転生にたい
5月12日の金曜日、登校中。
全員読むことが義務付けられていたので、嫌々読んだ五月病を治したい。作品自体は、俺がノットの創作話を好んで聞くくらいには好きなので、面白かった。
この話。ある日突然、破天荒な女の子の転校生が来て、なぜか主人公の男の子に構うのだが、下校中に女の子が夢を語る。夢の内容は、異世界転生。転生にたいヒロインと、それを止めたい主人公。
自殺をテーマにしていながら、テンポは良く、雰囲気も暗くない。しかし決してヒロインの心理状態を軽視している訳ではなく、描写は生々しく、けれどコミカルに進んでいって、最終的に救われるかと思ったが、
何故か、死んだ。
これを読んだものなら、どこかおかしいと思うはずのエンディング。
主人公は策を巡らせてヒロインの自殺を止めようとしていたのに、全ての策が意味もなく消えていった。
突然作者が鬱にでもなってないとおかしい終わり方。
まるで、書き換えられたみたいに。
とてつもなく、嫌な予感。
「ん、どした?」
一緒に登校しているミユキに怪しまれてしまった。
「今日、うち、兄貴いないんだ」
朝帰りになるらしい。あいつの仕事って外に出ることあるんだな。
「えー? ってか外出るのか」
全く同じ疑問を抱いてしまった。
あいつってなんの仕事してんの? ギリギリアウトで犯罪だと俺は睨んでるけど。
「じゃあどうする? 何食う?」
「デリバリー的な、ウーバー的なやつするか?」
「えー」
「ん、ダメか?」
家事を全面的に任せているので、最終決定権はミユキにある。うちのボスはミユキだ。
あれっ、俺ってなんの担当なんだろう……兄貴は稼いでるけど……でも、俺という穴が空いても大丈夫になってるな。
気遣われてないかな、自分から言ってみるかな。でも余計だな、消えたら消えたで邪魔じゃないか。
なんか、嫌だな、俺。
やなやつ
「めんどくさいこと言っていい?」
俺がめんどくさいやつだからいいよ。
「なんだ?」
「なーんかちょっと最近、つながってるっていうか、まとまってるって言うか、なんか、一体感みたいなのがあるから、できるだけ、頑張りたいというか」
頑張りたい。家族感を出したいってことか? まぁでもなんか、分かる気もする。
俺も何かやりたいなんて、思っちゃってるもんなぁ。死ぬのに。
「いいかもな、そういうの。少なくともそういうのの積み重ねが……」
俺たちができる、家族なのかな。それが、円満って奴なんだ。
「……そうだね」
兄貴だけが失った哀しみを知らない。同じ失ったもの同士だが、哀しみは知らない。
俺もミユキも、それを責める気もない。
剣城家の両親は、兄貴が喜ぶならと俺を引き取った。
そういう人たちだった、引き取ってもらった身だし、感謝はすれど文句もない。
それに、今は恨み言も言えない。
ミユキは純粋に、剣城家の両親が好きだった。
俺も自分の両親が好きだった。
けれどあいつだけ、別に居なくなってもいいと思っていた。
誰も責めない。
兄貴が薄情なんじゃなくて、あの二人が非情だったんだってのは知っていたから。
「イベントっぽいこと、ほんとやってこなかったな」
同じような傷を持っているから、俺達は同じやり方で家族になろうとしている。
「そうだね、だから、こういうのをもっとしたくてさ」
幸せを保とうとする。
真偽などは今更どうでもいい。自然に出るものが幸福なんて詭弁はどうでもいい。幸せな時幸せって思わないなんて、戯言は要らない。
俺達は幸せだ。それを保とうとするし取り繕うし作ろうとするし在るものに依ったりするし、偽善だろうと善であろうと。
悩まずそうしようと思える日が、本物なのかもしれない。まだ俺は考えてしまっているから、中途半端に劣化版だ。
だから俺は青いんだ。
「もっとやっとくべきだったかな、いやまぁ、これからやればいいか」
後付けの俺たちだけど、バラついてるかもしれないけど、それでも心から二人を愛してると、俺は言えるから。
「うん、そうだよ。だから五月も」
「ああ、そうだな……ん、五月にやること……」
こどもの日過ぎちゃったしなぁ、対象年齢でもないし。ゴールデンウィークはゴールデンウィークで結構楽しんでたか……? 母の日は……まだだけど、全員気まずい。
「んーーーー……」
「っていうか、五月ってイベントないよね」
うん、ないことにした方がお互いのためだな。
「五月病とか」
「イベントなの? それは」
「まぁ、年中ブルーもいる訳だし、イベントとは言えないが」
別に誰とは言わないが、年がら年中青色である。レンズが変わって視界が青色になった時は流石にだったな。
「早く夏休みなんないかなー」
ほんとこいつ、こいつなぁ、俺はこいつが好きなんだなぁ。
「前は暑くなんの嫌って言ってなかったか?」
「まぁ、言ったけどさ〜、うん」
視線を向けると目が泳いで、やっと目が合ったと思ったら、
「なんでだろうね、なんだろ。行きたくなっちゃったな」
ニコリと笑った。
「海」
不甲斐なくて、申し訳ない。
でもそう思ってしまうくらい、ミユキが笑っていたから。
いつものように放課後、いつものように余裕教室。今度は普通に椅子へ座って、普通に机へ手を乗せる。
そしていつもの面々、ツララ、ヤヒロ、ノット、俺。
マヒルくんハブリ!
