創作

「おやおや、見つけてしまったのか。厄介だな、奇っ怪だな。どうするべきかな」

 マヒルくんが持っているはずの五月病を治したい。が何故机の中にある? いつからノットに見られていた?

 今この時、この男は何を考えている?

 少なくとも、この本があるという事実は、この男にとって知られたくないことなんじゃ?

 いや、分からない。

 表情は、笑ってもいない。格好は、学ランじゃない! ブレザーだ! 頭は? 学帽だ、なんて歪な組み合わせ、でもこんな歪な組み合わせで、俺はノットがいないと思っていたのか。

 学ランで金髪ならノットだと、そう思っていた。

 それが見抜かれていた。

 つまりノットは、ここまで予想していたということ?

 予想し、予測していながら、この机の中に本を置いた?

 わからない。

 それはまるで、展開を強引に進めているような。

 ノットはそういうことをする。

 この持ち主捜索を、次のフェイズに進めようとしている?

「お前、それっ────」

「気づいた? おNewの制服にしたんだ」

「そっちじゃねえよ!」

 ギャグなのか、シリアスなのか、それともまた別ジャンルなのか。

 クソっ、訳が分からない。


 狩ろうとしている兎の、尾っぽも掴めない。


 だとしても──────

「なんでお前の机の中に、が入ってんだよ!」

 進むしかない。

 その先に何があっても、霧に飲み込まれても兎に噛まれても、狩ると決めれば、殺すと決めたなら。

 俺は俺を殺す為に、

 一歩、踏み入る。

「さぁ?」

 知りませんという態度で、返された。

 スカしてる、透かされてる。何故かそんな気がしてたまらない。

「さぁって、お前なぁ!」

「知らないよ、教える気もない。教えて欲しい気分だよ、テルミー?」

 こいつはなんだ?

 何者だ?

 何考えてんだ?

「それに、君の助手になった覚えはないよ」

 さっきまでの軽々しいモノとは違って、途端に重みが出た。

 伊豆ノットの筆圧が、変わった。

「九さんのことは誰にも言わないよ。それは信じてもらってもいい、そこだけは頼ってもらっていい。けれど、これに関して信頼されちゃ困るなぁ、だって君の助手じゃないんだし」

 ノットはこういう時に、

「君に、ワトソンは居ないんだよ」

 ──────笑った。


 なんとなく理解した。理解した気になってるだけかもしれないけど、わかった。

 やっぱりこいつは、何かを企んでいること。

 考えろ──考え続けろ、聞いても答えが返ってこないなら、考えるしかない。

 俺には推理力もアイデアも、探偵らしい必須の能力もないけど、犯人側の気持ちなら分かる。

 謎が解かれればミステリーか、

 学生であれば青春か、

 なら俺は今、何になっているんだろう。

 答えは多分、目の前のこいつにしか分からない。

 廻れ。

 まずこの本は自作小説、マヒルくんが読んで、持ち主捜索を辞めた本。

 しかしその前提が間違っていて、マヒルくんは本など読んでいなかった。

 マヒルくんが本を持っていると思ったが、実はノットが何らかの事情で持っていたという至極普通なシナリオ。

 いや、それじゃあダメだ。意見を変えた理由が分からない。やっぱり前提は前提なのだから、変えずに考えなければ。

 それじゃあマヒルくんとノットはグルだった? あの本の中に何かが記述されていて、マヒルくんとノットはグルになった。

 しかし、だったらあの十五分の内容を隠す必要がない。そう思わせるためだとしても……ちょっと考えにくい。手伝う目的が分からない。

 じゃあなんだ……? 五月病を治したい。がここにある理由は……

「……お前がこの本の、作者なのか?」

 ひとつ、シナリオが思い浮かぶ。

 マヒルも本を持っていて、ノットも持っているという可能性。

 ノットは、この質問に黙った。

「本は、2冊あった?」

 ダミーでもなく、どちらも本物。

 この本は自作。

 有り得るのは、こいつが持ち主で、作者。

 五月病を治したい。は複数あって、一つは落としてしまったから、もう一つを待ってきた。

 そういうことなのか──?


 なら────なんであの時に名乗りあげなかった?

 やっぱりこの本には、何かがある。

「…………」

 ノットは、さぁと言うでもなく、黙った。

 無回答ではなく、これがお前の回答なのか?

「なんであの時に名乗りあげなかっ──」

 待て。待つんだコウジ。

 俺はいつからこの本を探すことが第一目標になったんだ?

 第一目標は自殺だろうが!!!

 これ以上、自分を憎くんでどうする。

「とりあえず、このこと、俺は報告するぞ。それで仕舞いだ。俺もこの妙な捜索から抜け出せ──」

「抜け出せないよ」

「……は?」

「抜け出せないと言ったんだ。持ち主と作者を見つけても、捜索はまだ続く。知らせればわかるさ」

 本来の目標は達成した。それなのに終わらない?

