カブへ

 5月15日の月曜日。

 余裕教室、全員集合。

「マヒルくんが仲間になりました」

「えぇぇっ!!?」

 ヤヒロ、めっちゃリアクションが良い。まったく友達甲斐のある奴だ。

「えっえっ、えっ!? なっえっ!?」

「ということで捜索終了!!」

「あ、えぇっ!?」

 次は自殺編!!!

「待て待て待て待て待て!」

 勢いで押し切ろうと思ったけど、無理だった。

「な、なんで!? なにがあった!?」

 俺もトイレに行ってる間に終わってたので、全然知らない。全員で、ノットとマヒルくんからの回答を待つ。無言が続く。

「………………」

 だいたい五分くらい続く。

「……………………」

 もう一分くらい続く。

「………………」

「なんなんだお前ら」

 どっちも無言でそんな黙るなよ。俺がトイレ行ってる間に何があったんだよ。普通に歌ってたじゃねーか。

「ノットが作者ってわかってな、もう邪魔する意味もないと思って」

 あれ? そっか、下の名前で呼び捨てだったっけか。

「マヒルくんと話してみたけど、僕たちの考えてた通りだったから、まぁ」

 なんで下の名前……? じゃあ俺は?

「そっかぁ……」

 知らないうちに関係が進んでいる。そんなに長く席外してないのに、たった数分なのに。お前らそんな馬合ったの?

 ウマシカがよォ……

「それで肝心の、!」

「ああ、それなんだが」

 あともう少しで理由が聞けるというところで、ノットが「あれ?」としゃがんで、何かを拾った。

「お前ほんとタイミング悪いな」

 そう悪態をついても、なんだかんだ気になって、ノットの拾ったものをみんな見た。

「んー? なんだそれ」

 モノクロの写真の、切れ端だった。多分、中央に当たる部分。

「おいっ、もしかしてこれ!」

 すぐにモノクロの写真を取り出して、それと合わせた。

 形は一致した。あとは、四肢と頭。

 これは、バラバラにされた人型の胴体部分だ。

「おいおい、なんだこの写真。お前らは放課後に余裕教室へ集まってまでどういう活動してるんだ。呪詛サークルか?」

 そうだ。マヒルくんはこのモノクロの写真のことを知らない。

「違う。まぁ、なんというか」

 説明しづらい。なんだろう。

「今、謎解きみたいなことやってるんだよ」

「ふうん」

 謎解きみたいな。自分で発した言葉だというのに、胸の辺りでつっかかる。もっと言うなら、核心に触れている気分だった。

 まるでなにか、重要なことを見落としているような。

 マークシートがズレている。

 違和感が一瞬俺を支配して、すぐに通り過ぎた。考えすぎだ。

「にしても、なんでこんなところに……」

 机に置いた俺のスマホが、音を立てて揺れる。

 タイミングが悪い。

「コウジ。前から言おうと思ってたけど、せめて学校に来てる時はマナーモードにするか通知切っとけ」

「いつも忘れるんだよな、それ」

 スマホを集中モードにしようと開くと、嬉しいことに実の義妹から連絡が来ていた。

「あ」

 一つの画像と、これについて何か知っていないかという文面。

「えっ」

 何か、三つの、部分的モノクロの写真。三葉にも満たない三つの切れ端。

 右腕、左足、両足。

 そして何故か自撮り。

「えーーっ……?」

 頭を抱える。

 なんで持ってんだ? 何から聞けばいいんだ? 謎解き前に答えが寄ってきたぞ!?

 とりあえずここまで持ってきてくれと送信する。

「剣城くんどうしたの? 彼女?」

「実の義妹だよ」

「一行矛盾?」

「ガチのマジ」

 ちなみに、自撮りなのはノリらしい。


 数分もせずにもう一度メッセージが来る。前まで来たけど、という内容だった。

 自然な流れで教室を出ようと思い、少しそこで待っててくれと送る。

「また携帯いじって君は」

 ノットがまた突っかかってくる。お前マヒルくんと仲良くなったんじゃないのか? コミュ障?

