想い出は

 ────パリンという音が、どこからか響き渡った。


 三階の余裕教室で、五月病を治したい。が自殺をテーマにした本だと気づいた頃に、その音が鳴った。

「なんだ……? なんか割れた音がしたぞ」

「うん、ガラスみたいな」

 最初に反応したのは、俺だった。今この状況を少しでも変えられるのなら、都合が良いとすら思った。

「とりあえず本のことはわかったし、行ってみよう」

「あ、ああ」

 強引にも三人を連れて、教室を出た。とりあえず本はヤヒロに持ってもらったまま。

 場所は、かなり大きな音だったし、近場だろうと同じ階の周りの教室を探す。

「ねぇ剣城くん、こっちの方から音がしなかった?」

 と、ノットが言って、みんなが集まった。

 この場所と俺の間に悪縁でもあるのか。何かしらの因果なのか。それは分からない。ノリノリで誘った手前言いづらいけれど、この教室には入りたくなかった。

 多分、音的にこっちだし。

 そんなことを言っても始まらない、それは分かっていたので、渋々と入る。

 教室の名は、理科準備室。

「うわっ! 窓が割れてる」

 入ってひと目でわかることだった。窓が割れて、教室内に破片が散らばっている。迂闊に近寄ると危ない。シューズじゃ貫通するかもしれん。しかも、一枚ではなく二枚割られている。

「ボールでも入ってきたのかな」

 そう考えるのが自然だろう。二枚割るとはノーコンもいいところ。いや、これはピッチャーの責任じゃないな。扇の要がなにやってんだ。

「でもなぁ」

 なんて言ってみても、

「ボールが見当たらんな……」

 軟式硬式問わず、何の野球ボールもない。というか、ボールがない。

「いや、まぁ、外かもな」

 一回窓を割って、突き抜けずにポトンと下に落ちたとか。その後に破片が散らばった。と考えれば或いは。

 破片を避けて、窓の外を見る。

 しかし、目下には、何も誰も居なかった。メガネを付けているので、確実に誰もいなかった。

「……外、なんもねえ」

「教室の中もねえぞ」

「ボール、どっかいっちゃったとか?」

 立ち入って分かったこと。

 あの音はやはりガラスで、窓ガラス。外からの衝撃で割れたらしく、内側に破片も散らばっていて、近づくと危ない。しかも、一枚では無い、二枚だ。

 立ち入っても分からなかったこと。

 何故割れた?

「破片の中に何かあるよ」

 ノットが指差した場所を見ると、何かの紙がそこにはあった。散らばった破片の中に紛れていて、見えなかったのだろう。

 なにかの切れ端だった。

「なんだ、これ」

 ただの切れ端とは思えないけど、切れ端だけじゃ何も分からない。

 情報がない。

「こっちにも、切れ端あったよ」

「あぁ? よく見たらこっちにもあったぞ」

 続々と二人が散らばった破片の中から切れ端を見つける。

 よくよく目を凝らすと、切れ端は散らばった破片の中にまだまだあった。

「なんだ、これは」

 とりあえず、切れ端を理科準備室の机に置いて、切れ端達を集める。

「……これじゃ、紙がバラバラに裂かれてる……」

 一体、なんのために……

「なぁこれ、モノクロの写真じゃねえか? ほら、こうすると」

 ヤヒロはそう言って切れ端と切れ端を組み合わせた。

 すると、切れ目は繋がって、何かを映している写真に見えた。

「……マジか」

 集めた切れ端達を、組み合わせる。

「なんでこんなジグゾーみたいなことを……」

 誰がこんなことをしたんだろう。

「モノクロって見にくいから、やりにくいね」

 また、謎が増える。

「ミルクパズルほどじゃねーがな」

 枠もないけど、元のサイズは小さいので直ぐに完成した。

 完成したけど、穴はあった。

 結論から言えばそれはモノクロ写真で間違いない。カラーではなく過去を思わせるモノクローム。写しているのは空と、なにかの建物。しかしそれはメインじゃないんだろう。空もモノクロ故、時間帯は分からない。青空か夕空か夜空か、建物も一度切られたものを繋ぎ合わせたせいで、どんなものか分からない。