「皆さんに集まってもらったのは他でもない」
その語り口で、解答ではなく問題を提出する。
問一
何故、
「さ、分かる方は挙手をどうぞ!」
「わかるかぁー」
「クイズじゃないんだよコウジくん」
「剣城くんの馬鹿〜」
最後普通に悪口じゃなかったか?
「まぁそんな茶番は置いておいて」
「2回置いてるよ」
「それ俺が誤用の時言うやつなんだよ」
正しい使い方です。
「茶番置かせろ」
この一瞬で閑話休題。脱線したけど直ぐに復帰。
「まぁ何故かって話だよ。本の中に、捜索を止める理由は見当たらなかった」
檪原マヒルが友達のヤヒロの思いを無碍にしてでも、捜索を先生方に任せようとした理由。考えても、これっぽっちも分からない。
「はい剣城くん」
伊豆ノットが挙手をする。
「まさか思い当たる何かがあるのか?」
「自殺がテーマの小説を他の人に読ませたくなかった」
伊豆ノットの解答、自殺がテーマの小説を他の人に読ませたくなかった。
「あー」
まぁ、有り得る。でもそれが正解かと言われると疑問がある。あいつ、俺達のことをメンタルよわよわだと思ってるのか? リストカットもするし、自殺を計画する二人もいるけど、全然メンタル弱くないぞ。
「……いややっぱダメだわ、小中じゃねえんだから」
「僕も同意だぜ」
まあ、今反対意見の二人がさっきの二人なんだけど。
「んー、私はあり得ると思うけど、それだけじゃないってのも分かるなぁ」
肯定か中立ってところか?
「うーん、そうだねぇ」
もっと、ひとひねりあれば、正解に辿り着くんじゃないか?
もう少し深く、
仮定しよう。
「マヒルくん、気づいてたのかな」
「? 何にだよ」
「誰かの自作小説だって」
ハブにしたけど、そこまで気づいてる可能性はある。俺と同じく検索して、ないのだと知って、自作だと気づく。
でもそこからどうやって、捜索中止になる?
持ち主と作者が同一で、何が困るんだ……?
いや、あるかも。
「自殺がテーマの自作小説……近くに作者がいるかもしれない……」
もしかしたら、マヒルは……
「マヒルくんは、ツララかヤヒロのどっちかが書いたって思ったんじゃないか?」
近くの人間が、妙に生々しい自殺の自作小説を書いた。自殺を考えているんじゃないかとマヒルくんは邪推した。その事実に気づいたことを悟られないよう捜索を中止にしたくて、あんな行動を取った。
「なるほど? じゃあ、ツララが書いたって思ったのかもな」
「ん? なんでだ?」
お前の方が有り得るだろ、と言いかけた物をグッと堪えて。
「そもそも本を見つけたのは僕だし、僕に捜索を頼まれたツララは、風紀委員としてやらなくちゃいけなくなった。それを見てられないから、辞めてもらおうとああしたんじゃないかってさ」
ヤヒロの話で、信憑性が出てくる。
「いや、自殺したい人……自殺志願者が、自分の本をわざと見つける可能性もあるんじゃないかな」
「んな事、有り得んのか?」
「アンビバレンツって奴だよ」
すっげぇわかる。
じゃあいっその事、どっちも違って……第3の可能性
もしかしてあいつ…………
本書いたの、
俺だと思ってんのか?