「なんなんだよ、俺に恋人がいて欲しいのかよお前は」

 もし居たとしてもそんなに突っ込むなよ。

「うん!」

「えっ性癖?」

「いやただの望み」

 歪んでるよお前。歪曲してるよ。曲がりくねって七曲がりワイディングロードだよ。性癖の方がまだ納得できたわ。

「実際コウジ、さっきからお前誰と連絡取り合ってんだよ」

「さっき言ったろ? 妹だよ」

 というかマヒルくんには妹が居ること言ってたはずだけど。

「コウジくんは妹さんと仲がいいんだね」

「ああ、まぁそうだな」

 仲、いいんだろうか。良くなろうとしている。の方が表現としては正しいんだろうな。でも、人間関係なんてそんなもんだよな。

 都合と善意を押し付けあって、勝手に触って勝手に感じる。

 ジレンマにも満たねえよな。

「写真とかないのかよ、コウジの妹ってなんつうの?」

「ミユキ。ま、写真はねーけど、今から写真と実物を持ってくるわ」

 自然に出ることは無理そうだし、これ以上待たせることも不本意なので、教室の扉を開く。

 剣城ミユキが、三枚の紙切れを持って、そこに立っていた。

「随分早かったな、待たせたか?」

「イエス。2分11秒、超待った。それで、持ってきたけどどうしっ」

 なんで秒単位?

「っあ。どうもっす」

 ミユキが俺の背後へ挨拶したので、振り返ると、壁から顔半分だけ出して覗いてる四人がそこには居た。

「人の妹を覗きすぎ」

 ツララまでそのノリに乗るな。


 こんにちは、と揃って言う姿は、園児や小学生みたいだった。

 こいつら一応ミユキより一個上だよな?

「あと目に入れるなよ? 俺だけだからな?」

「コウ兄にもされたことないわ」

 あっ。

「コウ兄ってコウジお前それッ」

 あーアブアブ

「おっけい、とりあえずこの写真を見ようか」

 色々言われる前に、ミユキが持ってきた紙切れを机に広げる。

「さぁそれ以上コウ兄問題について追及するならこれを下げます!」

「えぇっ!? な、はああぁっ!?」

 さぁやばくなってきたぞ?! あと一つだけのモノクロの写真! コウ兄に反応したマヒル! またしても何も知らないミユキ!

 今から自殺するという男がコウ兄と呼ばれたくらい、恥も何も無いが、しかし! このまま妹について追求されんのは困る! もしもマヒルくんに苗字が変わった理由が離婚ではなく、俺の両親が死んでいて、剣城家の養子になったことがバレたら、自殺するかもと思われる……!

 こいつ、変に勘がいいので行き着くかもしれない。困る、とても困る。お前の主人公性にまた邪魔されたら、なんやかんや自殺できませんでした。俺の負けだよ、マヒルくん。になってしまう!

 ……負けたくない。

「いやっ、どんだけ必死なんだよ!」

「写真下げます!」

「ああもう俺が悪かったよ!」

 やった! マヒルくんに勝った!

 いや、負けてないか?

「なんか、うちの兄がすみません」

「ミユキ!?」

「コウジが兄で大変そうだな」

「ヤヒロ!?」

 くそっ! マヒルくんめ! これも全部檪原マヒルくんのせいだ!

「えーっと、それで、なんでコウジくんの妹さんがその写真を?」

「あぁ、そういや俺も聞きたかった。どこで見つけたんだ?」

 三枚同時に持って、知らないかって送ってきた。どんなものかは知らなかったってことだ。

「友達が変な写真あったっていうから貰っといて、クラスで二枚目見つけて、繋がるなーって思ったから、一応集めてコウ兄に送っとこうかなって」

「どうして俺が出てくるのか分からないけどナイスだ!」

「こういうの、好きでしょ?」

「大好き」

 友達の前でする会話か?

