解かして合わせろ
「カッフェ?!」
もう帰る流れだと思っていたのに、ノットはそんなことを言った。カッフェって、あの日のカフェに? なぜ? なにを考えているのかやっぱり分からんぞ。
「家に帰っちゃったら、自殺がどうのなんて話できないよ?」
至極真っ当な意見だった。
でもそれはまるで、騙している? まともになると決めたのに、こんな形で隠していいのだろうか。本当は嫌だけど、ノートを全て読んでもらうか? 三年前のそれを……
「どんなことを思っていて、計画していたとしても、家族に全てを打ち明ける必要は無いし、仲間に秘密を晒す必要は無いんだよ? 逆に、仲間だから言いたくないこともあるだろうし、当たり前だけど、今は過去じゃないんだし」
綺麗に、見抜かれた。
「おれ、顔に出るタイプだったか?」
「君はそういうくだらないことを思ってしまう人間だと、僕は知っているのさ」
ほんと、綺麗に理解されている。そうだ、何も全て話す必要は無い。隠し通したっていい。いつも通りを装ったって自由だ。人生っていうのは、小さな汚れやカスみたいなものも付き物なのかもしれない。真っ白になりたくてもなれない、そのもどかしさも、生きているから得る苦悩なんだろう。
理解に固執するのも、歪だ。
この盗聴器を捨てる日が、いつか来る。明日かもしれない、もっと未来かもしれない。この盗聴器は、誰かに虚しさを理解して欲しい俺をよく写していた。
でも今日はいい。
いきなり進まなくても、いい。
そして俺達は、カフェに向かった。
席は、あの時と同じ。何故かメニューまであの日と同じものを頼んでしまった。
「なぁ。関係ないけど、なんであの時一日一善を俺に契約させたんだよ」
「五月病を治したい。の捜索を手伝ってくれるかと思ってね」
成程、そして読み通りお前の手のひらの上で踊っているってことだ。しかも今は自分から踊っている。
「ふうん、なるほど」
そろそろ始まるよというのは……そういう?
「もう一個質問いいか?」
「答えられることなら」
志願者に関係あるものを聞いても、答えてくれるかわかんないけど。そうでもしないと進まないよな。
「志願者をモデルにって言ってたが、つまりお前は志願者に接触したんだよな? どうしてそいつを志願者だって思った?」
「ああ、接触していたよ。というか、作品作りに協力してもらった。面白い自殺がテーマの小説を書きたいからって、取材みたいなことをしたよ」
まさかそこまで答えてくれるとは……ノットは、取材をしていたのか。そりゃあそこまで書けるはずだ。
「思った理由は単純、自殺しかけのところで、死ぬ前にインタビューさせてって延命させたからだよ」
自殺小説のインタビューが自殺者を延命させるって、やるじゃないか!
「だから今、自殺していないのか」
五月という微妙な時期、変だとは思ったがひよってたのか? いやそれも、五月病を治したい。の創作が終わったと思ったら、捜索が始まったから? じゃあ本を見つけたヤヒロは対象外にするべきか? ダメだ。志願者の気持ちはそんな単純なもんじゃない。
「あのさ剣城くん、まだなの?」
ノットは突然に。
「は?」
いや、ずっと前から。
「いやまぁ、君が気づきたくないのもわかるんだけどさ、志願者なんてもう決まってるじゃん?」
その答えを求めた。
つい黙った。何も言えなかった。俺の中で答えは決まっていた。一つだけだった。たった一人だけだった。それこそ唯一人だった。
「剣城くんはさ、負抜けてるんだよ。腑抜けじゃなくて、負けが抜けてる」
信じたくなかった。死にたがっているなんて思いたくもなかった。考えたくなかった。俺にとって、認めることができない事実だった。たった一つの真実は、いつだって俺を困らせ続ける。
「それじゃあもう一つ、君に爆弾を投与するけど」
意固地なもんだ。友達にここまでしてもらわないと、俺は事実を認められない。そんなんだから呪いが生まれたんだろう。母譲りの頑固さだった。
「僕はね、あの物語をハッピーエンドにするつもりだった。でも、志願者がそれを望まなかったから、エンドを変えたんだ」
あの日のことを思い出せ。あんな行動する奴、志願者以外有り得ないだろ。どう考えても、それ以外、有り得ないんだよ!
