どことなく青色のノート
ぼちぼち話して、下校完了時刻も迫ってきたので、
「風紀委員って大変だなぁ」
他人事の独り言を漏らして、俺も帰る準備をする。詳細に言うと、消臭。家に帰っても煙草の匂いがしないよう、無香料のスプレーを吹き掛ける。変に匂いがあるものだと、逆に臭くなってしまうことがわかったので、無香料のものを使っている。
早月ツララと、五月病を治したい。
「ま、俺には関係ないな」
手伝うなんざ、その場の詭弁。
適当に過ごして、言われなかったからやっていませんって雰囲気出しておけば、人に注意されることもない。人間なんてのはそんなもんである。お節介なヤツや、厳しいヤツ、ルールに則るヤツもいるだろうけど、大半が観客でしかない。俺たちは傍観者だ。
頭の中に、契約が過ぎる。
手伝うと、俺は早月ツララに言った。絶対遵守しなければいけない契約でもない。だが、
「……交流を増やしておいた方が、騒がれるかな」
手助けすると。
どうしても、頭の中に。
「ま、明日には見つかるだろ。パーッと聞いて、パーッと死のう……あ、そういやぁ」
俺は放っていたスクールバッグから、200ページの分厚いノートを取り出す。タイトルこそ書いちゃいないが、表紙にびっしりと書いた黒文字の羅列。自らへの呪いの言葉。
どことなく青色のノートを、取り出した。
「表紙に何も書かれていない本と、びっしり書かれたノート……なーんか、感じるよな……」
取り出したのは、三年前から書き連ねた死ぬまでの日記。
その七冊目。
「死ぬまで書いてやるからな」
自殺日記とでも呼ぶべきそれを、俺は愛おしく眺めた。
仕舞って。
スクールバッグと缶を持ち、塔屋の扉を開き、階段を降りる。駆け降りるつもりだったが、昨晩眼鏡を割ったばかりなので、急ぎながらも慎重に、階段を降りる。
待つ人は誰もいないので、校門に急ぐ。
今日もぼっちで下校だ。
言い訳がましいが、これでもクラス内に友達はいる。一人か二人。
今年に編入してきた、
入学式も初日から休むし、破天荒というか、大馬鹿者。つるんでいたら奇異の目で見られるのも必然。そんな奴につるんでいる理由は、俺もそうだからだ。特技も得意科目もなく、面白くもなく、気さくな返事もできず、ただただ孤立している孤独な人間。未熟。
「……おっと」
校門をくぐってから、ポケットにある四角形の物体を取り出す。
これは、盗聴器である。
手のひらサイズの黒い盗聴器の、突起した部分をスライドさせて、スイッチを入れる。
これで、盗聴されている状態となった。
音声は剣城家長男、剣城ユキカズにリアルタイムで送られる。俺の兄だ。
なぜこんなことをしているかと言うと、防犯。三年前に下校中、一度誘拐されたことがあるから。過保護な兄が、防犯として登校と下校時は盗聴器を持たせたのだ。
誘拐。
丁度中2の今頃。
誘拐犯は複数人の男グループで形成されていて──────
などと考えていると、家の前まで着く。
(嫌なこと考えちまった……)
先程までの余計な思考を払拭するように、鍵を開け、扉を開ける。
ちなみに俺は鍵っ子である。
「ただいま」
扉を閉めると共に、居間から足音がする。そのうちに、盗聴器のスイッチを切っておく。
「おかえり。今日も遅かったね、コウ兄」
未詳。
なんだか今日はテンションが高い妹。先日、目に入れたが痛くない。異物な俺とは違って、調和や中心という言葉の似合う、スクールカースト断然トップ。
いや、この子の前じゃスクールカーストとかないんだよな。
「ミユ。コウ兄は良いんだけど、あんまり外で言うなよ?」
俺はむしろ推奨したいが、「コウ兄って呼ばせてるんだ」と言われた時の言い訳作りだ。
「えっ? ダメなの?」
「いやダメじゃないんだけど、まあいいや。それで? わざわざ走って出迎えるってことは、なんかあったんだろ?」