「ちなみにそれって、全部1年の同じクラス?」

「あ、いや、私がD組だから、右腕がA、左腕がD、両足がCって感じっすね」

 三枚の切れ端と、切り抜かれた写真を合わせる。あとは、顔部分だけ。空はモノクロだから、時間帯は分からないけど、角度からして人が高い場所に立っている写真だということはわかった。

 格好は、Yシャツにスラックス。背格好は分かりづらい、特徴が一個もない。

 顔部分を集めて誰か分かる確証は無いけど、学生っぽいから、先生に聞けば分かるかな。

「あとは顔だけ……つうか過程を飛ばした気分だ。どこにあんだろ」

 うちの妹が収集する前に謎を壊してしまった。

「つってもコウジ、考えてもわかるもんか?」

「まぁそうだよなぁ」

「いや、そうとも限らないよ。こんなことをする犯人なんだから、隠す場所に何か法則性があるかも」

「なんでそんなことするんだよ」

 推理モノの読みすぎだ。

「見つけて欲しいとか」

 見つけて欲しい。

 法則性。なんて言ったって、この胴のパーツが1年の通常教室にあったんならまだしも、3年の余裕教室。こじつけすらできない無関係っぷりだ。

 でもどうしてだろう。そう考えているはずなのに、どうしてか頭が回る。世界の中心が俺であるかのように、事件が発生すれば必ず巻き込まれるように、自分自身が大きな渦を産んでいるように、

 とてつもなく知りたいと思っていて、否定してもしきれない、しきらない。

 どうしよう、何かが止まらない。

「うわっどんな、どこにあんだろ」

 今っ、俺、ワクワクしてる?

 ま、いいか!

「もしかしたら、1階と3階にあることに意味があるのかもな」

 マヒルくんがそう言った。もしかしたら写真のあったところを繋いだらなにかの記号に? いや、そんな星座みたいな。でも意味があるかもしれない。

「にしてもこれ、頭と四肢で別れてるんじゃなくて、胴もあるんだな。なんか意味があるのか、特に関係ないのか」

 特徴的な切り分け方だ。

「こうせざるを得なかった、ようには思えないよね。元の写真はバラバラにされてる訳だし」

「だが、となると無意識にやったのか?」

 A型だなんだと言われそうだが、もどかしい。

「少なくとも僕は、この切り方をそこまで変に思えないな。頭のカードと胴を一緒にする方が、なーんかねぇ」

 意味不明……とも言えないな。それもまあ、あるか。

「じゃあそれに意味は無いとして」

 この写真の隠し場所に、規則性や法則性があるとするなら。

 一階に三つ、三階に一つ。数字が入れ替わっている? じゃあ残された2階は? なぜ一個だけ余裕教室? 関連性は、なさそうだな。

 残されたピースは一個、顔ってのが重要なのか? 頭……なにかの暗号? 両足、両腕、どちらも一階。胴が三階。位置で人間の部位を再現するなら頭は勿論三階、あるいは屋上にあるべきだ。

 いやもっと、何かしら、元の写真から読み取れる情報は? どういうロジックしてんだ? これが意図的に仕込まれたものだったら、仕込んだやつは……空と、どこかに立っている人を下から撮った写真を、人だけ取り除いて、理科準備室で残った背景を切り裂き、その後に……窓を割った? そうだ、あの日、この教室、この余裕教室に胴体の写真なんかあったか? 気づかなかっただけか? 一年生の生徒達もなぜ今日気づいた? これは、今日仕組まれたものなんじゃないか?

 まさか、ノットが仕込んだ? でもこんなものが俺の不利になるか?

 妙な感覚。

 けれどその信号を追い越した、

 異常なまで気になっている自分。

「コウジくん、大丈夫?」

 ツララが、俺に対してそう言った。

「うん」

 生返事に。

「……いや、待てよ……」

 既存の枠に囚われるな。

 この配置に意味があるのではなく、こうしなきゃいけない制限があった? いや違うわ。

 もっと簡単に。

 もしかしたら単純に。

 意味の無いようなことでも、考えろ。


 1年、1、1に三つ。

 最初、イチ、イチハラ……?

 1だから、檪原、伊豆、九とか……

 いやいやいや、じゃあ3年のはなんだよ。誰だって言うんだよ。

 ……早月か?

 イチのイ、まぁあ行と考えてみるか。2のか行を飛ばして3のさ行に一人。それじゃあ剣城のた行は?

 あ行は1階に3個

 さ行は3階に1個

 じゃあた行は?

「4階……?」

 こじつけかもしれないけど、数もあってる。

 それじゃあこの謎解きは一体誰が?

 分からないけど、確かめたい。

 面白そうだって、思う。

「どう考えたか知らんが、まぁ4階にあたるのは」

「……屋上?」

 変にテンションが上がって、説明もせずに教室から飛び出した。奇人のように探偵のように、天才のように俺は駆け出す。向かう場所は屋上、上る、登る、昇る!