あの強盗は、本当に偶然だった。協力犯でもなんでもなかった。俺にだけ知られていない真実が、納得できる真実があるんじゃないかって、迷走し続けた。信じ続けた。でもただの偶然だった。
「ずっと前から、そうじゃないかって思ってた」
俺はもう誰も憎くない。
「ただの共感だと思って、異変を無視し続けた」
だから頼む
「志願者は──────」
その名前を、ノットに伝える。
コーヒーが苦かった。俺が子供なのか、嫌な気分だった。
「でも、おれ、納得できねえよ……」
「誰が志願者でも、納得できないだろ?」
ノットの言う通りだ。誰が志願者でも、納得なんてできない。
「それじゃあ、自殺を止める計画を始めよう」
少し前まで死のうとしていたのに。言われるまで気のせいだと思っていたのに。ちょっと前まで絶望していたのに。人生ってのは、何があるか分からない。
こうして俺達の、次の創作が始まった。
「とは言ったものの、計画のけの字も考えていないんだよね」
あそこまで格好つけたのに、まずその計画すら出来上がっていなかった。
「剣城くんみたいに自分から罠にかかってくれるとは限らないし」
嫌な言い方だな。実際まんまと引っかかって、今計画に乗せられているんだが。
「同じタイプとも限らん。ところ構わず死にたいってタイプだったら終わりだぞ」
「ところ構わずってわけじゃないと思うけど、剣城くんほど定めた条件で死のうとはしてないだろうね。明日死んでも驚かないよ」
「それってどうなんだ……?」
結構やばくないか?
「延命自体はできるけど、延命してるだけじゃ殺してるのと変わらないからなぁ」
そうだ。強制的に監視なんてしても、心が死んでたらいつか死ぬ。マヒルくんの作戦は、本当は死にたくない俺だからこそ強烈に効いた。本当に死にたいやつに、あんなの姑息療法としか言えない。勿論、それを見越してだとは思うけど。
「どうすれば……明らかに情報が足りない」
あいつの過去に何かがあったなんて、知らない。いや、心当たりがないことも無い。
「あー」
その心当たりを、一応伝えておいた。
「……調べる必要がある。あと、邪魔されないようにあいつらをどうにかしなきゃな……」
行動制限をつけられたらたまったもんじゃない。
「ていうか、アイツら俺が死ぬ気分じゃなくなりましたって言われても信じるかな、昨日の今日で都合良すぎじゃね?」
俺なら100パー嘘だと思うけど。
「そうなんだよねぇ、全部解決してもその問題が残ったらなぁ」
俺の学校生活に嫌な枷が生まれちまう。
「ちょーぜつ面倒」
つったって自殺しないと信じさせるにはどうすればいいんだよ。どうすりゃ信じる? 証明なんてできないぞ? 時間が解決するだろうけど、それまでがなぁ。あいつらの前で改心したフリでもしてやろうか? 感動シーンを演出するか? そうでもしないと無理だよなぁ、でも騙すなんて非道も非道だ。
「マヒルくんって剣城くんのトラウマ知ってるかな? だったら無理して僕に触ったのを見せる、とか」
「いや、多分トラウマとは思ってないな」
視点を変えよう。ノットが今、俺が死なないと思っている理由は? それは元々死ぬのを望んでいないことを見抜いていたから。生きたいって意志がバレてたからだ。
その意志をマヒルくん達に見せつける必要がある。
見せつける、生きたいという意志……ヤヒロのリストカット授業は、意志を感じた。血を感じた。血は赤いんだと感じた。
あれを再現する必要がある。でも、今の俺の状況を客観的に振り返ってみろ。死にたいって悩みを誰にも打ち明けずに、あんな状況で知られた。友達からすれば、裏切られた気分だったろう。そのショックを上書きできるショック。決定的な裏切りを演出しなければいけない。
一度混乱を起こしてもいい、正常な思考を壊してもいい。
刺激的な圧倒が必須!