おかえりと言うことはあっても、いちいち出迎えることはない。
「イエス、カズ兄が呼んでたよ」
カズ兄。盗聴器を俺に渡した人。
剣城家長男、俺の兄。
つまり俺が次男。
「ったく、あいつは……自分で呼べっての」
靴を脱ぎ、ミユキの横を通って、手も洗わず兄の部屋へ向かう。
ま、そういう奴なのは分かってたことなんだが。
ノックもせずに、扉を開ける。
「どうしたんだよ、兄貴」
その部屋は恐ろしい程に狭く、人が3、4人も入ったらいっぱいになる個室だった。
個室トイレよりは広いが、トイレが脳裏に過ぎったら、部屋としては終わりだ。
元々が狭いのではなく、兄自身が狭くしたくてカスタムしたと聞く。そして、それを両親が承諾した。
「ん、あぁん、コウジ」
黒ネクタイ、白無地のワイシャツ、モーニング、オレンジ色の首掛けヘッドホン。
隈と、机の上の不摂生を表すカップ麺と菓子類。髪はバッサリ、中途半端な長さで、適当に自分で切ったのがわかる。
未知。
GPS付き盗聴器を俺に仕込む、ちょっぴり心配性な兄。
「ちょっと渡したい物があってね、まあ座っ」
「座るとこないだろ」
「あっはっは、それもそうだ。コウジを呼んだのはこれの他ない」
クソみたいな……下手な演劇でも見ているかのような、上っ面の乾いた、わざとらしい棒読みの笑いをし、ケースを俺に渡す。
「これは……」
眼鏡ケースだ、しかも俺の。眼鏡を割ったから、必要が無いと思って自分の部屋に置いたはずだが。
「全く、割れたなら言ってくれればいいものをー、水臭いよコウジ」
「まさかお前っ!?」
ケースを開けると、元通りになった眼鏡が入っていた。
「うん、直しといた。日差しも強くなるだろうし、レンズもブルー系の調光レンズにしたから」
「なんかオプション付いてる!?」
調光って何? 検索して出てくるかな?
「曇る時期も来るだろうということで、曇り対策しといたから」
「一個じゃないし!? もしかしてUVカットも……」
「いや、別にいいかなって」
「なんでそこで辞めんだよ! どうせなら付けとけ、いやっいいんだけどさ! ありがとな!」
眼鏡って一日で直る物なのか疑問だが、ありがたく受け取って、付けてみる。度も少し変わったのか、前より見やすくなった。
なんでベストが分かるんだ?
「あ、そうだ。五月病を治したい。って知ってるか?」
「ん、いんや? なんなら今調べてみようか」
「ああ、小説なんだけど……」
ブラインドタッチだかブラインドから覗くだかなんだか知らないが、見ずにキーボードを打って、検索した。
振り返って、やっと兄貴は画面を見た。
「あ〜。ねぇ、作者は?」
「知らない」
それが分かればいいんだが。
「竹取物語とかと同じ? 平安初期の物語シリーズ?」
「ややこしいって」
別のが思い浮かぶだろ。
「あー、いや。疑う訳じゃないんだけどさ」
前提を、保険を、前振り素振りをするなんて、そいつにしては珍しい事だった。
「その小説って、本当にあるの?」
「? どういう意味だ?」
「だって、調べても出てこないよ」
突きつけられた画面には、五月病の対策や、治し方、特徴。
そんな本があるとは、全く一切一文も、一文字すらも書かれていなかった。
「マジかよ」
じゃああの時、言われたタイトルは?
あの本は?
あの約束は?
まだ、あの本がとんでもなくマイナーな、知ってる人だけ知ってる、そんな本の可能性が浮上する。
検索エンジンだって取りこぼしはある。人類の知恵があるったって、アカシックレコードじゃないんだ。知らないことは、ある。
そして同時に、早月ツララに、嘘を吐かれた可能性が浮上する。
画面のブルーライトのせいか、眼鏡が青く染まる。
視界は青く、
疑心が孕む。
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