 塔屋の、屋上への出入口を開いて、屋上を探索し始める。それらしい紙切れは、無い。ここに置くなら、テープか何かで止められているはず。

「おいコウジ!」

「コウジくん! 屋上は立ち入り禁止だよ!」

 そういやツララ、風紀委員か。

 ヤヒロ達が追ってきたみたいだ。ミユキも着いてきたのか。

 それよりも、四枚目がどこにあるか。

「どうしたんだよいきなり走って!」

「コウジ、ここに頭の写真があるのか?」

「あぁ、だと思うんだけど」

「それじゃあ僕達も手伝うよ」

 連れ回してしまって申し訳ないとは思うものの、身体は探索を続けていた。非常のように、非情のように。

「見渡してもないってことは、まぁ、塔屋の上とか?」

「っはぁ、まぁじゃ、僕は柵調べるわ」

 文句があるだろうにヤヒロは手伝ってくれる。友達甲斐のあるやつだなぁと心底思う。ヤヒロの人の良さを感じたのか、ミユキは柵側に付いていく。

「マヒル? 上に登ったら怒るよ?」

「出たな、風紀委員設定」

 塔屋に登ろうとするマヒルと、それを注意するツララ。それじゃあいつも通り残ってるノットと俺はどうしようかな。

「じゃあ僕はミユキさんの方に」

「俺の妹の元に行くな愛の獣。ツララを説得してくれ」

 あぶねえなあ、ナチュラルに行こうとしやがって。

 さて、俺はどこへ行くか。

 ああ、でも、

 塔屋の中は、調べてないか。


 塔屋の中に入って捜索を始める。

 あの写真の顔部分だから、だいぶ小さくなっている。ゴミと勘違いされないよう、見られない場所にある。テープなんかでくっつけている予想は、合ってると思う。

 階段にはないはずだ。掃除でもされたらたまったもんじゃない。

(でもなんとなく、予想つくな)

 日常でノートを隠してる俺だからかもしれないけど。

 ゆっくりと階段を下りながら、手すりの裏を舐めるように見る。踊り場まで下りて、手すりの曲がる部分に何かがあった。ちょうど影になって見づらいけど、触るとテープがある。多分、写真の顔部分だろう。

 剥がして、なるべく光が当たる場所で見ようと、階段を上る。


 ──────憎い。


 光もないのに、俺の視界は青かった。


 その途中で、光も当たっていないけど、わかった。

 踊っていたことに、やっと気づいた。

「ああ」

 屋上への唯一の出入口が開かれる音がした。

 階段を下る足音が、二つ。

「これ、俺だ」

 その顔部分の写真は、どっからどう見ても──────

 剣城ツルギ幸司コウジ

 なんの写真か、すぐにわかった。写真が粗くて分からなかったけど、両手のどこかに煙草があったのだろう。

 俺があの屋上で、ツララと出会う直前に、煙草を吸ってた時。

 眼鏡を壊してしまった次の日。

 あの時の俺は、目下に何がいるのか認識できなかった。

 だからあの時、写真を撮られて、気づかれていたのだ。

 俺が、死ぬ気だってことを。

 二つの、二人分の足音は、俺の前で止まった。

「俺の勝ちだ。幸司コウジ

「俺の負けだよ、真昼マヒルくん」

 不退転。

 檪原イチハラマヒル。


 俺は影の中の青い視界のまま、逆光の真昼くんを見上げた。

「ミユキは家に帰してくれ」

 マヒルくんはそれを聞いて、踵を返して階段を上る。


 今この場には、俺と伊豆ノットだけ。


「だめだよ、剣城くん。あの教室で僕は言ったじゃないか、なのにどうして、信じてしまったんだ」

 薄い逆光の中、そいつの双眼は強く輝いていた。

 右眼の橙は、黒色の光を放っていて、左眼の青は、瞬くことなく白く光って、伊豆ノットはこういう時、

「君に、ワトソンは居ないんだよ」

 ────悲しそうに笑った。


 俺が愛の獣と呼ぶ伊豆ノットは、平等に俺たちを愛していたのかもしれない。平等に、俺の叫びを知っていて、マヒルに手を貸した。だからこそ、そんな悲しい笑みを浮かべたのかもしれない。