「うーん。僕が弁論で黙らせる事はできても不満が残るし、どうしよっかな」
「こっわお前」
スーパー弁論家かよ。
「姑息な僕にはハッピーエンドを作れない。誘導はしても、僕は背中を押すことしかできない。結構、君が頼りかもしれない」
「んなこと言っても、それを利用できりゃいいんだろうけどさぁ」
「なんだよ、主人公みたいなこと言って」
そう言って、ノットはパンケーキの最後の一切れを食べた。
「時間が圧倒的に足りないな。そいつがいつ死ぬか分からないんだし」
「そうなんだよねぇ、明日までは大丈夫だろうけど、その後がちょっとね」
時間は、無い。この時間帯にいるかどうか分からないが、向かう価値はある。カフェに来たのはミスだったかもしれない。
「……行くぞノット」
「えっ? どこに?」
「学校だよ、学校」
「へ?」
会計を済ませて、カフェから出る。意味がわからないという表情のノットに説明もせず、学校へ走り出した。
もう校内に残った生徒はいないので、正門は閉められている。裏門から向かって、職員室に入った。理由は一つ、
「失礼します。2年A組の剣城コウジです。
「おいこら、なんで先生はいらっしゃいますかと言わないんだよ」
と、呼ばれて席を立った安食先生が突っ込む。
「そんなんはいいんすよ」
「先生が良くないんですよ」
ここで遊んでる暇は無い。
「で? 剣城と伊豆は下校完了時刻も過ぎてるのに、どうしたのよ」
安食先生は適当オブ適当な先生である。こいつをノットの弁論で誘導すれば、ボロボロ情報を吐いてくれるに違いない。というか、普通に聞いても言うタイプだ。あんまりよく考えていない。
「窓を割った犯人がわかったんで、はよう仕事を中断して……理科準備室に来てください」
「ん? ああ、まあいいよ」
そう言って、職員室から安食を連れて出る。ノットに働いてもらうので、企んでいることをひそひそと話す。
「確かに安食先生へあの人のことを聞くのはいいね。情報が得れるかもしれない」
「自殺志願の原因が知りたい。家庭環境に何かがあると思う」
「それじゃ、瞬きを送ったらあのことを聞いてね」
許可も得られたので、理科準備室の扉を開けて、ノットへ窓付近まで安食先生を誘導してもらい、俺は扉の前に立つ。
「それで、犯人は誰なんだ?」
さぁ、魅せてくれよ弁論家。
「その前に、その人たちは僕らの友達だし……不確定要素も多いんです。だから、ちょっと質問させてくれません?」
「えぇ? めんどいのはちょっと」
「一番の候補はマヒルくんなんですけど……九さんや早月さんが関わっているかも知れないんですよ」
「早月が?」
早速、会話の主導権を取った。そりゃマヒルくんが割ったんだ! 真実を混ぜ込むことでタチがわりい嘘になる! あの三人が仲良し三人組って印象は担任に強くある。協力する可能性が過ぎる。こいつ、俺の突発的な嘘に乗じて、質問する流れを作った。整合性も取れている。本物の嘘吐きだ……!
「ま、九さんも早月さんも一緒に居たので……実行犯ではないと思うんですけど、最近二人がなにか怪しい動きをしてませんでした?」
「んー、いや、そもそもあんま見れてはないけど、怪しい動きは無い。いやまああるけど」
「?」
「最近、一緒にいるだろ?」
俺達のことだった。
「あー、じゃあ質問を変えますね。あの二人がストレスを貯めるようなこと、ありませんでした?」
「んー、といっても、別に思い当たらない」
誘導をしても、まずこいつの中に情報がないな。意味が無いことをしてしまったかも、と一瞬思ったが……
ノットは、俺に瞬きを送った。
「そういや安食先生、ツララに弟がいること知ってたか?」
2人目の志願者は、早月ツララだ。
「あぁ、会ったことは無かったけど、名前は知ってるよ。早月アマネだろ?」
その、言い方。いや、まだ不確定。もっと踏み込まなければ。
「たしか、中3なんだっけ。気持ちがわかるとは言えないけど、俺にも妹がいるからさ」
多分、この弟は。
「ああ、一年のミユキか」
早月アマネという少年は。
「彼が生きていれば、同級生だったろうからな」
もう、この世にいない。
「悪い、ノット。脱線させたな」
原因を一つ、糸口を一つ。この糸口があれば、答えに辿り着ける。誘導ももう十分だろう。
「でも先生、そういうのちゃんと知ってるんすね。ちょっと見直しましたよ」
「まぁそりゃね、引き取る時に色々知ったし」
その言葉が耳に届いて脳で理解した瞬間、動けなかった。極寒の中で、俺は震えることも出来ず停止していた。停滞していた。そこで止まれと、誰かに言われた。それでも時は動き出して、頭がギギギと回り始める。
「引き取る前に? 引き取るって誰を、知ったってことは、ツララを? なんで?」
「先生と早月は一応親子関係だよ。遠くもない親戚で、アテもなさそうだったから、先生が引き取った」
アテが、ない? それってつまり、両親は?
