シンデレラ(2)

 広いマンションに一人取り残されたシンデレラが、黙々と継母のパソコンをウインドウズ11にアップグレードし、ドライバやソフトウェアも順次インストール&アップデートしていると。


 ピンポーン。

 突然インターホンが鳴りました。


「はい、どちら様でしょうか?」

 防犯意識の高いシンデレラは、まずはモニター付きのインターホンで対応します。


 モニターにはとんがり帽子をかぶってローブを着た、変な服装のおっさんが1人映っていました。


「明らかに不審者……」


 シンデレラは用心深いので、さらにボタン操作で複数のカメラを切り替えて、周囲にこいつの仲間がいないことを確認します。


「ワシじゃ、ワシワシ」

「……オレオレ詐欺ですか?」


「違う違う、ワシは魔法使いじゃて」

「間に合ってます!」


 ブツっとシンデレラは容赦なくインターホンを切りました。


「ふぅ。そろそろ温かくなってきたから、頭のおかしな人が出没する季節だものね」


 魔法使いとか意味不明なことを言っていたから、怪しげな新興宗教の勧誘かもしれません。


「きっとうちが金持ちだと知って、財産を巻き上げに来たのね」


 君子危うきに近寄らず。

 リスク管理に長けた現代人として当然の対応です。


 ピンポーン。


 再びインターホンが鳴ったものの、シンデレラは無視を決め込みます。


 ピンポーンピンポーンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポーン!!


 しかしインターホンは鳴りやむことを知りませんでした。

 およそ5分に渡って延々と鳴り続けるインターホンに、普段から虐げられているせいでめっぽう忍耐強いシンデレラも、さすがにキレてしまいます。


「ああもうい加減にしてください! 警察を呼びますよ! っていうか今まさに呼びますから! 言っておきますけど、このインターホンは録画機能がついているので、警察は簡単にあなたが誰かを特定しちゃいますからね!!」


 ついにプッツンきたシンデレラは、再びインターホンを取ると大声で怒鳴りました。


「あい分かった。警察を呼ばれたら困るので、単刀直入に言うぞ。そなたウミノ王子のパーティに行きたくはないかの? 一人だけ留守番させられているのだろう?」


「はぁ? 突然なんですか? なんであなたにそんなこと答えないといけないんですか? 本気で警察呼びますよ? 今11まで押しましたからね? あとは0を押すだけで警察に繋がりますからね?」


(だいたいこいつは、どうして継母たちがウミノ王子のパーティに行っていることを知っているのか。

 怪しすぎる。

 ストーカーかもしれない)


 もはやシンデレラの疑念はマックスでした。


「ほぅ、ならばお主はパーティには行きたくないのかの?」

 しかしなぜだか分からないけれど、シンデレラはその声に妙に心惹かれてしまいます。


「……そりゃあ行きたいに決まっているでしょ。私だって女の子だし、人並みに幸せを掴みたいし、みんなと同じようにきらびやかなパーティに参加してみたいもの」


「あんなもん、上級国民どもが、着飾った空虚な言葉でおべっかを使いあって、更なる超上級国民に取り入ろうと、あははうふふと無味乾燥なやりとりをするだけじゃぞ? ほんとにそんなのに行きたいのか?」


「すみません、おっしゃる意味が分かりません。だいたいあなたにそんなこと言われる筋合いはないと思うんですけど?」


(いわゆる若者に説教したがるおっさん?

 ちょっと話を聞いてみようと思った私が馬鹿だったの?

 もう切るよ?

 はぁ……)


 シンデレラは思わずため息をつきました。


「まあよい、夢を見るのは若者の特権じゃからの。ではワシがお前に魔法の力を授けよう」

「魔法ですって?」


「ワシは魔法使いじゃと言っただろう」

「それがあればパーティに行けるの?」


 シンデレラは内心溜息をつきながらも、この哀れな自称魔法使いのおっさんの話に付き合ってあげることにしました。


(どうせ今はアップデートとインストール待ちで暇だし。

 インターホン越しなら安全だし)


「もちろんじゃとも」

「でもごめんなさい。私はあなたに払うお金を持っていないの」


 シンデレラの家はお金持ちの部類に入りますが、シンデレラは1円たりとも使う権利を持っていません。

 お小遣いも貰っていません。


「金なぞ求めん。ワシが求めるのは幸せな子供が一人でも増えることじゃからの。昔、お前さんくらいの娘を亡くしたんじゃ……」


「いきなり身の上話とか、死ぬほど胡散うさん臭いです」


 それがキャバクラなどで使われる常套手段だということを、賢いシンデレラは知っていました。

 だいたい30万ほど要求してくるのが相場だそうです……どんな相場だ。


「うーむ、人の善意を胡散臭いと感じるとは、いやはや世知辛い世の中になったのぅ。まぁよい。それでは願うがいい。お主の想いを言葉に出してみよ。願うだけならタダじゃろう?」


「お願い、魔法使いさん。私をパーティに連れてって?」


 あまりにしつこい勧誘に根負けしたシンデレラは、半ば諦めたようにつぶやきました。

 

「いいじゃろう、シンデレラ。ではお主に勇気の魔法を与えよう。キミハ・サイキョー・マジ・サイキョー・ゼッタイ・ムテキ・ライジンオー・ジシンモッテ・ヤレバデキル・ダンダン・チカラ・ワイテクル……ファイナルベント!」


 魔法使いの杖がパァッとLEDの光に輝きました。

 するとなんということでしょう!

 シンデレラに「勇気の魔法」が降りかかったのです!


 シンデレラは普段着にしているみすぼらしい中学の芋ジャージのままで、身体もやせ細ったままでした。

 しかし――、


「すごい! なんだか力が沸いてきたわ! 今なら何でもできそう! ヒャッハー!」


 シンデレラは身体中にみなぎる活力を、ひしひしと感じていました。


「全ては心の持ちようでなんともなるのじゃ。これならパーティにも行けるじゃろうて」


 よもやよもや。

 勇気の魔法とは精神を限界までアゲアゲするヤバいアレだったのです。

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