青春飛行自殺計劃!!!

 日常が壊れ、ジャンルが決定する、きっかけ。

 お約束、突然にして当然の、必然にして必見の、推理モノだったら死体が見つかるシーン。

 言わば出会い、所謂邂逅。巡り回る星の、世界の意。


 ふうっと吐いた煙草の煙が、屋上の空に散らばって消えてゆく。

 ちなみに、これ含めて残り三本。

「うぅん」

 5月1日の月曜日。明日を乗り切ればゴールデンウィーク。

 誰もいない屋上の放課後。

 俺は校舎の屋上で、煙草を吸っていた。安心して欲しい、しっかりと学生だ。未成年の喫煙である。

 この浦桐高校の2年A組。

 名前は、剣城ツルギコウジ。

 末所属、未熟、未成長。二年前、同校を卒業したユキカズという兄を持つ。

 普通に日常を送るニュートラルでノーマルな人間。

 すうっと息を吸って、また吐いて、煙草を咥えながら両手をフリーにして、

「一番そそるのは〜」

 俺こと剣城ツルギコウジは、一般的な倫理観に基づいて、屋上の柵を超える。

 うちの高校は柵が腰ほどの高さしかない。全く、誰かが飛び降りでもしたらどうするつもりなのか。

 柵を超えて、あと半歩もない屋上に靴の裏面を着ける。

 火は消さずに、咥えた煙草を片手に移す。

 際の際の、今際の際。目が悪いので目下はよく見えなくて、漠然とした、世界を、空を見る。

「────やっぱ飛び降りかな!」

 両手を広げて、風を感じる。

 世界から赦された気分だ。

「そう高くは無いけど、この下には花壇や木々も無かったし、障害になりそうな、生き残りそうなものは無い。落ちれば良くても複雑骨折、悪ければ死。でも、頭から逝けばほとんど死ぬだろうな」

 目の前に柵は無い。飛べる心地にさせてくれる空と、ずっと下には歩きやすいよう固められた地面。ベランダ面では無いけど、教室で言えば廊下側の窓側。校舎で言えば日陰の裏側。

「五月にゃ、死ねたらいいな!」

 噂通りの隠し事スポット。

 そしてそれを全て破壊する。

 ここから落ちれば、誰からも気づかれて死ねる。

 迷惑が掛かるけど、巻き添えで人が死ぬこともない。

 ここから死ぬのは、理想だ。

 片手に移した煙草を吸って、また吐いて、煙が空に散る。

 清々しい。

 清々しくて、青春的瞬間。

 眩しく、刹那主義。

 直進、迷走中!


 今すぐ会いに行きたい。

 帰りたい。


 しかし俺には、最高の自殺計画がある。

 原則として、


 最大級の自殺を、

 最低限の迷惑で。


 死体がミンチになったりすると、判別に手間取るかもしれないので、すぐに理解されるよう、微妙な高さの飛び降りが理想。

 今すぐ飛び込んでも、ただの事故と思われるかもしれない。それかいじめ、そういう俺の意思が拾われない自殺は駄目だ。


(意思も明確で、理由もあって、過去にも繋がる自殺! それがベスト!)


 家庭に迷惑は掛けず、

 クラスメイトに迷惑は掛けず、

 この学校で死ぬ。

 俺の死を、推理モノにしてやる!

 青春飛行自殺計劃セイシュンヒコウジサツケイカク!!!


 柵をもう一度超えて、柵内の屋上に戻る。

 再び吸って吐いて、事前に置いた缶へ灰を落とす。

(いつもだったら俗称・喫煙ルームで吸うんだけど、今は使えないからなぁ)

 校舎裏でもトイレでもなく、使われない屋上。

 一つ言っておくと、煙草は別に好きじゃない。数年前まで絶対吸わない気だったし、今の時代、入手するところから苦労する。

 味も好みでは無い、匂いは勿論好きでは無い。かの喫煙ルームは臭くて嫌いだ。

 しかし、俺の身体に有害物質を貯めたい。

 失礼ながら、嗜好する気は毛頭ない。

 自殺計画は練っているけど、念には念を喫煙している。自殺がどうしても遂行することが不可能な場合、寿命を削って死ぬ。

(さ、今日も俺が死ぬまでの日記を書かなくては)


 日常が壊れ、ジャンルが決定する、きっかけ。


 お約束、突然にして当然の、必然にして必見の、推理モノだったら死体が見つかるシーン。


 言わば出会い、所謂邂逅。巡り回る星の、世界の意。


 使われていない屋上、作用しない鍵が掛かっている扉、

 それがガチャリと開かれる音。

「は?」

 急でQな、はじまりはじまり。


 扉を開いた人物。現場の目撃者。

「あっ」

 ボブ、赤の眼鏡、ブレザー服、チェックのロングスカート、赤リボン。

 浦桐高校2年A組、風紀委員。

 名前は早月サツキツララ。


 そんな彼女が、俺に指を指す。

 校則の中で許容される、一糸乱れぬ服装。細部まで正しさを帯び、事細かに細かい奴。

 淑やか艶やか審らか、高校デビューが真面目ちゃんになるっていう、捻くれた一面を持つ、生真面目。

 とどのつまり、この人だけには絶対に見られたくなかった。

(最悪だ!)