「は……? いやでも……苗字は? 安食と早月って、てかそれに、そもそもあんた早月って呼んでるし、んな素振り……」
「無理矢理、先生の苗字を語らせるのも妙な話だと思ってね。本人のメンタル面や学業的にも、そっちの方がいいだろうから。早月って苗字で呼ぶのは、前述した理由と同じだよ。素振りなんて見せないさ」
驚くほど冷静な語り口調だった。いつもの安食先生を忘れてしまうほど、凛々しく語った。
「なんでそんなこと、俺たちに」
「言わないだろ? 剣城も伊豆も」
冗談じゃねえ。
こいつ、そんな秘密を俺達に共有したのか? 言わないって理由で? 何を考えている? 先生としてもよく分からなかったのに、親としても分からない。養父だという事実を知って、ますます分からなくなった。何を考えている? あの時どういう気持ちで喋っていたんだ? 疑問が、積もる。でも、そんな疑問、吹き飛んだ。
「先生は親として失格だろうから、剣城と伊豆に、あの子を頼んでもいいかな?」
こいつは、物凄く不器用なやつなんだ。
「先生に親になる決心なんてなかったけど、拾わなきゃどうなるかも分からないって思って拾ったんだ、それくらいあの頃の早月はふと消えそうだったんだ。といっても、ほんの3ヶ月前だけど」
この、親になろうとしている男に嘘を吐いたら、俺は偽物になってしまう。呪いとかそんなのどうでもいい。俺の人間性、人生に関わる問題だ。こいつに正直で居たいって、俺の心が訴えている。叫びが身を滅ぼしても、この意固地がノットを振り回しても、それでも今、後悔したくない。
「先生──────」
生きたいからこそ、俺は、
「窓がどうのというのはあなたを引っ張り出すためだけの嘘です。お願いします、俺に教えてください」
ごめんなノット。俺は卑怯な奴だ。お前を脅そうとしたりマヒルくんをパッションでハブったり、我ながら愚行をしたよ。また付き合ってくれ、俺の愚行に。俺の自己満足に。
「早月ツララに、何があったのか」
頭を下げて、静寂が生まれる。しばらくそれが続く。二人は今、どんな表情をしているだろう。ノットは呆れているだろうか、安食先生は驚いているだろうか。また暫く経って、安食先生は語り出す。
「先生も詳しい事情は知らないから、起こったことだけを伝えるよ」
早月ツララの自殺原因を、ここで知れるかもしれない。
「今から二年前、彼女の実父が癌で逝去した。一年前、彼女の母が過労で。そして今年の二月、彼女の弟が交通事故で逝去した」
揃った。欠けていたパズルが、その機械的な伝達で。豪語だと言われてもいい、気持ちの悪い共感だと思われてもいい、自殺心理だのと言うつもりは無いが、全てが分かってしまった。自殺原因も、何を思って死にたがっているのかも、トラウマも、今気づいたもうひとつのトラウマも。ピッタリ当てはまった。その情報ひとつで揃ってしまった。ただ、自分の中で作り上げた憶測のパズルが、整合性もあって、整合性があればあるほど、自殺という方法に納得せざるを得なかった。その大きな感情を、俺が止められるか。もうひとつのトラウマを、俺は払拭させることができるだろうか。
その思い込みを壊さなければ、彼女の自殺は止まらない。
「もう、だいたいわかりました」
時間が無い。時間が無い。時間が無い。作戦を今から立てなければ、早く帰ってノットと話し込まないと。助けてもらわなきゃ、兄に協力してもらわなきゃ、俺のパズルを念の為、合っているかを確認するために。
「先生。ありがとうございました」
作戦は定まった。あとは、そんな理想的な状況にどこまで近付けられるか。兄の協力が必須だ。学生じゃ、足りない。協力してくれるだろうか、理由を聞かれるだろうか。俺は答えてもいいのか? でも、言えないよな、そんなこと。せめて言うとしても、解決した後じゃないと、駄目な気がする。
「明日俺が何をしても、許してください」
これはとんでもなく荒療治だ。けれど成功すれば、彼女の願望をぶち壊せる。
「うん、いいよ」
がんばらなきゃ──────
精一杯、生きると決めたんだから。
先生に裏門から送られて、伊豆ノットを家まで案内する。
「何か思いついた?」
「ああ、思いついたんだけど、ちょっと待てよ。どう説明していいのか俺も考えてる。上手く纏まったらまた言う」
「了解。行く時言ってね!」
「いま関係なかったろ」
そんな会話をしながらも、思考は明日のことにだけ回っていた。明日、全てが決まる。失敗は許されない、そんなことは有り得ない。任された、やるしかなくなった。疑問はひとつもない、早月ツララは志願者であり、自殺原因は決まっている。
「期待してるよ、剣城くん。さっき言ったけど、僕はやっぱり姑息だからさ」
姑息、姑息ね。オーケイ、ノット。お前はやっぱり俺の親友だよ。お前の姑息療法に対して、
俺は──────
「荒療治、でもいいか?」
伊豆ノットはその台詞を聞いて、
「なんだよ、主人公みたいなこと言って」
本当に楽しそうに、無邪気に笑った。
道中何事もなく、我が家に着いた。誰かを招くのも泊めるのも初めてなので、少し異様な部分があるかもしれないが、そこら辺には目をつぶってもらおう。そう思って、扉を開ける。
「ただいま」
扉を開けた先には、何故か玄関にパーティ用の飾り付けをしている妹と、三角帽子と面白眼鏡をしている兄が居た。ホームパーティでもする気なのか、誰の誕生日だと言うのか。めでたいことなんて、あったか?
「き、来た! コウジの友人だ!」
普段ダウナー……怠けているともとれる態度の兄が、オーバー気味に驚いていた。
友人を招いだから、こうなったらしい。
「……ノット」
同じ困惑を有しているだろう友人に語り掛ける。それは、己のメンタルを保たせるための行動だった。
「我が家へ、ようこそ」
あぁ、うちに来るのがノットで良かった。他の奴だったらもう学校に居れない。
「やぁやぁやぁどうも初めましてこんにちはうちのコウジがお世話になっております兄のユキカズですどうぞよろしく」
めちゃめちゃ早口でノットに近づいてきた! 速い兄貴怖ぇ!
「妹のミユキっす」
妹も流れに乗って自己紹介している。もうこれ逃げ出すんじゃないか?
「あっ……はは……
「おまっ、プレッシャーのせいで偽名使っちゃったじゃん!」
ここまで焦って怯えてるノット初めて見たぞ。うちの家族でこの化け物倒せちゃうぞ?
「なんで友達を泊まらせるくらいでパーティみたいになってんだよ!」
「いやいや、一方的に知ってはいたんだけどね? 家に招いてくれるってなるとまた話が違うんだよ! だってなー! わー!!」
そうだよな! お前は一方的に盗聴で知ってるもんな!
「盛り上がんな! 萎縮しちゃうだろ!」
伊豆ノットが見たことない程、背景に徹している! 気づかれたくない気持ちでいっぱいになっている!
「今後とも兄をよろしくお願いします!」
「ミユキ! お前まで!」
常識人ポジションだと思っていたのに! せめて一回はマヒルくんだけでも家に連れてくるべきだったかな。
「あー、悪いな、ノット。浮かれてるのも最初だけだから、段々慣れると思うわ」
友達の家族って構うにしてももっと大人っぽいもんじゃなかったか……? なんでこんなワクワクドキドキしてるんだよ。彼女でもこうならないだろ。
「あっ、ああ、うん。というか、当然のようにまた来る話してるね、なんか、また来て欲しいみたい」
ちょっとは慣れたみたいで、ノットが微笑んだ。しかし、特に笑う要素は無いが、何が面白かったんだろう。
「ん? また来ねえの?」
「えっ」
来ないんだろうか、それとも次はノットの所に行くって話だろうか。とりあえずは家の中に入ろうと、靴を脱いでわざわざ丁寧に用意されたスリッパを履く。
「あっ、いや」
「早く上がれよ、お前の寝床を確保するぞ」
何をもたもたしているんだ? 俺の兄妹の横を通るのが怖いのかな。
「今のは狡いよ、愚弟よ」
「とても狡いよ、愚兄よ」
「えっ? いきなりなんのキャラ付け?」
なんの事を言ってるのか分からなかったけど、ま、良いことにする。
布団を運んで部屋まで案内し、物を退かして布団を広げる。
「もう広げちゃうの?」
「寝床の確保は早めにしといた方がいいんだよ。あと寝っ転がれる場所はあればあるほどいいからな」
「僕が使うやつだよね? いやまあいいんだけどさあ」
さて、これからどうしようかな。作戦会議をしたいけど、確認と整理がまだできてないんだよな。整理しながら、確認の方を頼まなきゃ。
「まぁ、適度に他人の家だと思ってくつろいでくれ。クローゼットの棚に服があるから、適当に着替えといて」
学ランのまま居座らせるのもあれなので、サイズも問題のない俺の服を貸すことにした。
「そうさせてもらうよ、エロ本探していい?」
「別にいいぞ」
そもそも無いし、電子書籍派だし。
扉を閉めて、玄関で飾り付けを取っている二人の元へ向かう。
「掃除は俺がやっとくよ」
「でも、
「ああ、今着替えてるから。あと、あいつ伊豆ノットって名前だから」
その偽名、信じてたのか。
「ん、おっけー。伊豆先輩ね」
おう。まーあんま関わる機会もないだろうけど
「頼む……あんま仲良くしないでくれ……!」
「えっ? コウ兄?」
「しまった! 本音と建前が入れ替わった!」
頼むぞノット、もし関わる機会があったとしても下ネタ言うなよ! お前のためでもあるんだからな!
「んじゃあ〜あとは任せたよ〜、コウジ〜」
「兄貴はちょい待て」
妹と共に兄貴が去ろうとする、が、その腕を握って止める。
「なぬっ!?」
「今年の二月の人身事故、早月アマネ。今から一時間以内に調べて送ってきてくれ。それと──────を数個買ってくれ」
そいつの耳元で、あるものの名称を言い、淡々と内容を告げ、腕を離す。
「10分」
そう言い、兄貴は外へと走って出た。
そろそろ着替えも済ました頃合いだろうと、自分の部屋の扉を開く。
「あっちょっ」
あれっ、まだ着替えてたか? とすぐに扉を閉めようと思ったが、ノットの着替えは既に終わっていた。部屋に入って、扉を占める。
「着替え終わってるじゃないか……って」
ノットは、どことなく青色のノートの一冊目を広げて読んでいた。
「あー……」
過去のことも書いていたはずなので、つまり俺のトラウマと自殺原因を知ったってことで。
「いやあのっ、弁明とかはないんだけど、なんだろうなって思って」
「別にいい、今はもう綴ろうとは思わないからな。強いて言うならあれだ、厨二病の設定ノートを読まれてる気分」
「そ、そう。ごめん」
といって、ノットはそれを元の場所にしまった。
いずれ聞かれるだろうから別に良いんだが、なんというか、あー、
そう……気まずい。
「あー……」
まじかー、なんも思い浮かばん。こういう時ってなんて言えばいい? 笑うのが正解か?
