲しいけど、それが現実。大は小を兼ねない。


「あら、国東君」


 物思いにふけっていたせいだろうか。声をかけられるまで人がいることに気づけなかった。

 振り返るとそこにはジャージ姿で、黒髪を後ろにまとめる女性がいた。


 くっきりとしたふたえの瞳、スッと伸びた形の良い鼻、そして雪国育ちらしい色白な肌との組み合わせによって、そこはかとなく東洋の神秘性がにじみ出ている。


 だいぶ走ったらしく汗を流しているけどさ、まあお綺麗ですよ。かっこいい女性って感じ。


 俺より2つほど年上で、俺が小学生のころは登校時の引率をしてくれていた。

 近所にある鍛冶師の娘さんということで、ちょくちょく顔を合わせてはいたのだが、しかし最近は忙しかったからご無沙汰でもある。


「お、舞鶴まいづるさん、朝からジョギング?」

「うん、まあ、ついでに君が生きているか様子を見に、ね」


 軽いジョークのつもりだったのだろうか。にこりと笑い、そう言われた。


 この整った顔立ちだ。小さいころはめちゃくちゃ可愛かっただろうなと思うし、実際に可愛かった。

 なぜそんなことを知っているのかというと、小学生のころからの顔なじみだからだ。


「やだなぁ、死んでないですよ」

「見ればわかるわ。お爺様が亡くなられて、伸び伸びと過ごしているようね」

「えっ、そんな罰当たりな表情になってました?」


 蔑むように、じいと見つめられたが……。

 なんかおっかないっすね。顔なじみなぶん、こういうときに遠慮がなくなるんだよな。


「あなた、小学生のころに書いた作文を覚えている?」

「え、どの作文だろう」

「大人になったときの夢、というやつ」


 いや、ぜんぜん。

 小学生のころの作文を覚えているやつなんて、この世にいるのかよ。


 田舎あるあるというか、あまりにも少人数だったから学年が違っても彼女と同じ教室だったんだよね。


「へえ、どんなのでした?」


 舞鶴さんは猫みたいに真っすぐ見つめてくる人で、コホンと咳ばらいするときもやはり瞳をまったく逸らさなかった。


「僕の夢は、あの山をキャンプ場にすることです。大人も子供も楽しめて、そのお礼に僕はたくさんのお金をもらいます。そうしてずっと楽しく暮らしたいです」


 うわぁ、つらつらと朗読されちゃったよ。

 舞鶴さんは優しい人なんだけどさ、このときばかりは瞳が凍てつくように冷たかった。


「教室であなたの口からそう聞いたとき、ぎょっとしたわ。お爺様の遺された大事な山に、よくもまあひどいことを言えたものね」

「い、いや、子供の考えることだからさ」


 そう答えつつも「ふむ、キャンプ場か、悪くないな」と考える俺がいた。


「……いま、あなたがどんなことを考えているか、当ててみせましょうか?」

「いやー、うーん、それよりもほら、見ての通りこれから山で仕事しますので、ちょっとだけ忙しいかなぁ」


 慌ててそう答えると、舞鶴さんは鼻息をふんとひとつ吐いた。


「ならいいわ。たまには連絡なさい。大して心配はしていないけれど、いざという時には私も手助けするから」

「うん、ありがとう。舞鶴さんがそう言ってくれると心強いね」


 俺たちの会話を聞く人がいたら「なんのこっちゃ」と思うかもしれない。ごく普通の日常会話とはちょっとだけ違ったもんね。


 とはいえ俺にとっては当たり前のことであり、バイバイと手を振ってからさっそく仕事にとりかかることにした。


「うし、今日も一日がんばりますか」


 そうつぶやいて俺はエンジンをかける。

 力強い振動を感じつつ、車はゆっくりと路上に出た。


 ふんふんと鼻歌を漏らすなか、通り過ぎてゆく光景がだいぶ荒れていることにはお気づきだろうか。


 斜めになった電柱、伸び放題の草、割れたアスファルト、錆の浮いた自動販売機、などなど、とてもじゃないけど文明社会とは思えない。終末世界ディストピアと揶揄されてもおかしくないよね。


 とはいえ文明が滅んだわけじゃないぞ。ちょっと車を走らせれば繁華街が待っているしな。ただ単に、この辺りが無人というだけなんだ。


 何年前だったかなぁ。魔物が出てきて危ないっていうんで、避難区域に指定されちゃってさ、この小さな村から次々と人が去ったんだわ。

 残っている数人は、俺や舞鶴さんみたいな変わり者ばかりじゃないかなぁ。


「あーあ、こんなことなら爺さんの山を譲り受けなければ良かったぜ」


 などと後悔しても始まらないが、皆が避難したあとも遺言通りに山を守り続けている。

 こうして俺は半ば孤立した生活を送っているわけだ。


 山を継ぐと面倒なことになるという話はたまに聞くけれど、まさかこの俺が当事者になるとはね。トホホ。


 ただ、まあ、嫌なことばかりじゃないぞ。

 

 ピピッという電子音が響く。

 腕時計に目をやると「ゴブリン族」という文字が表示される。

 スマホくらいの大きさであるそれに、おおよその距離、数、そして危険度などまで表示されていたようだが、大して見ずに俺はさっさと車を停めた。


 すう、ふう。

 吐き出す息は白かった。


 膝立ちになり、銃を構える。銃身の金属面には細かな飾りが刻まれており、これがまた惚れ惚れするほどかっこいい。


 上下二連装式の銃は、なななんと世界のブランドであるメイドインジャパン……と称賛するのは時代的にちょっと古いのかなぁ。


 でも職人さんが見せてくれる異常なまでのこだわりが好きだから、俺はなるべく国産品を選んでいる。

 無論、これの剛性と精度は半端ない。一万発撃っても壊れないと賞賛されるだけのことはある。


 ーーどぱオッッ、オンッ、オン……!


 山にこだまする音を聞きながら俺は立ち上がる。

 銃を手にしたまましばらく歩くと、醜い人型の魔物が転がっていた。


「うん、即死だ。魔物とはいえ苦しませると可哀想だしな」


 ナンマンダブとつぶやいたとき、ピピッとまた電子音が鳴る。


 最近の腕時計は高性能でさ、いろんな機能があるんだわ。さっきみたいに敵の出現を教えてくれるし、今回は液晶画面に数字が表示されていた。


「うわ、報奨金5千円かよ。役所の連中、またずいぶんと値下げしやがったな。これじゃあガソリン代の足しにしかならないんだけどー?」


 こらこら、いい加減な仕事をするんじゃねーよ。善良な市民様をこうして守っているんだろうが。


 そう苛立ちつつ腕時計をトントン叩くと、近くに潜んでいる他の奴らが表示された。


「ひいふうみい……、んー、これだけいれば、まあいいか。質より量で稼ぐのはあんまり好きじゃないけどさ。できれば大物をドカンと仕留めたいよね」

 

 やっぱり最近の電子機器は高性能だなと思うよ。

 機械が「実りある狩猟グッドハンティングをお祈りいたします」という音声を発するくらいだからな。昔だったら考えらんないよね。


 そう思いつつ、俺は幾つかの薬きょうをポーチから取り出した。

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