 味がしない。


 灰が落ちる前に行動を決めろ。


 真面目な風紀委員にバレたということは、チクられてしまう。

 チクられて、煙草を吸ってる人間だと周囲に知られたら? 毎度屋上で吸っていて、柵の高さは飛び越えられる程度。

 煙草を吸っていた学生が自殺した、確かに予兆はある! しかし今、俺は屋上で吸っている!!

 飛び降りを実行した際に、自殺じゃなくて! 事故になる!

 明確な意思だと思われなければ、報道されにくい!

 それが問題だ!


「煙草一本、見逃しちゃあくれませんかね……?」


 もしも、ここで話し合いではなく、扉も心も閉ざして報告されてしまったら。

 不味い。非常事態だ、止めるべきだ。脳内仮想OSで考えていなかった!

「うえっ?」

 皿代わりに置いた缶へ、煙草を落とす。

「いやっ、あの、一度話し合いを!」

 俺の自殺計画を円滑に進めるために! 話し合いを! それでも報告しに行くって言うなら! もうこっから飛び込んでやる!

「えっ、ああ、うん」

 汚れ切った肺を、屋上に流れる風で満たす。

 ふうっと吐く、煙は出ない。

(耐えた…………ッ! 戸惑ってるけど、耐えた!)

 手を大きく広げて、簡易なジェスチャーをする。

「まず、毎回ここで吸っている訳じゃなくって、今回が初めてなんだよ。もう、煙草も持ってなくってさ」

 身振り手振りは伝達方法として一番に入ってくる。

 脳に一番駆け巡る。

 笑うのも手間暇不要、伝わるのも手間暇不要。

 つまりこれは必勝、必笑法。

 にっこり笑顔でこびへつらって!

「頼むよっ、バレたらまずいんだ! どうにか見逃してくれっ! 契約だってなんだってするからさ!」

 惨めに乞えば、煙草を吸っていた事を報告されたくないのだと、わかるはずだ。

 熱心に頼めば、人が良いヤツほど折れやすい。

 屋上に居たのは、誰も来ないと思っていたからだと、早月ツララは思うはずだ。

 自殺計画なんて、考えにも及ばないだろう?

「あっ、じゃあ見逃すからさ。コウジくん、ちょっと手助けしてくれない?」

 んっ、何かに巻き込まれそうだぞ?

「えっと、何を手伝えば?」

 早月ツララが懐から出したのは、焦げ茶色の本だった。古そうな色合いだが、見た目はサラピン。

「この本に、心当たりはある?」

 表紙が、まっさらだった。文字のひとつもありゃしない。あるはずのタイトル、バーコードや価格、それどころか出版社すら書いていない。ブックカバーでも無さそうだ。

 見たことも無い本だった。

「いや、これっぽっちも無い」

 俺はこういうのに詳しくないけど、そういうの書かなきゃいけないんじゃないのか?

「ふうん。そうだよね、そりゃ知らないはずだもん。この本の持ち主を探してるんだ」

「自分の本じゃないのか?」

「うん……そうなんだよ」

 しかも、かなり新しそうだ。それに、外傷もない。大切に保管されていたんだろう。

「実物の本に心当たりって、その本でなんらかの犯人がわかるのか?」

 聞くことで、誰かを炙り出そうとしているのか? だとしても地道だな。

「この本、持ち主も作者も分からないんだよ」

「ん? わからない?」

 持ち主、作者の分からない本?

 話が見えないな。

「本当に分からないのか?」

「うん……説明すると、友達がA組の教室で拾ったんだ。それで、放っておくとどうなるか分からないから、どうにか持ち主に返したいんだって」

 放っておくとどうなるか分からない……? 別に落し物なら先生に届ければいいんじゃ?

 そりゃあ、月日が経てばいつかは捨てられるだろうけど、落とし主も落とし物がこうやって探されてるとは思わないだろ。

 それとも何か、別の理由がある?

「……名無しの本ね」

 問題は持ち主が分からないこと。

 A組、俺たちのクラスメイトだろうけど。

「いや、タイトルはあるよ」

 ん?

 ちょっと話が違うな?

「えっと、タイトルは?」


 俺は、このタイトルを忘れない。


「──────五月病を治したい。っていう、青春小説」


 5月1日の月曜日。

 早月サツキツララ。五月病を治したい。

 俺は契約を結んだ。彼女を手助けすると。

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