「あ! 部屋、なんかお洒落だよね。家具とか、大人っぽいって言うか、学生とは思えないっていうか」
気を遣ってか、ノットは部屋を褒めだした。確かに俺もこの部屋は好きだけど、どこで買ったかは分からないんだよな。
「んー、両親が使ってたものを使ってるだけだから、わからんけど」
あっ、俺今やったな
「そっか〜、ご両親って。あ」
どう転んでも、どこまでも気まずいぞ。
「ま、まぁそれはさておきゲームしようよゲーム。PS4あるじゃん、これのソフトは?」
「無いな」
「え?」
「ソフト買ってたけど、忘れて捨てたんだっけな? あの坂本龍馬はどうしてるかな」
もしかしたら荷物に紛れてどっかにあるかもしれんけど、本当にわからんな。
「OK、OK、そもそもなんで1本しかないわけ?」
「確か……PS4買ったのが発売日から数日も経ってないくらいだったから、出てるソフトもあんま無くて、良さそうなの1本買って、小遣いもないし数ヶ月はこれで遊ぶかって思ってたら……あ」
「思ってたら? あ、引越しか! あっ」
全ての物に地雷が埋まっている。全部爆弾だ! これじゃキラークイーンじゃないか。
「換気……するかぁ……」
「うん」
空気が籠っている気がして、窓を開けた。もう地雷撤去はできない、俺の手には余る。
兄からメールが来たので、ありがとうと返信して内容を見る。ある物の確保はできたみたいだ。
「……茶番はやめにして、状況整理を兼ねて作戦会議を始める」
「うん、聞かせてくれ。君の作戦を」
さぁ始まった、明日を100パーセント成功させるための作戦会議。失敗は許されない。
「志願者は早月ツララ。そして俺は、自殺場所を見抜いている」
「えっ? 自殺場所って、まず決まってるもんなの?」
「ここからは憶測になる。ま、ここで死にたがってんだろうなってのはわかってた。ずっと前からわかってたんだよ。お前、自殺する直前で止めたんだよな? その時と同じなら、これは確定になる」
早月ツララの自殺場所は──
「屋上だ」
可能性は、1番高い。
「同じだよ。どうしてそう思ったの?」
「簡単だ。俺も見たんだよ、ツララが自殺しかけのところをよ」
屋上で煙草を目撃された日、早月ツララは死ぬつもりで屋上に来たんだ。じゃないと、理由もなしに風紀委員が立ち入り禁止の屋上へ来るはずがない。
「成程。それで、自殺原因は? 色々話は聞いたけど、どれに絞ったの?」
「絞る? 絞るんじゃねえ、混ぜ合わせるんだよ」
父の死、母の死、弟の死。大事なのは死因じゃない。
「解かして合わせろ。俺の座右の銘だ、モットーとも言っていい」
心に響いた名言、にしては、あの日以来忘れていたな。
窓から射す光が、俺の眼鏡のレンズに当たる。光に反応して、青がかる。
──────憎い。
──────憎々しい。
──────憎たらしい。
その分、頭を加速させろ。青くなった分だけ前を見ろ。影がある分、光を輝かせろ。
「訳ないことだったんだ、
「自分が死ぬかも、と思う」
「ああそうさ、それが普通だ。しかし、自殺をするのは何故か。辛くなった、現実が嫌になった、でもそれなら、もっと早くに自殺しててもおかしくない。お前に延命されたとしても、ツララ、4月までは生きたんだよ」
「弟さんが亡くなったのが2月だから、そこから2ヶ月間。何故ツララは生きたのかってことだよね」
そうか、こいつは個人的に早月と繋がりがあったから、表面的にはさん付けだが、普段は呼び捨てなのか。妙なところに気づいてしまった。
「それは、生きる意志があったからだ! しかし4月、気づいちまったんだよ、有り得もしない妄想に」
これは俺のものと同じ、高校生で計画して死のうしている志願者特有の、有り得ない妄想。
「自分のせいで周りが死んだんじゃないかってな」
「待って待って待って。原因もわかってて、関与だってしてないのに?」
「いいやどうだろうな。関与しているかどうかは分からんが、ツララはそう思ったんだろう。弟の死に方でな」
俺はさっき送られた内容を、ノットに見せる。
「これに書いてあるとおり、弟の早月アマネは、自ら車に飛び込んだ」