 切れ端を組み合わせると中心に、穴が浮かび上がった。

「……これは……人型……?」

 この写真は一度、人間の部分だけを切り抜いたあと、バラバラにされている。

 一体、なんのため。

「あっ!!!!!!」

 教室の出入り口から、大きな声がした。振り返ると、そこには安食先生が居た。

 俺達に指を差して。

「──────あ」

 これじゃあ、どっからどう見ても俺たちが犯人である。

「なんか大きな音すると思ったら、いーけないんだーいけないんだー、両親に言ってやろー」

 居ねえよ

「俺たち割ってないですよ!」

「大抵犯人はそういうんだ」

「誤解する時はそういうことを言う!!!」

 あと教員が生徒に指を差すな。

「いや、私たちも今見に来てて」

 ツララがそう弁護する。しかし、常に荷物運びを手伝っている俺でさえ疑われているんだから、何を言っても……

「え? 早月が言うならそういうことか」

「オイ」

 風紀委員だからだよな?

 信頼度とかじゃなくてさ。

「……はぁ」

 本当は違うけど、仕方ない。

「んー、でもなぁ、どうも信じられないなぁ」

「俺がやり────」

「僕がやりました」

 不味い。ノットと自供が被った。多分、どっちも早く終わらせたかっただけ。同じことを考えて同じタイミングで同じことを言ってしまった。くそっ、どうにかカバーしなきゃ。いや、待てよ?

「えーと、どっち?」

 同じ思考をしているなら俺の方は1回黙った方がいいよな? じゃないとまた妙なことになる。それに、こういう誤魔化す場面はこいつに一任しとけばいい。いい感じにやってくれるだろう。

「……」

「……」

 今度はどっちも黙ってしまった。

「なんなんだ君たちは」

 別に知らん濡れ衣なんざ誰だって被りたくもねえよ……! それがなんなのか誰も知らねえんだよ!

 でも、このモノクロ写真。これが見つかるのは不味い気がする。予感、というべきか。直感、信じるべきかどうか分からないけど、嫌な気がした。

 ノート、本に続きモノクロ写真。ただの杞憂……思い過ごしでもいい。咄嗟に、繋がっていると思った。また何かに、繋がるんじゃないかって。


 今思えばこの予感、直感は、どこかで謎を求めていたのかもしれない。自分がどこか、探偵になれる器だと誤解していたのかもしれない。得意げになって、誰かから賞賛されて、おだてりゃ調子に乗って、また謎を求めて、カタルシスを求めて。事件の解決を願ってるように見えて、自分の偉業を作りたくて。作れば作るほど、報われるのだと。

 そうすれば、自分が救われるのだと。

 これも一つの、俺という自殺志願者の、矛盾した心理だったんじゃ。両立してしまった相反する感情なのではないか。


 なんて、今考えても遅い。


 意外にも、掃除の手伝いをすることもなく、俺達は写真を持ってあの教室から出た。絶対に安食はそういうことすると思ったのに、なら毎回荷物を俺に持たせるのやめて欲しいんだが。

 ということで、また余裕教室。

「はぁ……」

「なぁ、なんで途中嘘吐いてまで自分がやったって言おうとしたんだ?」

「いや、ああでも言わないとあいつしつこいから、どんどん追求されて、俺たちが集まってるところ見るとまた言ってくるかもって思ってさ」

 まぁ、切り抜けたは切り抜けたって所かな。

「そんなに大事な写真?」

 ……確かにツララの言う通り、庇うほどの写真じゃない。唆られる要素ばかりだけど、庇ったところで自殺計劃が上手くいく訳じゃないのに、わざわざ嘘まで吐いて庇おうとした。むしろマイナスだろうに。

 なんで俺はこれを庇ったのか。

「あぁ、でも、何かある気がしてな」

 自分が、妙だ。

 なんだ……? なんか……変だ……

「そうだノット、この本の原稿データくれ!」

「ん、あぁ、いいよ」

 なんかサラッとノットがヤヒロと連絡先交換してる。

「というか、コウジ! 連絡先教えろ! 原稿データ送るから」

「い、いや……」

 これはもしかして、そうなのか?