「あー……」
え〜……? めっちゃ筋通る〜
俺の自殺を見抜いていて、それを元に本を書いたのでは? と考えたマヒルが、捜索の邪魔をする。
有り得る……
「ってことで、マヒルの誤解を明日解こう」
いつの間にか話は進んでおり、マヒルの誤解を明日解くことになった。決まったらまた順々に余裕教室から出ていって、今度はノットと一緒に教室を出た。
「なぁノット」
ノットも今日は予定というやつがなさそうだった。
「なにさ読者様」
なら、チャンスだと思った。
「カラオケ寄ろうぜ」
「おい君、どうした」
ということで、カラオケに寄ることとなった。
平日、学生、三名、途中合流、一時間。11番の部屋に行き、まずは座った。
現在、カラオケ店内。
「なんでこんなとこ呼んだのさ、なんか歌いたい曲でも?」
「まぁ、そんなとこかな」
「嘘吐けよ」
「真似っ子だ」
あの小説を読んだ時、正直驚いた。自殺者の言動がよくよく書かれていた。
俺くらいにしか分からないと思っていたのに、それも一種の才能なのかもしれない。
「読者が増えてよかったな、作者様」
だからこそ困る。マヒルくんは多分、俺が書いたものだと誤解している。
そしてその説得力は、非常に高い。
「剣城くん、生まれ変わるなら何になりたい?」
「なんだ? その質問」
「興味本位」
俺も聞くことが沢山あるし、一個くらい答えてもいいか。
「俺は生まれ変わったら……ネズミになりたい」
完璧じゃないか。
それなら、自殺が報道される。
「そっか」
デンモクを弄って、Newとデカデカ表示されている流行りの曲一覧の中で、適当に入れる。マイクには一切触れず、そのままMVを流す。
「とりあえず、聞きたいことは色々あるが、まぁ」
問二
「どうしてお前はあの日、2冊目を持ってきた?」
何故、
「さぁね」
そう返されることは、分かっていた。だから問二。俺が考えなければいけない問題。
テスト問題を疑問文で返す奴はいない。
「あの日お前は、ブレザーに学帽という妙な格好で登校してきた。一体何故か、それは俺から身を隠すためだ」
「そんな妙な格好で、隠せるとは思えないけど」
「実際隠せたじゃねえか、目立つ金髪と指定外制服をよ。そして先頭側で走って教室に向かい、あの教室のどこかに隠れて、来るであろう俺を待って、机の中を覗いたタイミングで話し掛けた」
あまりにもタイミングが良いのは、お前が待ち構えていたからだ。
「来るとわかっていながら、お前は2冊目の置かれた机の中を、あえて覗かせた」
「妄想だね」
「俺も妄想だと思いたいね、お前がとんでもない大馬鹿者になっちまう」
笑えないくらいの大馬鹿者に。愚者になる。
「俺はこう考えた。お前はマヒルくんが捜索の邪魔をすると知って、不味いと思った」
丁度、サビに入った。
「お前にはなんらかの理由で、捜索を最後まで続けて欲しかったからだ」
「それじゃおかしいや、続けたいのに捜索が終わってしまうじゃないか」
わざとらしいこと言いやがる。捜索から抜け出せないと言ったのは、お前じゃないか。
「続いてるじゃねえか」
実際、今、俺達は捜索をしている最中だ。
「今度は、なぜマヒルくんの意見が変わったのかってのと、その次に──モノクロの写真。続いてるよ、折り返しかってくらいに」
つまり、仕組まれたものだった。導かれたものだった。持ち主創作も、マヒルくんの意見が変わったのも、モノクロ写真も。
全て伊豆ノットに。
「違うか?」
橙と青の瞳が、
──────見つめてくる。
「自然や宇宙に意味を求める事ほど愚かな行為は無いよ。知る事は正しいが、そのずっと前から、世界は酷く雄大なのさ」
「つまり……?」
「僕は関係ない。檪原くんとは全く関係がない。あのモノクロ写真も、別に僕は関与していない。誰かの意思だと思うけど、僕の意思ではない」
は……
「はぁ……」
良かった。
「しかし、2冊目を持ってきたのは僕の意思だ。それも、展開を進めるためにね」
あぁ、それは分かっている。
マヒルとは関係がない、それだけでいい。お前が何かを企んでいることも、知っている。捜索を続けたかったのも、当たってると思う。
だが別にいい。俺はどんな真相よりも自殺を優先する。
「お前が俺の助手じゃないことはわかってる、それでもお前に頼みがある」
マヒルくんと協力していないっていうなら、
「俺の手を取ってくれ」
俺と協力しろ。
トラウマを知ってるお前に対して、これはある意味、酷だろう。しかし代償は、俺の心だ。受け入れられなかったら砕けるだけ。何度でも繋げてやればいい。
はぁと嘆息を吐いて、伊豆ノットは言った。
「今の流れで僕を使おうってなるの、だいぶ凄いことしてるよね」
そして手は、
「それで、何をすればいいの?」
取られた。
「まず、マヒルの説得に協力して欲しい」
「ああ、それなら明日」
「いや、今からだ。今から説得してもらう」
「は?」
俺は、携帯電話を取り出して、ある人間へ電話を掛ける。
「もしもし? 俺俺」
「コウジ?」
電話の相手は、俺の名前を呼ぶ。
「マヒルくん、ちょっとカラオケ来ない?」
「はぁ?」
カラオケの場所と、部屋番号、そして……
「みんなで待ってるから」
という一言を付け加え、電話を切った。
「剣城くん」
「なにさ」
「やばいね君」
俺は、伊豆ノットの焦った顔を初めて見た。
マヒルくんが来るまで普通に二人でカラオケを楽しみ、ちょっと席を外し、トイレに行って戻ってきたら、マヒルくんが歌っていた。
「溶け込むのはえぇな!」
「あ、コウジ。あれ書いたのノットだったんだな」
「誤解解けてんじゃねえか!!」
何があったんだよ!!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます