オークの雌~田舎でまったり魔物狩猟していた俺に他種族交配◎なオーク族の嫁が来た~

まきしま鈴木@アニメ化決定

第1話 オークの雌

 グウウウウ……!

  アアアアア……!


 地響きのような咆哮に、俺はしばし唖然とした。


 ここはどこかの洞窟なのだろうか。

 かがり火がゴウゴウ燃えて岩肌を照らしているが、まったく見覚えのない景色だ。


 そして目の前に這いつくばる醜い生き物、こいつはなんだ?


 うなだれているから顔は見えないが、褐色の肌はぶよぶよとしており、かろうじてボロ布によって隠されている。


 見たところどうやら雌のようだが、半裸の姿を見てもまったく嬉しいと思わない。というか、これで喜ぶやつなんていないだろう? オエエと吐き出したい気持ちでいっぱいだ。

 

 混乱しきっていたせいか、ふうふうと荒い息を吐いていることに気づく。

 そんな俺の前で、化け物はゆっくりと顔を上げてきた。


「まず、い……!」


 えっ?

 聞き取りづらかったが、いまこいつは日本語を話さなかったか?


 もしかしたら俺よりも驚いたのかもしれない。目を見開き、己の口をパシッと手で覆う様子でそう感じた。


 そして化け物はゆっくりとうなだれてゆく。そして全身が多量の汗にまみれるほど激しく悶えだす。

 オオオという地鳴りのような慟哭が辺りに響いた。


 これは、夢でも見ているのだろうか。

 ダンと両手で地面をついたそいつの身体が変わってゆく。


 骨格が歪み、浅黒い皮膚が大きく波打っている様子にまず驚く。

 人のような背格好となり、豊満な乳房に見惚れる間もない。今度は長い黒髪がぞろりと生えてきやがった。

 なにが起きているんだ、これは!


「こっ、こんなっ、こんな人間などに私が……!」


 うおっ、響く声はもう完全に女のものだぞ。


 名も知らぬ女……いや、オークの雌はすっくと起き上がる。その健康的な褐色の身体を隠すそぶりもなく、また瞳は血のように赤い。だが、恐ろしいと思うには、女の顔はあまりにも美しすぎた。


 二重の瞳はやや吊りぎみで、気の強そうな印象を与えてくる。それでいてまばたきするだけで音がしそうなほどまつげが濃く、また瞳は大きい。


 スッと通った鼻筋は整っており、その下にある忌々しそうに歪む唇には、光沢を浮かせるほどの艶がある。


 そして長く垂れた髪は、星が瞬く夜空のような色だった。

 揃えられた前髪には気品さえ感じられるし、また幻想的な輝きを秘めているのだから驚きだ。


「……ッ!」


 己の手足を眺めたオーク族の雌は、キッと目つきを鋭くさせる。


 おそらくは俺と同じくらいの背丈だろう。

 ズカズカと大股で近づき、そしてなぜか俺の肩をわしづかみにしてくる。

 見た目よりもずっと力があるのか、大した抵抗もできぬままズシャッと地面に押し倒されてしまった。


「てっ! なにすんだよ……って、なんで俺も裸なんだ!?」


 嘘だろ? さっきまで服を着ていたじゃん!?

 などと混乱したせいで、ごく当たり前のようにまたがってくる魔物を止めることはできなかった。

 頭上にいる彼女は、ひとつ小首を傾げてきた。


 褐色の肌、そして黒髪は、元のオーク族と変わらない色だ。

 だが、またがってきた身体はなまめかしく、密着した肌からはどこか吸いつくようなキメの細かさが伝わってくる。

 それだけでなく、香油を塗ったような光沢があるから目のやり場に困ってしまう。


 ぎゅっと反則級にくびれた腰を捻じられると、たったそれだけで俺の身動きは封じられてしまった。

 そして頭上から美しい雌の声が響く。


「聞きなさい。これは私の意思ではありません。オーク族としての血が、あなたを強い雄だと認めてしまったせいです」


 眉間に小さな皺を浮かべてそう言う様子に、この事態は彼女が望んだものではないと分かった。


「オーク族である私は、エルフ族を除いたすべての種族と混じることが可能です。強くあろうとする血によって、私のような上位種は、相手に合わせた姿かたちとなります」


 思わず彼女の腕を掴んだが、掴み返してきた彼女の手によってベリッと引き剥がされる。

 なんという怪力だと呻く間もない。上から膝が乗ってきて、俺の腕は完全に固定された。


「協力なさい、人間。このまま本契約を結べば大変なことになってしまいます」

「本契約? 大変なことってなんだ? 俺はなにをすればいい!?」

「力づくで跳ね除けるのです。すでに私の身体は、己の意思通りに動かせません。だから、その……」


 そう言い、なぜか彼女は口ごもる。

 ハテナと首をかしげる俺の前で、戸惑っているかのように彼女の赤い瞳は左右に揺れた。


 そして「己の意思通りに動かせない」と言ったばかりなのに、己の頬に手を置いて、いやんいやんとばかりに身じろぎするのだが……?