 避けたい展開ばかりが目の前に出てくる。

 頼む……違ってくれ……!

「全員でこの小説を読んで、マヒルを説得しよう!」

「はい……っ……」

 別に、読む自体はいい。だがしかし、自殺がテーマの小説を読むっていうのが、もうほんと。

 最悪だ……

 ああ! 超死にてえ!!!


 ヤヒロと連絡先を交換して、ついでにツララと交換して、ノットとツララが先に帰ったのを見て。

「ヤヒロ」

 ヤヒロを引き止めた。

 あの時とは真逆。

?」

 眼鏡が青くなる。青くなる青くなる青くなる青くなる青くなる欠けている欠けている欠けている欠けている────嫌だ嫌だ嫌だ!!!

「──────はは、んな訳ないだろ」

 ──────憎い。

 憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い──────!!!

 増えている、絶対に増えている。今の台詞、絶対に嘘だ。嘘っぱちだ、何よりもあの、あの、あの顔。あの笑み、ダメだダメだ。憎い悔い依

「チッ」

 自傷の跡が増えている。あの時より増えている。回数も増えている。それは俺のせいで、俺のせいでツララと、ダメだダメだそんなのはダメだ消えるのに跡を残してどうするんだ濁してどうする憎くなってどうするいみがないどうするどうしてもどうするとめられない俺になにもできない俺が強くでたせいでまた人が犠牲になって

 肩を、強く掴まれた

「いあっ!!?」

 触られている、誰に!? 誰に、ヤヒロに、いや

「よく聞けよコウジ!! この傷はなぁッ! 僕のモノなんだよ!!!」

 また、腦が厭な廻転をしてしまった。パーになって、何がしたいのか分からない。

 あぁ、憎い……

「あぁ…………」

 ごめん……

「わからず屋だなぁ、てめぇは。増やすぞ」

「いややめてくれ……それマジで笑えないから……」

 俺はブラックジョークかブルージョークしか聞けないのか。

 青黒くて俺らしい。

「よしコウジ、座れ」

「え?」

「いいからいいから」

 言われるがまま正座で座る。

「机と椅子は使ってくれ」

 言われるがまま椅子に正座で座る。

「あー、あー。よし!」

 ツッコミたそうだ。

「えーと、まずなんで自傷するとおもう?」

「辛いから……?」

「大体あってる、けど決定的な部分が欠けているぜ」

 もしかして今、ヤヒロ先生のリストカット教室を開かれているんだろうか。

 にしても、決定的な部分って……?


!」


 胸がぎゅっと締め付けられた。不安なんかじゃなくて、哀しみなんかじゃなくて、うまく説明できないけど、生きているんだ。って、思ったから。

 血は──────赤い。

 青の視界に、赤色が見えた。

「自分の頬を叩くのと全く同じ! 自分の胸をぶっ叩くのと完全に同じ! 同一の動作だ!!」

 ヤヒロの持つ自傷論。それがどれだけ人に当てはまるのかは分からない。こいつだけの感情論かもしれない。


 それでもこいつは生きている。

「生きる限り自傷はある。爪を噛んだり、頭掻いたり、どんだけ小さくてもそんなことは誰にだってある。自分を追い詰めたくなるのは、誰にだってあることだ」

 そこまで分析できて続けているのは、それが今現在のこいつにとって、大事なモノだからだ。

 それを無理に止めたり、罪悪感を感じたりなんて、傲慢だ。

「お前に背負ってもらう問題コトじゃねーよ!」

 それはきっと、人生の課題みたいなものなんだ。

 人が生きる限り抱え続ける、大事な壁なんだ。

 それを超えるのか、上手く付き合うのか、そんなのは人生経験の浅い俺には分からない。誰にだって分からないだろう。どういう道を辿るかは、誰にも。

 少なくともヤヒロは、

 それで、いいんだ。

 だってイチジクヤヒロは、死にたくないし死なないんだから。

 自傷を知らない俺にとっての、

 非日常。

 決して色褪せないだろう。

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