兄が、アマネの人身事故を取り上げた様々な記事を読んで纏めた情報。言わば多数の文献から取っているので、整合性はかなり高いと思う。
「実際、アマネを跳ねた運転手は罪に問われなかった。アマネはツララの前で飛び込んだらしく、目撃情報も多数あった」
それなら、ツララが謝られてああなるのも頷ける。これは完全に憶測だが、アマネはツララへ謝ってから飛び込んだ。
「これが、早月ツララの自殺原因」
これ故にツララは、飛ぶことに執着しているんだろう。
「生きようとしても、幸せが辛かったんだと思う。自分が誰かを死なせてしまう、そんな体質って思い込みのせいで。みんなと積み重ねてきた思い出と共に、家族の死も重なってしまうなら、それは理由たり得るんじゃないか?」
と考えたら、ツララが目指しているのは俺と真反対。誰にも理解されない死を、謎を……いや、つっても分からないか。
「正直驚いたな。億が一、間違っていたとしたら、君には作家の才能があるだろう」
「それじゃ安心だ。俺に作家の才能は無い」
肉付けなしのノンフィクションだ。
そして、明日行う作戦を全て語り、ノットには遅刻してもらうことにした。明日、安食先生がどこまでやってくれるか。しかしあの人が動いてくれると、俺は確信していた。何度も荷物を運んでるし、娘のことだ、今回は助けてくれるだろう。
家族とノットと食卓を囲み、兄に持ってきてもらったある物の確認をし、遅めに風呂に入って、二人で部屋に戻る。
「あんなものを買ったのに、ユキカズさん何も言わなかったね」
「ホントな」
意味は無いけど、俺は地図アプリから自分の高校を見ていた。明日は早めに出なければいけない。
「そろそろ寝るぞ、明日に響く」
といって、ベッドに入る。寝る準備を今のうちに済ませる。
「ああ」
スマホの音量を最大にし、アラームを設定する。
「光って残す派?」
「俺は消す派になったな」
「消すと寝れないんだよね」
「おっけ」
常夜灯にして、瞼を閉じる。
十秒もせず、
「ねぇねぇコウジくん」
ノットが小さな声で話しかけてきた。
「明日に響くつってんだろ」
みんなやるボケすんな。
「恋バナしよ」
「はぁ?」
「なんでもいいからちょっと話そうよ。眠れないんだよね」
今日だけで色々あったけど、まだお前の体は刺激を求めてるのか……? いや、色々ありすぎて、かもな。まぁだいぶ、疲れてんだろうな。
「俺、ツララが好きなんだよね」
「えっ!?」
「うるせーよ、寝るっつってんのよ」
定番のツッコミさせやがって。
「ごめんごめん、急に言うから」
「じゃあ恋バナしねーぞ」
「ちょっ、悪かったよ。それで? いつから好きなの?」
「いつから、ねぇ。正直気づいた時には好きだったな。一目惚れかもしれないし、そうじゃないかも。多分、初恋だな」
俺が心の底で希望を見たくなかったから、恋心を封印してたんだけど。愚行をしたんだ、今更恥ずかしがることもない。
「は、はーん、へぇ、ふぅ〜ん」
「なんでおまえが照れてんの?」
俺が照れるべき場面じゃないの?
「ま、まぁいいからさ、どういうとこが好きになったのさ」
めっちゃワクワクしてるじゃん、わかりやす。
「最初は、ミステリアスなところだったと思う」
「ミステリアス? 今のツララからは想像できないね」
「はっきり言って、中3の頃は中心的な人物って感じじゃなかったんだよ。何考えてるかわかんないけど、一番左後ろの角の席で、窓の外を見てるようなやつで、その癖、授業で当てられたら絶対正解すんの。授業終わったら誰よりも早く帰ってさ。誰だって一回は憧れる、典型的なクールでミステリアスなキャラクター」
あれ、そっか。
「ああそうだ、あんま笑わなかったんだ。でも、なんだったかな……先生からなんか言われたんだっけか、ツララと二人で話すことがあって、その時、ちょっと怖いなって思ってて、焦って身振り手振りで話してたらさ、笑ったんだよ」
そうだよな、当たり前だけど、
「それが妙に覚えてて……」
俺って本当に、ツララが好きなんだ。
「……寝たか?」
答えは返ってこなかった。俺も口と目を閉じて、今日を終わらせた。
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