 ミユキはマヒルが上手く屋上から帰してくれて、ツララ、マヒル、ヤヒロ、ノット、俺だけになる。

 バラバラになった写真は、やっと一葉になって、その姿をミユキに見られることはなかった。

「おい、コウジ、おまえ、これ、どういうことだよ」

「コウジくんが? いやでも、これはっ、なんで」

 逆に言えば、それ以外の面々には見られてしまった。

 写真の人物が俺だと、バレてしまった。

「はは」

 何故か俺は、笑ってしまった。言うまでもなく、乾いた笑いだったけど。

「モノクロ写真を撮ったのも切り裂いたのも、窓を割ったのも俺だ。ノットには今回、協力してもらった」

 マヒルくんが語り出す。簡単に言えば、これはマヒルとノットのトラップだった。

 以前に言った、氷山。

 これが、檪原マヒルの本気だ。

 あのカラオケ屋で、二人は話したのだろう。

「こんなことをした理由は、コウジの自殺を止めるためだ」

 そうか、ああ、あの言葉を聞いていたのか?

「自殺って、コウジくんがそんなこと」

「しないと言い切れるのか?」

 遮ったマヒルに続き、ヤヒロはツララの肩に手を置く。

「ツララ。正直僕は、あり得ると思う」

 ありえない話では無い。

 二人とも、そう思っていた。

「まず、俺が捜索を辞めたがったのは、自殺を計画している人間。自殺志願者が書いた自作小説だと思ったからだ。そして写真を撮った日、偶然にも柵を超えたお前を見て、確信した。志願者はコウジだってな」

 何も言うことは無い。俺の計画が穴だらけだっただけ。

「でも実際は少し違った。作者はノットだった。ノット、あの小説のモデルはコウジか?」

「バランスを取るために、ノーコメントで」

 生々しい言動に、書き換えられたみたいなエンドは、俺をモデルにしたから?

「それで、どうすんだよ」

 きっと俺は、虚ろな目をしていた。

「どうやって俺を止めるんだ? 説得するか?」

「コウジ、悩みがあるなら、僕達に相談をっ」

「はは」

 本当にお前は、友達甲斐のある奴だな。

「俺は説得なんてしない、それで解決できるならこんな回りくどいまねしない。俺たちがするのは監視だ」

「……監視?」

「この学校で、お前を死なせない」

 心折れる、いや、立ち直るまでの時間稼ぎか? 俺の自殺が、衝動的なものだと思っているのか?

 確かに、効果はあるかもしれない。しかし穴もある。

「それじゃ学校以外で……」

「ねぇコウジくん、お泊まり会しようぜ」

 自由時間すら潰すつもりか。

 マジで言ってんのか?

「僕は、コウジに死んで欲しくねぇ」

 覚悟を決めた表情で、九ヤヒロは俺の目を見た。

「だから、手前テメェの敵になる」

「ああ、それがいい」

 きっと俺は、幸せ者なのだろう。

 でも、欠けたと感じてる俺は、贅沢者なのか? 失ったことさえ感じちゃいけないのか? 過去は捨てなきゃいけないのか、縛られちゃいけないのか、穴は開いたまま、俺は歩かなきゃいけないのか。

 立って歩かなきゃ正しくないなら、俺は止まってもいい。

「ノット、コウジのことは頼んだ」

「ああ、ここからは君たちがいても仕方ないからね」

 異物同士。その認識がみんなにもあったみたいだ。俺とノットを屋上に残して、一人一人去っていく。傷の舐め合いは同程度の奴にしかできない。

 そういう意味じゃ、俺とノットは向いていない。

「ねえ、コウジくん」

 ツララが出ていく時、俺に言った。

「どうして?」

 俺は答えられなかった。

 何に対しての質問か、俺は心の奥で理解していたはずなのに。

 辛い。


 そして────扉は閉ざされた。


 屋上で、ノットと二人きり。


「だから俺は、捜索したくなかったんだ」

 進めば進むほど、こうなるって分かってたから。


 それなのにどうして俺はっ、たのしんでしまったんだ、煽てられてどうすんだよ!

 負けちまった、バレちまった、自殺の監視すらされちまう!

「あーあ! 死ーにてえ!!!」

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