「く、口づけの儀式みたいな恥ずかしいことは、もっと大人になってからでもいいのかなぁーって」


 えっ、なんですかその乙女みたいな反応は。

 たくさん汗が流れているし、顔なんてもう真っ赤ですよ。あなた本当に上位オーク族なんですか?


 しかし、そんなことを思っているあいだに彼女の瞳は見開かれる。


「きゃあああっ! 待って、待って!」


 先ほど己の意思通りに動かせないと言っていたが、そのせいだろうか。まるで誰かから背を押されたように、ぐんっと彼女の顔が近づいてきた。

 

 惚れ惚れするほど美しい顔を悲鳴混じりにさせて、互いの息が届くほどの近さとなる。

 互いの肌が触れあったその瞬間、ドクッと俺の胸が鳴った。


 うおお、近いし可愛いし、彼女のドキドキが直に伝わってくるんだけど!


 えっ、なんで上目遣いでちらちら見つめてくるの?

 まんざらでもないっていうか、恋する乙女みたいな目つきになってますよ?


 そして、じっと俺を見つめながら、ゆっくりと唇を近づけてくる様子であることに、思わず突っ込んでしまった。


「あのさ、本気で嫌がってる?」


 近づきつつある唇をピタッと止めて、彼女の瞳は見開かれる。すいっと反対側に瞳を逸らされてしまったが、心の動揺は見て取れた。


「えっ、もっ、もちろんですよ? 出会ったばかりの人間を好きになるだとか、儀式しても別にいいかなーなどと、上位オーク族であるこの私が思うわけありません」


 わーっと言われた。

 すごい勢いだったし、大きく口を開いたせいで八重歯も覗いた。

 

 これさあ、どう反応していいかわっかんねえや。

 すぐ近くにある唇が「分かりましたね」と囁いてくるし、女の子の匂いがすごく漂っているんだ。反論なんてできないよ。


 ごまかせているとでも思ったのだろうか。目をつぶり、言いわけのようなことを彼女は口にし始めた。


「なんといっても上位ですし、英語でいうとグレートです。私の名はイヅノですから、グレート・イヅノと聞けばきっと誰もが震え上がることでしょう。ええ、とても恐ろしい存在なのです」


 震え上がる、かなぁ?

 むしろ応援されちゃうんじゃない?

 がんばえーっ、プリキ〇アーっ、みたいなノリで。


 とはいえ、動揺しまくる彼女のおかげで、こっちはだいぶ冷静になれたかな。


 ときどきちらっと見つめてきて、すぐに目を逸らす様子は「わー、男の人の裸だー」とでも考えているのかもしれない。

 分からんが、この体勢はともかく、互いの立場が逆転したように思える。おほんと咳払いしてから俺は口を開くことにした。


「本音は?」


 ぎょっと彼女の身体がこわばる。

 両手を胸の上で握るものだから、寄せられた胸が綺麗な線になってしまったことなど決して指摘しないほうが良いだろう。


「えっ……、い、言わないとだめですか?」


 消え入りそうな声でそう呟かれたが、それほどまでに恥ずかしかったのだろうか。みるみるうち目元に涙が溜まってゆく。


 赤く染まった頬といい、びくびく怯える仕草といい、なんでだろうな。つい虐めたくなってしまう。

 もちろん俺は虐めっ子などではないが、彼女はなんとなく虐めて欲しそうな雰囲気を漂わせているように思えた。


「とりあえず参考までに教えてよ。でないと俺もどうしたらいいか分からないし」

「そ、そうですか。ま、まあ、私の本能が強く訴えてくるだけあって、その、逞しい方だと思いますし、この身体になったせいで私の美的感覚もだいぶ変わりましたから」

「から?」

「~~~……っ!」


 ぎゅーっと瞳を閉じたのは、彼女なりのささやかな抵抗だったのだろうか。

 それがなぜか子供みたいな表情だと感じられた。


 ただ、もういいかなって思った。


 抵抗する気持ちなどすっかり失せてしまったし、先ほど彼女が口にした「大変なことになる」という言葉も、いまとなっては好奇心のほうがずっと強い。


 恐ろしさなど微塵も感じられず、むしろこれからどんなことが起こるのだろうと期待してしまうのだ。


 だから己から口を近づけてみせると、彼女もすぐに気づく。

 そして俺の頭の左右に肘を置いて、大事なものを食すときのように、じっくりと時間をかけて近づいてきた。


 はらり、はらりと彼女の長い黒髪が垂れてくる。


 周囲がだんだん陰ってゆき、オークの雌がなぜか「駄目です」とすぐ近くから囁いてくるなかで、俺はどうしてこんなことになったのか、その理由を思い出そうとしていた。


 なぜこうなった?

 俺は何をした?


 はあっという熱っぽい吐息をすぐ近くから浴びるなか、俺はゆっくりと過去のできごとに思いを馳せてゆく。


 そう、あのとき俺は……。

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