 どういう意味だ?

「……この本、借りるぜ」

 考えてもしょうがない。しょうもない台詞かもしれない。

 でも何故だろう、

 あのカフェで言われた、そろそろ始まるよ。という台詞が、つっかえていた。

「どうぞお好きに」

 そして、

 あの時とは比べ物にならない、

 嫌な予感が、全身を支配していた。


 レンズは青くなっていた。


 考えるな。もし終わらなくても手助けはしたんだから、俺はもうお役御免だろ。

 もう、この話はこれで終わり。

 今日は盗聴器を仕掛けられなかった。けれど面倒な捜索は終わった。ただそれだけの話。いいじゃないか、それで。誰と困らない。ハッピーエンドというやつだ。

 マヒルくんだって、もう持ち主が見つかったのに止めようとはしないだろうし、あっちだって元々返す気だったんだ。ヤヒロに、青春の1ページが追加されることだろう。

 俺だって、捜索が終わって、清々しい気分で死ねる。

 あとはもう一回仕掛けて、弱音を聞いて、脅して死ぬだけ。

 これでいい。


 ツララは?

 ツララとヤヒロの間は、空いたままなんじゃないか?

 開きっぱなしなんじゃ────

 いや、これから死ぬというのに、考えても意味は無い。

 ならもう、あとは死ぬことを考えよう。昨日は昨日の分を七冊目に記入しなかったので、書かなければ。


 あの日、ツララに漏らしてしまったことは?


 いや、生きてる間はいい。

 あとでで、いい。

 あとからノートを見れば、俺が幸せだったことは明確だろう。迷惑は、掛からない。どうせ親しい仲でもない。ただ一人、消えてしまおう。

 これで良かったんだ。

 死のう。



 時間は過ぎて放課後、ツララと──ちょっと遅くなると言ったヤヒロを呼び、ノットは連行し、とある余裕教室。空き教室に集まってもらった。朝にあったことを全て説明し、回収した本を見せる。

「ってことがあった。持ち主も作者も見つかったし、俺たちの勝ち。捜索は終わりだ」

 いきなりの事だったので、二人とも理解に苦しんでいる。俺も思考停止をした身なので、よく分かる。

「まッ、マジかよ。じゃああとは、マヒルに本を返してもらうだけだな」

 ヤヒロは飲み込んだみたいだが、ツララなんて、まだ驚いている。

「にしても、こんなに早く見つけちまうとは。まぁでも、コウジならいいかな」

 正直、教師陣に捜索を任せて見つかるのも、俺が見つけてしまうのも、一緒なのではと懸念していたが、案外気にしていない。

「すごいなぁ、コウジくんは」

「そう褒められると照れる。偶然見つけただけだからな」

 俺自身、盗聴しようと思ってただけだし。

「なぁコウジ、ちょっと本見せてくれ」

「ん? ああ」

 五月病を治したい。をヤヒロに渡す。どこか気になる点でもあるのだろうか。

「コウジはこれ、読んだのか?」

「いや?」

 特に読む必要も時間もなかった。そう思ったんだけど、ダメだったかな。

 それに。

「ノット、この本の内容は?」

 ヤヒロが本を持ってノットに聞く。

「作者としては読んで欲しいかな」

 それに軽く、ノットは返した。

 嫌な予感がする。

「んじゃ、読むしかねーな」

「えっ?」

 それは──────

「だって、マヒルが捜索をやめたがってた理由って、これに乗ってるかもしれないんだろ」

 正論。

 そして、俺が一番避けたかった展開。どうにか誤魔化すことは出来ないか、頭を捻って回す。

 何も出てこない。読んでおいたと嘘を吐けばよかった。最悪だ。詰めが甘い。


 パラパラと、後ろのページからヤヒロは本を確認する。そこに何も無いことを、祈ることしかできない。

「ツララ、コウジ、これ」

 祈っても何も叶わないことはよく知っている。


 その本の一台詞をヤヒロが指差していたので、目に飛び込んでくる。


 ────ねえ、もう、転生んでもいいかな


 ルビは振られていなかった。けれど俺は、自然とそれを読めていた。俺だけじゃない、読めたから、ヤヒロも指差した。

 パラパラと、物語を逆順に辿る。詳しく内容まで把握できないが、テーマは理解した。

 俺は、この本を読んでいない。

 タイトルを確認する目的以外で、頁を捲っていない。

 何かが始まると、思ってしまったから。

「これ、自殺がテーマだ」

 だから嫌だったんだ。

 この本について知ろうとすればするほど、危うくなっていく。

 捜索なんて進んでしまえば、

 俺の自殺計画が、

 バレるだろうが!!!!

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